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前編

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「ミツくん、先シャワー浴びていいよ。今日もありがとうね」
「でも君みたいに若い子が体売るなんてそんなことしちゃだめだよ?」

35、いや40代くらいだろうか。小太りの男が、青年に声をかける。小柄なその青年は、男の言葉に顔を俯けて悲しそうな声で応えた。

「はい、そうですよね……。でも、ぼく、本当にお金に困ってて……」

「僕はミツくんが心配だからさ。困ったらいつでも相談して欲しいんだよ」

そう言って男は手を握り、慈愛のある表情を浮かべて青年を見つめた——



バ~~~~~~カ。
なーにが「君みたい若い子が体を売るなんて」だよ。

そんな若い、しかも、男子高校生とSEXして金払ってんのはどこのどいつだ? いい年したおっさんが、自分が変態だってことすら理解してねーのか? だったらSEXなしでさっさと金よこせや、クズが。体目当てのことがバレバレなんだよクソデブ野郎。

まぁいい、割りと良い金蔓だし、こいつのプレイは普通でそこまで負担でもない。

ここは適当に——媚び売っとくか。

「あ、ありがとうございます。ぼく、実家が貧しくて、親をどうしても助けたくって……。もしよかったら、またぼくと会ってくれますか……? 」
「拓海さんはいつも親切にしてくれるし、とても頼りにしてるんです」

ここでのポイントは、「ぼく、両親のために頑張ってる健気な青年です」感を出すことと「相手の名前を呼びつつ、さりげなく褒めること」そして「チワワのような上目遣い」をかますことだ。決してすぐに次の約束を取り付けてはいけない。自分は金蔓ではないと、相手に思わせるのだ。

「もちろんだよ! また僕からも連絡していいかな?」

こいつ、ちょれ~~~~~!
やっぱ恋愛経験もろくにない上に、高校生男子に手を出してる奴は違うな。如何にもその目から「同情してます」感が滲み出てていいね。こういうのは楽でいい。説教さえしなけりゃなんだって。

「ありがとうございます、もちろんです!」

俺はニッコリと笑顔を金蔓に向け、シャワー室に入った。シャワーのぬるいお湯を浴びながら思う。


俺、何やってんだって————






さっき言った話の中で、実家が貧しいというのは本当だ。俺には4人の家族がいる。両親と弟、妹だ。

5年ほど前までは、何の変哲もない、とても幸せな家族だった。両親は厳しくも優しく、俺を育ててくれた。弟は反抗期真っ盛りだったが、きちんと家事を手伝う奴で、妹は当時まだ小学生にもなっていない可愛らしい女の子。毎日が騒がしくもあり、それが心地よい家だった。


あのときまでは——


5年前、父の勤めていた会社が突然買収された。

デスクワークが主だった父は、向いていない力仕事の部署へと飛ばされた。もともと高くなかった給与もさらに下がり、ボーナスもほとんどなくなった。父は体力の限界が近く、会社も休みがちになってしまった。

母ももちろんパートに出ているものの、最近小学生になったばかりの妹の世話はもちろん、他の家族の家事を全て担っていた。父へのフォローも忙しく、そう何度も家を空けれる状態ではない。

両親は決して口に出して、俺らに愚痴は言わなかった。だけど、弟も妹もなんとなく今の状況が悪いことくらい分かっているのだろう。最近は我が家の居心地が良くないとばかりに、友人の家に行くことが増えた。

金がなければ、家族が崩壊する。そう思った俺はバイトを始めた。主に深夜のバイトを掛け持ちし、学業に支障が出るほど働いた。けれどそれでも、ほんの僅かな家計の足しにしかならなかった。

皮肉なものだよな、「金山 満かねやま みつる」、如何にも金に恵まれてそうな名前なのにこんなに金に困るなんて。

そんなある日、バイトの帰り道に声をかけられた。

「君、いくらなの?」

最初は何のことを言っているのか分からなかった。よく分からないまま法外なお金に目がくらみ、そのままホテルへと向かう。そうしてこの世界に入った。

この世界では「源氏名」と呼ばれる偽名を使うのがほとんどだと教えられた俺は、本名である「金山 満」からとってそのまま「ミツ」と名乗るようになった。

俺のこの小柄な体型で幼い顔立ちは、そういう趣向の人にとっては評判がよかったのだろう。取る客に困ったことはなかった。

深夜バイトよりも時給良く、時々いかにもなホテルで高いメシにありつける。もちろん母には「こんなお金どうやって稼いだの?」と怪しまれたが、いいバイト先があったと適当なウソを吐いた。

