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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

22.泰基と暁斗④

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「さて、それでは後は、アキト殿に聖剣をお渡ししたいのだが……、その前にそろそろ昼の時間なので、食事を一緒にいかがだろうか」

「「…………昼………?」」
国王の一言で、重大な事に気付いた。

「あれ……? 夕方だったよね……?」
「夜と言ってもいい時間だったな……」
「「…………………………………………………時差ぼけ!?」」
正確には、まだぼけていないが。

「……確かに、異世界になんか来ているんだから、時差があってもおかしくないか」

「……小説の主人公達が、時差ぼけで大変だ、なんていうのはなかったよ」

「だからお前は、小説と一緒にするな」

「――……あの、何か問題が……?」
泰基と暁斗が話していると、国王が恐る恐る問いかけてきた。

「……あー……」
こっちには、時差という認識があまりないのか、と思いながら、泰基は少し考えて、

「俺たちがあっちにいたときは、もうすぐ夕食を食べるという時間だったんです。それがここに来たら、昼食と言われたので……」
ふわあ、と語尾に暁斗のあくびが重なる。

「……ごめん、父さん。……眠くなってきたかも」
「……………………誠に申し訳ない」

どうやら事情を理解したらしい国王が謝ってくるが、それでどうなるものでもない。

「……昼食を頂いたら、少し休ませてもらって良いですか? それで、夕食の前には必ず起こして下さい。どれだけ寝ていても、たたき起こしてもらっていいので」
現状の対策と、時差ぼけ防止には、このくらいしか対策が思い浮かばない。

「承知した。……申し訳ない」
「そんなに謝ってもらうものでもないですよ」

泰基は苦笑してそう言ったら、アレクシスが「あ」と、何かを思い出したかのように、手をポンと叩いた。

「父上、謝罪と言えば、レイズクルスはどうするんですか? 謝罪させるって謁見の間で言ってましたよね?」

「……そういえばそうだった。しまったな。儂としたことが、そんな面白い事を忘れてしまうとは」

「――面白いって……」

「俺が謝罪を要求したとき、思い切り笑ってましたよね……」

暁斗が思わずつぶやいて、泰基はあの時の国王の顔を思い出して、呆れた声を出す。
よほど、アイツは嫌われているらしい。

「レイズクルスが謝罪って、何かあったんですか?」
そう聞いたのは、これまでずっと黙っていたアークバルトだった。

国王がその時の話を説明すると、騎士団長が「ブハッ」と吹き出した。

「そりゃあいいや、面白ぇ。謝罪させるときは呼んで下さいよ。見物しに行きますから。あのいつも人を見下している奴が、どんな顔して謝罪するのか、実に楽しみだ」

「「……見物……」」
もはや見世物らしい。

「そうだな。ぜひ私も見てみたい。――父上、勇者様の教育係に名乗り出るのなら、その前にまず謝罪するのが礼儀でしょう。それもなしで教育しようとしたところで勇者様が納得されるわけもない、と言ってみたらどうですか?」

「そうしよう。今日は無理だからな。明日が実に楽しみだ」
国王の笑顔は、実にイイ笑顔だった。



昼食を摂った後に聖剣を取りに行く。その後に、泰基と暁斗は少し休む事で話がまとまった。

そこで、アレクシスが、
「自分たち三人と勇者様方とだけで話をしたい」
と言い出した。旅に出るメンバー同士で交流を深めたい、ということらしい。

特に拒否する理由もなかったので、それを承諾。
昼食は五人で取る事になった。


現代日本人の目から見ると、広すぎる部屋に、豪華すぎるテーブルと椅子。そこに五人だけが座り、周りには召使いっぽい人たちがたくさん立っている。

目の前に食事がおかれ、説明なんかもしてくれているが、暁斗はまったく頭に入ってこなかった。

(こんな所で、いろんな人に見られながら食べるの?)
置かれているのはナイフやフォークで、箸は当然ない。

これが、日本のレストランだったら頼めば持ってきてもらえるだろうが、残念ながらそれは望めない。
暁斗ほどではなくても、気持ちは泰基も一緒だった。食事マナーなんか自信はない。

