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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

17.第二王子 アレクシス②

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そうやって、平和に過ぎた、学園生活一年目の修了式。
――俺たちの平穏は、そこで終わった。

突然、黒く染まった空に、俺は、いや、会場にいた全員が、窓から外を見ていた。

『――さて、ニンゲンたち諸君。我の声が聞こえるか。我は魔王である。これより、我と我が軍勢は、諸君らニンゲンの国への侵略を開始する。これは、諸君らへの宣戦布告である。
 まずは、挨拶代わりに魔物どもも諸君らの国に放っておいた。魔力がより強い場所へ、多くの魔物たちが集まるようになっている。――では、検討を祈る』

……魔王誕生の宣言を、ただ呆然と聞いていた。

黒かった空が元の色に戻った時、背中がゾクッとなった。
よく見ると、外にたくさんの魔物がいるのが見えた。

無意識に、右手で剣を触ろうとして……、今がパーティーの最中で剣など持ってきていなかったことを思い出し、駆け出した。


「「アレク!!」」

教室に着いて剣を身につけたところで、名前を呼ばれると、そこにいたのはバルとユーリだった。

「何で、お前は一人で動こうとすんだよ」
「声くらい掛けてくれたっていいじゃないですか」

そう当たり前のように言う二人を見て、俺は笑った。

「どうなっても知らないぞ」
「それはこっちの台詞だな。一人で突っ走っても良い事ないぞ」
「そうですよ。怪我したらどうするんですか?」

そして、お互いにクスッと笑って、拳をぶつけあった。

「よし、じゃあ行く……」
「アレクシス殿下、お待ちを」

言いかけて、突然気配が現れた。

「……フィリップ? 何でこんな所に……」

父上子飼いの諜報機関「影」の長だ。
色々あって知り合った。滅多に姿を現すことはないのだが……。

「アークバルト殿下の護衛です。……殿下、一つだけ。アークバルト殿下の婚約者、レーナニア様が、あの魔王誕生の直前に外へ出ています。今もざっと探ってみましたが、校舎内にいる様子がありません」

「まさか……! 外にいるっていうのか!?」
「その可能性が高いかと」

あまり知られていないが、校舎は結界で覆われているので、魔物が侵入することはできない。
しかし、それは校舎内だけであって、外は魔物が闊歩して歩いている。

(――じゃあ、義姉上は……!)
焦りそうになる気持ちを抑えて言う。

「――分かった。義姉上は俺たちが探す。兄上を頼んだ」
「かしこまりました」


そして、俺たちは外へ出たが、途端に魔物に襲われた。
ざっと見てみるが、それほどランクの高そうな魔物はいない。それが幸いだろうか。

「――どうする?」
「探すと言っても、手がかりも何もありません。片っ端から魔物を片付けていくしかできません」
「……そうだな」

そして、駆け出した俺たちだが、魔物の数はとんでもなく多かった。強さはそれほどでもないが、うっかり囲まれてしまうと、命取りになる。

魔物の動きに注意しながら、倒して回り、隠れられる場所がある所を中心に捜索するが、義姉上らしい姿はまったく見当たらない。

「……もう結構広い範囲、見て回ったよな」
「そうですね……。あとまだ見てないところは……」

その時、
ドォン!
少し離れた所から、大きな爆発音が聞こえた。

「――今のは、魔法か?」

「おそらく《爆発の轟火デトネーション》。火の上級魔法です。あの魔法は、爆発音がすさまじいですから」

「今日は、一年生しか学校にいねぇよな? ユーリの他に、一年生で上級魔法を使える奴なんて……、ああ、一人いたか……」
バルのつぶやきに、ユーリが答えた。

「――ええ、リィカ・クレールム。おそらく彼女でしょうね……」

今、音が聞こえたのは、広場のある場所だ。
隠れる場所もないから、そこにいたとしても間に合わないと判断して、あえて後回しにしてしまったのだが……。

「行くぞ」
もしかしたら、無事でいるかもしれない。


※ ※ ※


「――なんだよ、この大量の群れ……」

その場に近づこうとして、立ち止まらざるを得なかった。
何かを取り囲むかのように、魔物が群れをなしていた。
俺たちが近づくと、こっちに来る奴もいるが、ほとんどが無視している。