体を売るなんてとか、世間ではそう非難されるが俺は全く気に留めていない。クソみたいなプライドでメシが食えるのか? 授業料が払えるのか? 電気は? 水は? 金がなくてどうやって生きて行くんだよ。

まぁ1回だけあった縄を使う美術家気取りの変態とのプレイだけは二度と御免だけどな。


「ミツくん、そろそろシャワー変わってもらってもいいかな? そのまま帰って大丈夫だから」
「あっ、はい。すみません、長いこと浴びちゃってましたね」

そう言ってシャワー室を出て、髪を軽く乾かし着替えてホテルの外に出る。まだ早朝のためか肌寒い風が、少し濡れた髪のせいでひんやりと身体を冷やす。

あ~さむっ

しかし、ウリのいいところは土日にできるし学業にも支障ないことだよな。しみじみと俺は今を顧みた。

いつまでこの状態が続くんだろう……

漠然とした不安を抱きつつ、凍える手を上着のポケットに突っ込み、まだ賑わっていない歓楽街を抜けた。


+++


「満くん、満くん、おはよう。昨日は何してた? 最近買ったこの本面白くって、よかったらあげるから満くんにも是非読んでほしいな!」

「特になんもねーよ。その本も興味ない。次の授業の予習するからさっさとどっかいけ」

この無意味にでかい体格で犬のように懐き、俺の名前を連呼しているのは「北条 縁ほうじょう えにし
小学校からの付き合いで、所謂俺の幼馴染にあたる。そして——俺はこいつが嫌いだ。

実家は名家のお金持ち、なぜか俺と同じ中学、果ては同じ高校にも通いたいと私立受験をすることなくこうして同じ公立の高校までついてきた。はっきり言って、クソうぜぇ付き纏い野郎だと俺は思ってる。

そうやって引っ付いてこられるだけでも鬱陶しいのに、人にプレゼントと称して高価なものを渡す癖もあった。

俺に本だのゲームだの、時には度が過ぎてブランド物の服や時計をよこしてくる。最初、某ブランドの時計を渡されたときはかなりビビった。

は?こいつただのクラスメイトに対してこんなもん送んのか?と。

まぁ、今は慣れたもので遠慮なく質屋で売るのだけど。いい金になってるしな。

そしてそれは俺の弟妹きょうだいに対しても同じだった。妹に、人気アニメのかなり高そうな特注人形をプレゼントしたときは、飛んで喜んでいたのを覚えている。俺が必死にバイトした金で渡したプレゼントなど目もくれずに……。

——俺に高価なものは送れないと分かってて、バカにしてんのか?

まぁ、そういう訳で俺はこいつが大嫌いだ。
でかい体格で見下ろされることも、実家が金持ちであることも、意味の分からないほど付き纏われることも、同級生の俺に対して憐れむようにプレゼントを贈る無神経さも全部。全てが気に食わない。

「も~、つれないこと言わないで?」
その186cmの体格で机から上目遣いすることが可愛いとでも思ってんのかこいつは? キショいんだよどっかいけ。

そんな俺の心の声も届かないのか、縁は言葉を続ける。

「そういえば、面白いゲームセンターあったんだよ。 少し意外な場所に在るんだけど、今度一緒に行こうね!!」

ゲーセン?そんなのここらへんに……あーあったな。そういや高校の近くと、後あの歓楽街らへんに少し。どうせここら辺で遊んでいるのだから、高校近くの商店街のアレだろう。

「誘わなくていい。俺、最近忙しいから悪いけどムリ」
「もう、満くんはいつもそうなんだから」
そうやってシッシッと手で追い払う動作をすると、縁はどこか拗ねた表情で席に着いた。

