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8.行動
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「風邪?」
翌日、伝えられた情報に私は聞き返した。
殿下が、風邪? ちょっとイメージにない。私の知っている殿下は、健康そのものだったから。
昨日は、殿下が部屋に戻ってこないと、侍女から報告を受けた。
パウラさんとのお茶会を終えた時間から、殿下に回した書類の確認をしたとしても、時間が遅すぎる。
メンノに確認を頼んだら、執務室で寝ていた、という話を聞いたけれど、もしかしてそれが原因?
「はい。だいぶ熱が高く、安静を言い渡されているようです。朝方はまだ意識もはっきりされておりましたが、今は眠られており、時折魘されているとか……」
「……そう。パウラさんはどうしてるの?」
私は真っ先にそれを聞いた。
何に魘されているのか分からない。でも、今の殿下が側にいて欲しいのは、パウラさんだと思う。
私の問いに、侍女は躊躇うように口を開いた。
「……妃殿下さえよろしければ、彼女を殿下の元に連れて行くと」
「もちろん構わないわ。側にいさせてちょうだい。――ああ、もちろんパウラさんの無理ない程度にね?」
「……かしこまりました」
すごく何かを言いたそうにしながらも、それ以上は何も言わずに侍女は部屋を出て行く。
正直、何も言われないことは助かっている。言われても、私はどうしていいか分からない。今の状況が、パウラさんが望んだことではないから、彼女に当たることもできない。そんな嫌な女になりたくない。
「妃殿下は、お見舞いに行かれないのですか?」
そう聞いてきたのは、私の実家であるクレーセン侯爵家から一緒に来てくれた侍女、エレーセだ。私の姉にも似た存在。私と一緒に来てくれて、心強い存在だ。
「行かないわ。私が行っても、ご迷惑になるだけでしょうから」
私の返事に、エレーセは口ごもった。けれど、何かを決心したように、口を開いた。
「マルティ様」
「……なに?」
久しぶりに名前で呼ばれた。実家とは違うからと、頑として名前で呼ぼうとはしていなかったのに。
「私は最初、王太子殿下に抗議するべきと思いました。パウラが悪くないのは分かります。どうしようもないのも。でも、結婚するなり浮気するなんて、何を考えているんだと思いました」
「……ええ、そうね」
返す言葉もない。全くもってその通りだと思う。
「しかし、侍女長に言われました。いかに相手が王太子夫妻であっても、一組の男女。むやみやたらと他人が間に入り込んで喚くなと。それをすれば、ますますこじれてしまうこともあるからと」
「……あら」
誰も何も言わないのは、そういうことだったのかと初めて知った。
侍女長は既婚者で、すでに成人した子供もいる。まだ独身の若い侍女たちよりよっぽど経験を積んでいるということなのだろうか。
「マルティ様が動きたいと思ったのなら動けばいい、と言っていました。その時には躊躇わず行動に移せるように、見守って後押ししなさいと」
「…………!」
目を見開いた。
「今、マルティ様は、殿下の側に行きたいと、そう思われたのではないですか?」
何も言えなかった。その通りだから。
迷惑だ、なんて言っても、私は行きたかった。心配だから。何も出来ることはないかもしれないけど、それでも行きたかった。
「どうか、マルティ様が後悔されないようにして下さい。……殿下のことがお好きなのでしょう?」
「……そうね」
一度目を瞑って、覚悟を決めた。確かに、後になってから「あの時行動してれば良かった」なんて思いたくない。
「伝えてちょうだい、今からお見舞いに伺いますと」
「かしこまりました」
エレーセは少し嬉しそうに笑って、そして付け加えてきた。
「侍女長からもう一つ。例え好きであっても、浮気した男を簡単に許したらつけ上がりますからね、だそうです」
「……覚えておくわ」
もしかして、侍女長にも何か経験があるのかしら。噂を聞いたことはないけれど。
そんなことを思いながらも、お見舞いに行く準備を始めた。
翌日、伝えられた情報に私は聞き返した。
殿下が、風邪? ちょっとイメージにない。私の知っている殿下は、健康そのものだったから。
昨日は、殿下が部屋に戻ってこないと、侍女から報告を受けた。
パウラさんとのお茶会を終えた時間から、殿下に回した書類の確認をしたとしても、時間が遅すぎる。
メンノに確認を頼んだら、執務室で寝ていた、という話を聞いたけれど、もしかしてそれが原因?