「皆ご苦労。終わったら下がってくれ」
食事が配り終わった時点で、アレクシスがそう口にした。

「しかし、それではご用が……」
召使いっぽい人の一人が何かを言いかけたが、
「用があったら呼ぶ。だから全員下がれ」

重ねてアレクシスが命じると、全員が一礼して部屋から出て行った。
それを見て、泰基と暁斗が気が抜けたように姿勢を崩した。

「――申し訳ない。人がいて、緊張していたようだったから」
アレクシスが、苦笑しながら言った。

「――正直助かりました」

「こっちは一般人だよ。人に見られながら食事するって、絶対落ち着かない。――えっと、アレクシス王子? じゃなくてアレクシス殿下かな? 本当に王子様なんだあって思いました」

アハハハ、とアレクシスは笑うと、
「あまり王子っぽくないとは良く言われますよ。呼び方はご自由に。ナイフとかフォークは使えますか?」

「……使い慣れてはいないけど」

「使えなくはないが、上手に使える気はしない。だから、下手でも気にしないでくれると嬉しい」

「俺も堅苦しいのは苦手ですから、気にしないで。じゃあ、食べましょう」


食事はおいしい。
暁斗と言えば、ほとんどフォークだけしか使っていない。
堅苦しいのは苦手、というアレクシスだが、食べる手つきは慣れたものだ。

「そういえば、タイキ様もアキト様も、一般人……、こちらで言うところの平民ですか?」
そのアレクシスが口を開く。

「ええ、そうです。あっちでは、貴族はいませんからね。皇族はいますけど、後はみんな平民です」

泰基が答えれば、アレクシスだけではなく、バルムートとユーリッヒも興味深そうな顔をしていた。

「そうなんですよ!」
いきなり大きな声を出したのは暁斗だった。

「だから、様をつけられて呼ばれるのとか、敬語でしゃべられるのとか慣れてないから、暁斗って呼び捨てで呼んでほしいし、敬語もいりません。ついでに、オレも敬語使わなくていい、って言ってもらえると、楽なんですけど」

「――暁斗……」
泰基がいささかドスの聞いた声を出した。

「様付けはいらないってお願いするだけならともかく、お前は敬語くらい使え。大体今までだって敬語らしい敬語は使ってないだろう」

「そんなことないし。頑張って使ってるよ!」
そこで、ブッと笑う声が聞こえると、三人が楽しそうに笑っていた。

「――何でしょう?」
泰基が不機嫌そうに問いただすと、アレクシスが笑った顔のまま、

「いや、悪い。もう少し親しくなれたらこっちから頼もうと思ってた。俺のことはアレクと呼んでくれ、アキト。タイキさんも。敬語なんかいらないから」
いきなりそう砕けた口調で話し始めた。

「――……へ……えっ……?」

「おれのことはバルでいいぞ」

「僕のことはユーリと呼んで下さい。ああ、僕の話し方はもう癖なんで気にしなくていいですから」
泰基と暁斗が戸惑っているうちに、話が進んでいく。

「……でも、三人とも偉い人たちなんだよね?」
暁斗が怖々そう言うと、

「最初に言い出したのはアキトだろう。いまさら何を」
アレクシスがいささか呆れたように言えば、

「本当に気にする必要はねぇぞ。おれたち三人はずっとこんな感じでやってきてるしな」
バルムートがそう付け足す。
ユーリッヒは黙ってうなずいている。

暁斗が悩んで泰基を見れば、泰基は黙って肩をすくめた。
それを見て暁斗が笑顔になる。
「じゃあ、それでよろしく。アレク、バル、ユーリ」


「ところでさ、あのレイズクルスとかって、どんな人なの?」
タメ語OKになったら、一気に暁斗の態度が軟化した。

「謝罪させるって話の時のみんなのやり取りとか表情とかが、怖かった」
アレクは苦笑いしつつ、暁斗に答えた。

「あいつは公爵家っていって、貴族でも一番上の出身で、あいつの家は代々魔法師団長を務めている。魔力量も相当なものがあって、とにかく自分はすごい、自分は偉い、だから他の奴は自分を崇め奉るのが当然、みたいな考えの持ち主だな」

「あいつの周りにいるのも、ゴマすりが得意な奴ばかりだな。――正直な所、魔力量はあっても魔法自体は大したことねぇ、って親父は言ってるな。
 まあ、最近じゃ現場に出てくることさえほとんどないらしいが」