「アレク、この群れの中に、レーナニア様がいらっしゃるかも……」
そんなユーリの発言で、俺は目をむく。

「何で、そんな事を言えるんだ!?」

「魔王とやらの声が言っていたでしょう。魔力が強い場所により集まると。レーナニア様は魔力病で、常に魔力を身体の外に出すための魔道具を身につけています。だから、あの方の回りは魔力が多いんですよ」

「……そうだったな」
「なるほど、それで魔物どもが集まってるってわけか……。アレク、どうするよ?」

俺は一度考えて、
「とりあえず、この奥がどうなっているのか、確認したい。バル、ちょっと手を貸してくれ」
俺が何をやろうとしているのかが分かったんだろう。ニヤッと笑った。


助走をつけて走り、バルが手を組んだ手の平の上に、片足をのせる。
バルが手を上に上げるタイミングに合わせて、俺も思いきり蹴って真上に跳躍した。

上空から見て、まず魔物の数の多さに、顔が引き攣った。

「――いた」

防御で守られた義姉上と、その近くで戦っている女子生徒の姿。明るめの栗色の髪が見えるから、おそらくリィカ・クレールムだ。
最後に方向だけ確認して、下に降りた。そして、バルとユーリに見えたことを伝えた。

「そうか。――この魔物の群れは、強行突破するしかねぇな」
「そうですね。とりあえず後のことはいいとして、今は彼女たちと合流しましょう」
「おれが、まず仕掛ける。穴の開いたところから飛び込め。――【犬狼遠震撃けんろうえんしんげき】!」

生まれた衝撃波が、地面を削りながら群れを蹴散らし、そこから俺たちは飛び込んだ。


強行突破はかなり厳しかった。剣技や魔法を駆使して、何とか前進していく。そして……義姉上と、リィカ・クレールムの姿を捉えた。

「《水流瀑布カタラクト》!」

いともたやすく上級魔法を使う彼女が見えて、――その瞬間、彼女に見取れた。

身体が傷だらけなのが遠目からでも分かる。髪だってボサボサだ。でも、魔法を使ったあの瞬間、なぜか目が惹き付けられた。


首を振って、雑念を振り払う。
(もう少しだ……!)

そう思ったとき、後ろから突進してくるライノセラスが見えた。あいつの一本角で体当たりされたら、ひとたまりもない。

そう判断した瞬間、
「先行する! フォロー頼む!」
それだけ宣言して、スピードを上げた。

(間に合え!)
突進してくるライノセラスに気付きながらも、動けなくなっている彼女の姿が見えた。


「【隼一閃しゅんいっせん】!」

今にも、その角が身体を貫こうとしている所に、ぎりぎり間に合い、ライノセラスを両断した。
そして、固まったままの彼女の腰に手を回して引き寄せる。

その瞬間、彼女の体の柔らかさと、何とも言えない心地よさを感じて、一瞬、動きを止めた。

(――って、違うだろう。何を考えたんだ俺は?)
一瞬逸れた考えを元に戻して、剣技を発動させた。

「【百舌衝鳴閃もずしょうめいせん】!」

近くにいた魔物をさらに打ち倒した所で、
「アレク!!」
バルとユーリが追いついた。

「ユーリ! 結界を!」
「『光よ。我らと彼の者らを隔てる障壁を築け』――《結界バリア》!」
そして、俺たちは合流に成功した。


安心したのか、足から崩れてしまった彼女を、とりあえず地面に座らせた。それだけなのに、隣に彼女の体温を感じない事が、何ともさみしく感じる。

(いやいや、だから何で俺はいきなりこんな事を考え出したんだ?)
慌ててその考えを追い出して、ユーリに回復を頼む。

「『光よ。彼の者を癒やす強い光となれ』――《上回復ハイヒール》」

顔をしかめてユーリが唱えたのは、《回復ヒール》よりも上位の魔法だ。
とりあえず、回復はユーリに任せるしかない。

眺めていても仕方ないので、俺は義姉上の所へ向かった。
まだ《防御シールド》の中にいるので、直接は確認できないが、義姉上は大丈夫そうだった。彼女を心配する義姉上は、泣きそうなのをこらえているようだった。