「はい。だいぶ熱が高く、安静を言い渡されているようです。朝方はまだ意識もはっきりされておりましたが、今は眠られており、時折魘されているとか……」
「……そう。パウラさんはどうしてるの?」
私は真っ先にそれを聞いた。
何に魘されているのか分からない。でも、今の殿下が側にいて欲しいのは、パウラさんだと思う。
私の問いに、侍女は躊躇うように口を開いた。
「……妃殿下さえよろしければ、彼女を殿下の元に連れて行くと」
「もちろん構わないわ。側にいさせてちょうだい。――ああ、もちろんパウラさんの無理ない程度にね?」
「……かしこまりました」
すごく何かを言いたそうにしながらも、それ以上は何も言わずに侍女は部屋を出て行く。
正直、何も言われないことは助かっている。言われても、私はどうしていいか分からない。今の状況が、パウラさんが望んだことではないから、彼女に当たることもできない。そんな嫌な女になりたくない。
「妃殿下は、お見舞いに行かれないのですか?」
そう聞いてきたのは、私の実家であるクレーセン侯爵家から一緒に来てくれた侍女、エレーセだ。私の姉にも似た存在。私と一緒に来てくれて、心強い存在だ。
「行かないわ。私が行っても、ご迷惑になるだけでしょうから」
私の返事に、エレーセは口ごもった。けれど、何かを決心したように、口を開いた。
「マルティ様」
「……なに?」
久しぶりに名前で呼ばれた。実家とは違うからと、頑として名前で呼ぼうとはしていなかったのに。
「私は最初、王太子殿下に抗議するべきと思いました。パウラが悪くないのは分かります。どうしようもないのも。でも、結婚するなり浮気するなんて、何を考えているんだと思いました」
「……ええ、そうね」
返す言葉もない。全くもってその通りだと思う。
「しかし、侍女長に言われました。いかに相手が王太子夫妻であっても、一組の男女。むやみやたらと他人が間に入り込んで喚くなと。それをすれば、ますますこじれてしまうこともあるからと」
「……あら」
誰も何も言わないのは、そういうことだったのかと初めて知った。
侍女長は既婚者で、すでに成人した子供もいる。まだ独身の若い侍女たちよりよっぽど経験を積んでいるということなのだろうか。
「マルティ様が動きたいと思ったのなら動けばいい、と言っていました。その時には躊躇わず行動に移せるように、見守って後押ししなさいと」
「…………!」
目を見開いた。
「今、マルティ様は、殿下の側に行きたいと、そう思われたのではないですか?」
何も言えなかった。その通りだから。
迷惑だ、なんて言っても、私は行きたかった。心配だから。何も出来ることはないかもしれないけど、それでも行きたかった。
「どうか、マルティ様が後悔されないようにして下さい。……殿下のことがお好きなのでしょう?」
「……そうね」
一度目を瞑って、覚悟を決めた。確かに、後になってから「あの時行動してれば良かった」なんて思いたくない。
「伝えてちょうだい、今からお見舞いに伺いますと」
「かしこまりました」
エレーセは少し嬉しそうに笑って、そして付け加えてきた。
「侍女長からもう一つ。例え好きであっても、浮気した男を簡単に許したらつけ上がりますからね、だそうです」
「……覚えておくわ」
もしかして、侍女長にも何か経験があるのかしら。噂を聞いたことはないけれど。
そんなことを思いながらも、お見舞いに行く準備を始めた。
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