「現場に来るのは副師団長たちばかりらしいですよね。多分、その方が騎士団としてはやりやすいんでしょうけど」

「……副師団長? そういえば、さっきもそんな話がでていたよな?」
三人が、散々こき下ろすのを聞きながら、泰基がそう問いかけた。

「魔法師団はさ、師団長の派閥と副師団長の派閥に分かれているんだ。師団長派は、レイズクルス公爵を筆頭に、上級貴族が集まっている。
 副師団長は、伯爵家の出身で、その派閥は子爵とか男爵とか下級貴族がほとんどだ。そのせいで、現場の大変な仕事は、全部副師団長派が押しつけられているんだ」

「そのくせ、そこで上げた手柄は、魔法師団全体のもの、最終的に師団長の功績って事になってっからな」

「国王陛下も周りも、皆実情は知っているんですけどね。下手に魔法師団長に権力があるせいで、現状どうすることもできないみたいなんです」

「……それって言っちゃっていいやつ?」
結構な裏情報な気がする、と思いながら暁斗が聞くと、

「別にいいさ。他に人もいないし。――アキト、間違ってもあいつに取り込まれるなよ?」

「……いや、聞けば聞くほど近づきたくない」
アレクの言葉に、暁斗は心からそう返す。そんな奴に魔法を習わなきゃなんないとか、最悪じゃん、と思う。

「本当に悪い。俺が離れないようにするから。何か変なこと言ってきても、俺が相手するし」

「アレクで本当に大丈夫なの? 全然王子様っぽくないじゃん」

「――あ、アキト、お前、それ言うか? バルもユーリも笑うな! 見てろよ? やろうと思えば俺だってできるからな」

やろうと思わなきゃ駄目なのか、と暁斗が思っていると、今度は泰基が、
「別にアレクを疑う気はないが、バルやユーリが駄目なのは何でだ?」
と、質問した。

「僕の所は伯爵ですからね」

「おれの所は侯爵だ。家格が及ばねぇんだよ。そうなっと、何を言ったところで、無礼だとか言われて終わりだ。それで親父もかなり苦労したらしいしな」

「――……うわぁ……」
暁斗が顔を引き攣らせる。

泰基は、少し考えながら、
「……ええっと、騎士団と魔法師団、だよな? 名前的に騎士団が剣を使うグループで、魔法師団が魔法を使うグループ、だよな?」
「ああ」

「何かあった時って、双方が協力して事に当たるんじゃないのか?」
「全くもってその通りだな」

「……その師団長、協力するのか?」
「してくれるなら、この上なく有り難いんだろうけどな」

アレクが深々とため息をついて、バルが何かを思い出すように上を向きながら、

「親父が言う所じゃ、本当に好き勝手らしいな。言いたいことを言って、やりたいことだけやって、それで何か問題が起きれば全部騎士団の責任。手柄は全部魔法師団のもの。
 だから、今師団長が現場に出てこなくなって、騎士団全体がめちゃくちゃ喜んでるぞ」

「……お前のお父さん、レイズクルスの謝罪云々の話の時、思いっきり喜んでたもんな」

レイズクルスが謝罪するとなれば、不満を持っている連中が勢揃いしそうで怖い。
俺、もしかして余計なことを言ったのか? と泰基は本気で考えた。

「……あ、じゃあユーリの神官は何なんだ? 魔法使いとは違うんだよな?」
ふとその疑問に突き当たったので、泰基は聞いてみる。

「神官は、主に教会に所属している、光魔法を扱う者を言います。従軍の義務はないんですが、要請で一緒に行くことが多いですね。
 ちなみに、魔法使いが使う魔法は、火・水・風・土の四属性のいずれかです。魔法を使うという意味では同じですが、扱う属性が違うんです」

「へえぇー」
魔法の話になったら、暁斗の目が期待で満ちているのを見て、泰基はため息をつく。

「オレが魔法を使うってなると、何を使う事になるの?」

「四属性のいずれかになると思いますよ。おそらく、魔力量とか適正とか後で見ることになると思います」

「適正かぁ。どれか一つって事?」

「攻撃魔法を使えるくらいに魔力を持っている人は、大体二属性以上の適性がありますよ。アレクは火と風。バルは水と土を持ってますね」

「二人合わせると、四つそろっちゃうんだ」

「そう言ってもなあ。一応魔法も使えるけど、剣を使った方が早いからな」
あまり魔法は使わない、とアレクが言うと、バルもうなずいている。

「へえ、そんなものなんだ?」
暁斗は不思議そうに首をかしげて、次いで質問する。

「ユーリの光魔法っていうのは、それ一つだけ?」

「ええ。光魔法が使えるようになるには、教会で神の祝福を受ける必要があるんですよ。そして、祝福を受けるのと引き換えに、生まれ持った四属性の魔法の適性がなくなってしまうんです。
 まあ、僕みたいに、親が光魔法を持っていると、生まれたときから光の適性を持って生まれる人もいますけどね」