そうそう、早くどこかいってくれ。もう頼むから俺に関わるな。
金持ちのお前が、呑気に、如何にも幸せそうに生きているのを見るだけで、俺は反吐が出るんだよ。

嫌になる程の劣等感を抱え、その苛立ちをぶつけるように問題集を解いているうちに授業のチャイムが鳴った。

今日もまた、いつも通りの一日が始まる。



キーンコーンカーンコーン

放課後のチャイムが鳴り、俺は一目散に教室を出た。つい先ほどの昼休みに拓海さんから「また会えないか?」との誘いがあったところだ。

しかし元気なおっさんだな。2日連続でシましょうってか?

待ち合わせの時間は19時。どうせ会社終わってすぐの時間だろう。
家に帰る途中、スーパーへと寄る。母に頼まれた食料品を買うためだ。文房具屋にもよって弟と妹の文具も買わなくてはならない。
会計を済ませ、忙しなく店を出る。もう日が落ちてきており、拓海さんとの待ち合わせまであと少ししかない。

帰宅してすぐに買ったものを机に置き、足早に制服を着替え始める。

あ~!もう時間がないっ

「ごめん! バイトの時間近いからもう行くね。あと今日夕食いらないから」と叫ぶように母に伝え、夜の街へと飛び出した。


+++


歓楽街の煌めく光が眩しい。「お兄さん、これからどう?」というキャッチのいつもの声を耳にしながら歩みを進める。大通りを横に抜け、裏道へと足を向ける。待ち合わせの場所までもうすぐそこだ。

目的の場所に向けて少し早足になったとき、背後から急に声が響いた。
「満くん!」

————まさかっ

バッと後ろを振り向き、見覚えのある体格を目視する。

間違いない、縁だ
なんで、こんなところに、

歩みを止めてしまったのが原因か、いつの間にか目の前にいた縁は俺の両手を包み込み、嬉しそうに言った。
「うわぁ、偶然だなぁ。満くんもゲームセンターに遊びに来たの?」
満面の笑みで縁は俺に問いかける。
「あ、いや、ちょっとこっちに用があってな」
「え、用ってな~に?」
縁の無邪気な態度にイラっとする。

チッ、ゲーセンって歓楽街のやつかよ。つーか金持ちのボンボンがこんな歓楽街の裏通りに来るなよ、バカじゃねーの。

「お前、こんな危ないとこにくんなよ。なんかあったらどーすんだ?」
「そうだよねここ、なんかやらしい雰囲気の店多そうだし。でも、なんで満くんはここにいるの?」

体格差のせいか、いつもと違う目線の鋭さのせいか、どこか縁から圧迫感を感じ、少し言葉に詰まる。

あ~どう言い訳すっかな……

「あ、えっと、そうそうゲーセン! お前の言ってたゲーセンどこかなって探しに行こうと——」
「ミツくん!!」
声が被さり、誰だと振り向くと拓海さんが立っていた。

やべっ、拓海さんだ。

少し興奮した様子の拓海さんは言葉を続ける。
「ミツくん、早かったね。今日は悪いんだけど食事なし3万で大丈夫かな?」
「……ミツくん?」
縁の声が低く、冷たく響いた。

「満くんに何か用なの……?」
拓海さんに近づき、問いかける縁の声はいつもの無邪気さを消し、まるで氷のようだった。

「はっ、えっ、君もミツくんのウリの相手なのかい? ミツくん、スケジュール管理はどうなってるの?」
拓海さんが笑いながら冗談めいた口調で言葉を続ける。

「ウリの相手」——その言葉が俺の背筋を凍らせた。
ッまずい……縁にバレた!!

