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火花飛び散る
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クリフに書状を手渡したアレクシス殿下だけど、話はまだ続いていた。
「クリフォードが当主となることは認めるが、まだ成人前だからな。王宮から文官が一人派遣されて、お前に付くことになる」
アレクシス殿下の言葉に、クリフはわずかに眉をひそめたけど、文句は言わなかった。
「感謝いたします」
軽く頭を下げて、そう言っただけだ。
その文官は、成人前の当主の補佐でもあるけれど、同時に監視役でもあるんだろう。
ロドル伯爵家の件に続き、さらに当主が問題を起こしたから、それに対する対処だ。
さらに、物理的な問題もある。
色々とやらかしたこのベネット侯爵家の屋敷は、今使用人たちが異様に少ない。辞めて出て行ってしまったのだ。
ユインラム様が、お金がないと給料を払わなかったせいだろうけど。
だからその文官が、クリフの身の回りの世話もする。
そして……。
「姉様。本当に、姉様の母様、この屋敷で働いてもらっちゃっていいんですか?」
わたしの母は、王宮で保護されて、体調もすっかり良くなった。
今じゃ、元気すぎるくらいだ。
「うん。お母さん、すっかり回復して、働きたいって言っているから」
何せ、母も根っからの平民だ。
こう言ってはなんだが、王宮は居心地が悪いらしい。
衰弱して弱っていた頃ならともかく、元気になった今でも、色々身の回りの世話をしてもらうことに、抵抗感があるらしい。
わたしも心の底から理解できるけど、わたしは王宮から出るわけにいかない。
最初は、街に降りて、どこか住む場所を見つけて働こうかと考えていたようだけど、ベネット侯爵家の状態を知って、もしそこで働けるなら、と言い出したのだ。
掃除や洗濯はできるし、料理も平民風でいいなら作れる。
料理人もいないし、お金がないことに変わりないから、貴族の豪華な食事は無理だ。むしろ食費を抑えられるなら、クリフとしては有り難かったようだ。
お給料、あんまり出せないけど、とクリフが提示した金額は、普通に街でもらえる給料の倍額だ。
母が倒れかけた。そんなにいらないと主張していた。
うん、分かる。金あるじゃん、と言いたくなる。
ただ、実際の所、貴族の屋敷で働く給料としてはかなり安い方だ。
今、母は厨房にいる。
わたしが公爵閣下に引き取られてから、母は料理なんかしていなかったから、数年ぶりの料理だ。
「覚えてるの?」と聞いたら、「任せなさい!」と返事が返ってきたので、わたしは久しぶりの母の料理を楽しみにしている。
「あの、アレクシス殿下も、本当に召し上がるのですか?」
気になるのはそこだ。
最初から、昼食は母の手作り料理を食べるつもりで来たのだ。
アレクシス殿下にも話した。逃げる事は絶対にしないから、要件が済んだら、帰って頂いて大丈夫です、と伝えた。
今後、食べていくことになるクリフはともかく、王子殿下に平民の食事をして頂くわけにはいかない、と考えたのは、当たり前だろう。
「俺が食べたら、駄目なのか?」
不思議そうに殿下に言われてしまえば、返す言葉がない。
殿下がいいんなら、いいんだけど、本当に食べるんだろうか。
「それよりリィカ。アレクと呼べと言っただろう」
不機嫌な顔になったアレクシス殿下に言われたのは、名前の呼び方についてだった。
あの時だけの事だと思ってたんだけど。
「姉様」
言い直そうと思ったら、クリフに呼ばれた。
クリフもまた不機嫌になっている。
「ベネット家当主として、姉様に言い渡します。姉様は結婚禁止です。王家の監視が解かれたら、この屋敷に戻ってきて、僕を支えて下さい」
「――はぇっ!?」
大仰な出だしに何かと思ったら、その後に続けられた言葉に、奇妙な反応しかできなかった。
バンッ、と何かを叩いた音がしたと思ったら、アレクシス殿下が怖い形相でクリフを睨んでいた。
「調子に乗るな、クリフォード。お前、姉の幸せを台無しにする気か?」
「結婚だけが幸せじゃないと思いますけど。殿下が心配されなくても、僕が姉様を幸せにしますから」
バチバチバチと両者の間で、火花が飛び散っている気がする。
どうしよう。
アレクシス殿下の威圧が、クリフにまで向かうのは想定外だ。
その威圧を正面から受け止めているクリフはすごい。ちょっと前までのオドオドした感じが、まるでない。
逞しくなったんだなぁ、と思ったけど、なんか違う気もする。
結局、母が料理を持ってくるまで、二人はそのままだった。
料理が届いた途端に火花が止んだのは、きっと良いことだろう。
「おいしいです!」
「へぇ、うまいな」