「ふーん、色々あるんだね」
「まあ、この辺りも、魔法を習う中で学んでいくことになると思いますけどね」
すると、暁斗は嫌そうな顔をする。

「……このままみんなから話を聞いた方がいい気がする」
あははは、と笑いが起こった所で、今度は泰基が質問した。

「お前達の言っていた、リィカ、だっけ? その子はどんな魔法を使うんだ?」
聞かれて三人は思わず顔を見合わせる。

「何使ってた?」

「風に火。氷も使っていたから水属性も持っているな。土はどうだった?」

「使ってましたよ。空飛ぶ魔物を《重力操作グラビティ・コントロール》で落としていたじゃないですか」

「そうだったな。あれは助かった。…………………………四属性、全部持ってるのか」

「珍しいな」

「ちょっと待った」
今更にも思える会話に、思わず泰基がタンマをかけた。

「お前らの知り合いじゃないのか? そんな、今初めて知ったみたいな……」
「実際、そうなんだよ」

アレクが困ったように、
「……顔と名前は知ってたんだが、実際に言葉を交わしたのも、一緒に戦ったのも昨日が初めてだ」

「……そんなんで、その子がいいと思ったのか?」
「ああ」
アレクはためらいなくうなずいた。

「リィカと一緒に戦ったのが忘れられない。あんなにもピッタリはまるなんて思ってもいなかった。……リィカが、いい」

そう言うアレクの顔を見て、
「……アレク……?」
「……お前、もしかして……」

ユーリとバルが小さくつぶやいていたが、アレクの耳には届かなかったようだ。


※ ※ ※


そうして、昼食の後、いよいよ聖剣の所に案内されることになった。

「……タイキさん、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
「ユーリごめん。こうなっちゃうと、父さんも頑固だから」

部屋で休んでいていい、と言われた泰基が付いていくと言い張った。
それをユーリが心配したのだが、泰基は譲るつもりはない。

親しげな五人を見て、騎士団長が怪訝そうに、
「……ずいぶん仲良くなったな? 何かあったのか?」

「一言で言えば、魔法師団長の話で盛り上がった」

「……もっと別の話題にしろよ。どう考えても悪口大会じゃねぇか」

あっさりした息子の返答に、騎士団長は頭を抱えていた。
一方、国王も苦笑いをしながら一同に声を掛ける。

「タイキ様はお辛くなったら仰って下さい。それでは、後を付いてきて下さい」
そう言って、聖剣の元へ歩き出した。


城の中を歩いて行く。

ちなみに、食事前にいたメンバーのうち、国王の側近と、バルとユーリのそれぞれの父親は待機を命じられていた。

アレクが、兄がまだいたことに「休んで下さいよ!」と怒っていたが、兄にさらっと躱されていた。

「――父上、こっちに行っても行き止まりですよ?」
アレクが不思議そうに声をかけていた。

「行き止まりって知ってるのか? 私はこんな所まで来たのは初めてだ」
「……あー、その、城の中探検しまくってたんで……」

アークバルトの質問に、アレクがそっぽを向いて答えていた。
すると、行き止まりの壁の前で、国王の足が止まった。

「――さて、ここから先は代々の国王にのみ伝えられている場所だ。開け方も国王しか知らぬ。この先が、聖剣の聖域だ」

そう言って、壁に手を触れる。――と、音を立てて壁が開いた。

その瞬間、
「――…………………っく………!」
小さく暁斗がうめいた。

「暁斗? 大丈夫か?」
「――うん、大丈夫。……聖剣の声が突然大きくなっただけ」

そう泰基に言って、
「行こう」
静かに宣言した。


すぐに下りの階段があった。
そこを下りきった先、一本の剣が地面に突き刺さっていた。

「……あれが、聖剣グラム……」

アレクがそう小さくつぶやく。その声には畏怖のようなものが宿っていた。
皆が動けないでいる中、暁斗だけが何のためらいもなく、剣に近づく。

「――来たよ」
そう剣に向かって言った。

「オレの名前は暁斗だよ。――うん、知ってる。これからよろしくね」
そう言って、剣の柄に手をかけて、引き抜いた。

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