「あ、いやこいつは全然関係ないです! 行きましょう、拓海さん」
俺は慌てて拓海さんの腕を掴み、その場から立ち去ろうとした。

あの言葉は縁の耳にも届いただろう。だがいちいち気にしてもいられない。あいつも学校で公言するような奴でもない。そう自分に言い聞かせ、急ぎ足で拓海さんをホテルに連れて行こうとした、そのとき、

ぐいっ――

後ろから腕を掴まれる。

「満くん、体、売ってるの?」
ギリギリと骨が折れそうなほどの力で俺の腕を掴む。痛みで悲鳴をあげそうだった。俺がその力に戸惑い、俯いているせいもあって表情は見えなかったが、どう考えても縁が怒っていることが分かる。

「……ッお前には関係ない」
俺は縁と目線も合わせずに、言い放った。

「いい加減、お前にはうんざりなんだ。俺は好きでやってるんだ、もうほっといてくれっ!!」
力任せに腕を振り払うと、縁の手が俺の腕から離れる。そのまま拓海さんの腕をとり、俺は何も言わずにホテルへと向かった。

あいつの無言が、どこかとても恐ろしかった。



部屋に入ると、拓海さんはネクタイを緩めて椅子に腰を掛けた。先のやり取りでどこか疲れ切った様子に見える。

「さっきの子、知り合い?」
開口一番に切り出してきたな。さぁどう答えるか。馬鹿正直に縁のことを話すわけにもいかない。常連の拓海さんは良い金蔓なのだ。

「ああ、あの人ですか? なんかストーカー見たいな人で、学校でも一方的に絡んでくるんです。今回も気づかないうちについてきたみたいで……」
適当に流すように俺は答える。

悪い、縁。お前はストーカーということで今後よろしく。

拓海さんは俺の「ストーカー」という言葉を聞いて、どこかほっとしたように笑った。
「そっか、それは心配だね。まさか君がそういう被害に遭っているなんて……。学校ではうまくやれてる?」
「え?」
「ほら、君ってどこか頼りないから。学校の友人ともうまくやれば変な奴に付きまとわれることもないんじゃないかなって」
どこか説教臭い、俺の「ウリをする事情」を顧みない言葉に、じわじわと苛立ちが湧いた。

「うれしいです、 心配してくださってるんですね!」
全力で頬の筋肉を動かし、笑顔で答える。
「もちろんだよ。ミツくんは大事な人だからね」

きめぇ。どうせ自分のやってることが会社にバレたら面倒だからとかそういう話だろうが。人の心配してるフリしてんじゃねーよ。

あ~疲れた。さっさとヤって、金もらって帰るか。
食事なしの3万、まぁいいだろう。

「今日週初めですし、お仕事でお疲れですよね? 明日は祝日ではありますけど……もしよかったら、早くシますか?」
「気遣ってくれるのかい? ありがとう」

いつも通りのやり取り。適当に相手して、金をもらって終わり。ほんと、楽な仕事だ。


+++


次の日、祝日で学校は休みだった。
朝食を食べようとベットから起き上がり、1階のリビングへと降りていく。すると母のどこか嬉しそうな声が台所から聞こえた。
「満! そういえば、さっきねっ」
父は休日出勤のために今日は早朝からいないらしい。なぜ母はこんなに喜んでるんだ?

「お父さんがね、大手企業から引き抜きに合ったらしくって、給料も上がるみたいなのよ! 前みたいに力仕事じゃないし、もしかしたら生活も良くなるかも!!」
「え、本当に……!?」

俺も、そして久しぶりに家に帰っていた弟も妹もどこか期待のこもった眼差しで、母の話を聞いた。今まで暗かった家の空気が一気に明るくなったように感じた。

母曰く、たまたま見学に来ていた取引先企業の重役が父の仕事ぶりに感心して、こちらに来ないかと打診したらしい。今日、父が早くからいないのは、転職の手続きのためらしかった。

そんな、夢みたいなことが——

かつて父の勤める会社が買収されたように、今回もそういうことがあるのかもしれない。ヘッドハンティング、現実味のない内容だと思いながらも、俺は内心嬉しくて仕方なかった。

もう、こんな、自分の体を売るなんてこともしなくていいのかもしれないな……


夕方、父が帰宅した。いつもと同じ、いや、いつもと比べるとだいぶマシな、その疲れた顔でどこか幸せそうな笑みを見せた。
「ただいま」
「おかえりなさい!!」

俺が、家族全員がどこか期待に胸を膨らませて父を見つめる。父は照れたように笑って言った。
「父さんな、転職することになったよ。給与もだいぶ上がるから、生活も安心していい。今まで苦労かけてごめんな」
今までのこともあり申し訳なさも出しつつ、どこか誇らしげに父は言った。