そして、俺たちは自己紹介を済ませることにした。

「ああ、知っている。俺たちの間じゃ、お前は有名だから」

行ってしまった後のリィカのビクついた反応に、失敗したことを悟った。俺は、ユーリを抜いて魔法の実技で一位を取ったことを"有名"としたわけだが、これは多分別の意味で捉えられた。
難しいな、と思いつつ、俺は話を先に進めた。


今、リィカは、俺の来ていたブレザーを着ている。
彼女の制服がボロボロになって肌が見えてしまっていたので、差し出したのだが……、俺の、サイズの大きいブレザーを着たリィカが、妙に可愛く見えた。


回復も済んで、この魔物の群れを突破することとなった。

リィカができるというので、群れを突破する道を作るのをお願いしたのだが、中級魔法、そして上級魔法まで、ダスティン先生に聞いたとおり、詠唱なしで魔法を使用していた。

――実際にこうして見せられてしまっては、信じるしかないじゃないか。


群れを突破して、バルとユーリが義姉上を連れて行ってから、それからどれだけ時間がたったのか。まだまだ魔物の群れは終わりが見えない。

近づいてきた魔物に、《火矢ファイヤーアロー》が命中した。のけぞったところを、俺の剣で打ち倒す。

リィカとは、戦いやすかった。
何せ詠唱が必要ないので、その分の時間を考えなくていい。

そして、俺をフォローするように魔法を使ってくれているのが、一番ありがたい。
たぶん、剣士系のやつと組んで戦った経験があるんだろう。
終わりは見えないものの、おかげでまだ余裕はあった。

「アレク! リィカ!」
チラッと見ると、バルとユーリが戻ってきた。

ユーリがマジックポーションを持ってきたことには驚いた。しかも、兄上から渡されたという。
義姉上がいなくて心配していただろうに、それでも俺たちのためにできることをやってくれていたんだろうか。

「――よし! 魔物を殲滅させるぞ!」
そこから約一時間後、学園内に入り込んだ魔物をすべて倒すことに成功した。



(さすがに疲れた)

魔物を倒し終えて校舎に戻ると、学園長に褒められた。勝手に飛び出した事を怒られるかと思ったが、何も言われなかった。

そして、しばらく校舎内での待機を言い渡された。
何でも、街中にも魔物があふれ出ていて、軍がその対処で忙しいらしい。
どうりで、学園には兵士とかがまったく来なかったわけだ。

街中の対処にも参加すると言ったら、さすがに学園長に「駄目だ」と言われたので、大人しくすることにした。

ところが、その空いた時間に、ユーリが、リィカに無詠唱での魔法について食い付いた。
あまりの勢いにリィカが完全に腰が引けていたので、俺もフォローに入ったが、最終的にはダスティン先生の拳固一発で、ようやくユーリが落ち着いた。

しかし、気付けばリィカに無詠唱魔法について習う約束を取り付けていた。


……なんか羨ましい。と考えた時点で、違和感があった。

(何が羨ましいんだ? 俺は……?)
左手を目の前に上げる。

あの時を思い返すのは、果たして何度目になるのか。
リィカの、魔法を使う姿に見とれた。
危機一髪のところで助けた。そして、この左腕を腰に回して身体を引き寄せた。

疲労で動けなくなっていたリィカをかばうため。ただそれだけの理由のはずなのに。
身体がやわらかいな、と思った。引き寄せたら、すっぽりと自分の隣に収まった。
その感触が消えない。

「………………………………………………ああもう俺、何考えているんだ…………!」

ダンスの練習なんかで、女性の身体に触れた経験なんて何度もある。
いまさら気にすることがおかしい。

「…………寝るぞ……」
誰にともなく宣言して目を瞑ったが、なかなか眠気は降りてこなかった。

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