貴族の豪華な食事に慣れているはずのお二人は、そう言いながらお代わりまでしていた。
わたしも、久しぶりに母の料理を堪能したのだった。
「クリフォードが当主となることは認めるが、まだ成人前だからな。王宮から文官が一人派遣されて、お前に付くことになる」
アレクシス殿下の言葉に、クリフはわずかに眉をひそめたけど、文句は言わなかった。
「感謝いたします」
軽く頭を下げて、そう言っただけだ。
その文官は、成人前の当主の補佐でもあるけれど、同時に監視役でもあるんだろう。
ロドル伯爵家の件に続き、さらに当主が問題を起こしたから、それに対する対処だ。
さらに、物理的な問題もある。
色々とやらかしたこのベネット侯爵家の屋敷は、今使用人たちが異様に少ない。辞めて出て行ってしまったのだ。
ユインラム様が、お金がないと給料を払わなかったせいだろうけど。
だからその文官が、クリフの身の回りの世話もする。
そして……。
「姉様。本当に、姉様の母様、この屋敷で働いてもらっちゃっていいんですか?」
わたしの母は、王宮で保護されて、体調もすっかり良くなった。
今じゃ、元気すぎるくらいだ。
「うん。お母さん、すっかり回復して、働きたいって言っているから」
何せ、母も根っからの平民だ。
こう言ってはなんだが、王宮は居心地が悪いらしい。
衰弱して弱っていた頃ならともかく、元気になった今でも、色々身の回りの世話をしてもらうことに、抵抗感があるらしい。
わたしも心の底から理解できるけど、わたしは王宮から出るわけにいかない。
最初は、街に降りて、どこか住む場所を見つけて働こうかと考えていたようだけど、ベネット侯爵家の状態を知って、もしそこで働けるなら、と言い出したのだ。
掃除や洗濯はできるし、料理も平民風でいいなら作れる。
料理人もいないし、お金がないことに変わりないから、貴族の豪華な食事は無理だ。むしろ食費を抑えられるなら、クリフとしては有り難かったようだ。
お給料、あんまり出せないけど、とクリフが提示した金額は、普通に街でもらえる給料の倍額だ。
母が倒れかけた。そんなにいらないと主張していた。
うん、分かる。金あるじゃん、と言いたくなる。
ただ、実際の所、貴族の屋敷で働く給料としてはかなり安い方だ。
今、母は厨房にいる。
わたしが公爵閣下に引き取られてから、母は料理なんかしていなかったから、数年ぶりの料理だ。
「覚えてるの?」と聞いたら、「任せなさい!」と返事が返ってきたので、わたしは久しぶりの母の料理を楽しみにしている。
「あの、アレクシス殿下も、本当に召し上がるのですか?」
気になるのはそこだ。
最初から、昼食は母の手作り料理を食べるつもりで来たのだ。
アレクシス殿下にも話した。逃げる事は絶対にしないから、要件が済んだら、帰って頂いて大丈夫です、と伝えた。
今後、食べていくことになるクリフはともかく、王子殿下に平民の食事をして頂くわけにはいかない、と考えたのは、当たり前だろう。
「俺が食べたら、駄目なのか?」
不思議そうに殿下に言われてしまえば、返す言葉がない。
殿下がいいんなら、いいんだけど、本当に食べるんだろうか。
「それよりリィカ。アレクと呼べと言っただろう」
不機嫌な顔になったアレクシス殿下に言われたのは、名前の呼び方についてだった。
あの時だけの事だと思ってたんだけど。
「姉様」
言い直そうと思ったら、クリフに呼ばれた。
クリフもまた不機嫌になっている。
「ベネット家当主として、姉様に言い渡します。姉様は結婚禁止です。王家の監視が解かれたら、この屋敷に戻ってきて、僕を支えて下さい」
「――はぇっ!?」
大仰な出だしに何かと思ったら、その後に続けられた言葉に、奇妙な反応しかできなかった。
バンッ、と何かを叩いた音がしたと思ったら、アレクシス殿下が怖い形相でクリフを睨んでいた。
「調子に乗るな、クリフォード。お前、姉の幸せを台無しにする気か?」
「結婚だけが幸せじゃないと思いますけど。殿下が心配されなくても、僕が姉様を幸せにしますから」
バチバチバチと両者の間で、火花が飛び散っている気がする。
どうしよう。
アレクシス殿下の威圧が、クリフにまで向かうのは想定外だ。
その威圧を正面から受け止めているクリフはすごい。ちょっと前までのオドオドした感じが、まるでない。
逞しくなったんだなぁ、と思ったけど、なんか違う気もする。
結局、母が料理を持ってくるまで、二人はそのままだった。
料理が届いた途端に火花が止んだのは、きっと良いことだろう。
「おいしいです!」
「へぇ、うまいな」
貴族の豪華な食事に慣れているはずのお二人は、そう言いながらお代わりまでしていた。
わたしも、久しぶりに母の料理を堪能したのだった。
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