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18.一年後

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 電撃の、ヘリーの「娘さんを、オレに下さい!」から一年。あたしは、ヘリーの妻になった。なんでそうなったかと言われても、絆されたとしか言い様がない。

 子爵家は下級貴族だ。裕福な平民に嫁ぐことも別に珍しいことでもないし、あたしの立場じゃむしろその方が平穏に過ごせる。
 父もそう思ったのか、あたしさえ良ければそれでいいと言って、その言葉にヘリーが「頑張って口説き落とします!」と宣言して、その通りに口説き落とされた。

「その……王太子殿下の側室には及ばないと思う。でも、不便はさせないようにする。パウラはまだ殿下を好きかもしれないけど、幸せにするから。オレと結婚して下さい!」

 いい加減絆されて、もう受け入れちゃってもいいかな、と思っていた時に言われた、プロポーズの言葉。嬉しいんだけど複雑だったから、ツッコんだ。

「あたし、別に王太子殿下を好きだったこと、ないよ?」
「……へ?」
「側室になれば贅沢できると思ったことはあるけど、それだけ。殿下が側に置こうとするのを、拒否できるわけないでしょ。断れなかったからいたけど、好きだったわけじゃない」

 ちょっとドキドキしたのは最初だけだ。殿下の目はあたしを通り越して妃殿下を見ていることに気付いたから、すぐ冷静になった。二週間でお役御免になって、ホッとしたくらいだ。

「だから、殿下のことは気にしなくて結構です。全く何も未練はないから。その……あたしも、ヘリーが好きです!」

 そう叫んだと思ったらヘリーに抱きしめられた。苦しいと言って蹴っ飛ばした。

「こんのお転婆! もっとお淑やかにできないのかよ!」
「知らないわよ! あんたの馬鹿力が悪いんでしょ!」

 いきなりこんな喧嘩をしたのも……まあいい思い出だったかな。


*****


 そんなこんなで、あたしはボルストラップ商会会長の妻になった。最初は、元貴族ってことで何となく商会で働いている人たちからは遠巻きにされていたんだけど、あたしとヘリーが事あるごとに言い争いをしているのを見て、遠慮の必要なしと判断されたらしい。

あねさーん、こっち書類たのんます!」
「姐さん、こっちもヨロです!」

 でっかい声の聞き慣れた男二人の声。ヘリーの右腕左腕だ。
 この二人が遠慮しなくなったことで、あたしも商会にとけ込めた。そういう意味じゃ、感謝しているんだけど、逆に遠慮がなさ過ぎる。

「姐さんじゃないって何度も言わせるな! もう、何であたしに経理の書類押しつけてくるのよっ! 今まであんたらでやってたんでしょうよっ!」
「「姐さん早いし、字綺麗だし」」
「声そろえるなっ!」

 叫んだ。
 まあ、計算とか勉強してたことは認める。貴族の娘にそんなもの必要ない、なんて言う人もいるみたいだけど、侍女とかで働くならできるに越したことはないからだ。

 結局役に立たなかったなぁ、なんて一時期思ったけど、今はメチャメチャ役に立ってる。立ちすぎて、仕事を押しつけられるようになった。
 ヘリーに「助かる」と言われちゃうから、文句を言いながらもやってるけど。

 しょうがないと思いながら、書類を受け取って取りかかろうとしたら、「そういえば」と話を続けられた。

「姐さん、会長を説得して欲しいんすよ。ウチの劇団での、次の劇」
「今王都で話題の、王太子と王太子妃の劇やろうって言ったら、ダメだって取り付く島もないんです」
「……劇?」

 何それ、と聞き返す。王太子と王太子妃って……殿下と妃殿下のこと? そんな話題になっている劇なんて、初耳だ。

「え、姐さん、知らないんすか」

「チョー人気なんすよ。王太子が、自分の妃に十個プレゼントを贈って、最後に跪いて、改めて愛を誓ったっつう、恋愛もの」

「貴族も平民も、女性たちの間でメッチャ人気らしいっす。こんな国の外れの方にも噂が来るくらいですよ。やってほしいって要望もあるのに、会長なんでか"やる"って言わないんすよ」

「……ふーん」

 改めて愛を誓った、ねぇ。浮気したのを、プレゼント攻撃で許してもらったんだろうか。そんなんで簡単に許すような妃殿下に見えなかったけど、でも妃殿下も殿下のことが好きだったようだし、許しちゃうのかな。

「なんで王太子、わざわざ十個もプレゼントしたの?」
「国王とか王太子とかって大変だから、それについてきてくれる女性にせめてもの心を示した、とかいうのが、大方の劇の内容っすけど」

 さすがに浮気云々の話はないのか。いや、殿下と妃殿下の話とも限らないし、そもそも実話かどうかも分からない。

「お前ら、パウラに何話してんだよ」
「お、会長! お疲れ様っす!」
「会長の弱点である姐さんに、ちょっくらお願いごとっす!」
「誰が弱点だ、誰が」

 ヘリーが戻ってきた早々に、賑やかに交わされる会話だが、構わず質問した。

「ヘリー、あたし、話題の劇の話なんて、初めて聞いたわ」
「……い、いや、それは」

 バツの悪そうな顔をして口ごもるヘリーの様子から、やっぱり劇の話は、殿下と妃殿下の話なのだろうと当たりをつける。あたしを気遣って、耳に入らないようにしてくれたのだ。

「やりましょうよ、劇」
「はあっ!? い、いや、パウラそれは……」
「ねぇ、あたし台本を書いてみていい? もちろん、書いた後ガンガン修正してもらうのは構わないから」
「い、いや……待て、おい……」
「お、姐さん、さっすが!」
「楽しみにしてまっす! 劇団員、喜ぶぞー!」

 ヘリーは何だか言っているけど、それに構わずあたしは話を進める。盛り上がる周囲を止めるのはできないだろう。

 変な気遣いはいらない。今のあたしは、この商会長の妻なのだから。
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