そしてしばらくして、父が母に頼んでおいたのかステーキや色鮮やかなサラダなど豪華な食事が食卓を彩った。今までの質素で、品数も少なかった食事が嘘みたいだ。

「ほら、食べて食べてっ。今日はお祝いでしょ!」

母の少し興奮した声、父の照れくさそうに微笑む顔、隣に座る弟も妹も嬉しそうに食べ始める。
今まで、弟も妹も友人の家で食べたり、父も体調の悪さから食事を摂らないことが多かった。俺自身もウリの相手とレストランへ行くことが重なり、そんな俺にとって本当に、久しぶりの、「家族の食事」だった。

楽しげな声、お互いの話で笑う顔、賑やかで暖かな食卓

——まるで夢の中にいるような気分だ

「ほら、満も食べなさい」
久しぶりに父親の、家族の穏やかな姿を見た。
込み上げる思いで、胸が詰まりそうになりながら、その特別な食事に手を伸ばした。


+++


次の日、学校に行くのは少し憂鬱だった。

家のことは解決したが、先日の縁との出来事は少し不安だ。公言しないだろうと高をくくっていたものの、やはり心配ではある。

さて、どう口止めしたものか……

「満くん、おはよう!」
前回のことなど気にしていないかのように、今日もまたいつも通り、無邪気な笑顔で話しかけてきた。

なんだ、この調子なら心配することないか

そう安堵したのもつかの間、
「あの、前のことなんだけど、」
言葉を切るように、俺はぐいっと縁の腕を掴み、人目の少ない階段の踊り場へ向かう。

こいつ、何を言うつもりだ? まさか学校の先生にチクるつもりじゃないだろうな?

「家に帰ってから、僕よく考えたんだ。満くんがなんであんなことしてたのかなって。……お金に困ってたんだよね?」
そういってどこからとなく、縁は封筒を手渡してきた。

何だこの封筒?

中を覗くと15万?いや20万ほどだろうか、万札が何枚も入っている。

「お前っ、何のつもりだよ、これっ!?」
「いや満くん、困ってるし、それにあんなこともうして欲しくなくって……」

——ッ、こいつ、同情のつもりでただの同級生にこんな大金渡したのか

ふつふつと腹の底から怒りが込み上げてくるのを感じた。あまりの苛立ちに思わず拳を握り締め、縁から渡された封筒がくしゃりと折れた。

あんなこともうして欲しくない? はっ、金持ちのボンボンがっ、上から目線に、何様のつもりだっ!!

「うるせぇッ、 もうほっとけって言っただろうがっ。 それにな、『俺は好きでやってるんだ』っていっただろ。お前のくだらねぇ物差しで同情して金渡してくんじゃねぇよ!!」
バサッと封筒を縁に叩きつけてやった。

そうだ、こんな金いらない、もう俺にはこんなの必要ない。

縁はその場に立ち尽くして、落ちた封筒をじっと見つめた。そして、ぽつりと呟く。
「……じゃあ、満くんを買うなら?」
「は?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。

「そうしたら、このお金を受け取ってくれる?」
買う? まさかウリのこと言ってるのかこいつ。この金で俺を買おうって? 冗談だろう?
この如何にも温室育ちでいつも呑気な犬っころが何を言ってるのか。

縁は顔を上げて、真剣な目で俺を見つめてきた。
「僕は本気だよ。 確かに経験豊富じゃないし、満くんを満足させることはできないかも知れない……でも、満くんが生活に苦しまなくて済むならなんでもするよ」

その純粋すぎる言葉に、俺は腹の底から笑いが込み上げてきた。

「ははっ、マジで頭おかしいなお前。 いいぜ、買わせてやるよ」

もちろん、こんな金俺にはもう必要ない。けれど、こうやって小学校から高校まで縁に付き纏われるのもうんざりしていたところだ。

わざと挑発的に俺は言葉を続けた。
「ただし1回だけだ。1回だけこの金で俺を買わせてやるよ。けど、それでお前とのSEXが散々で、俺が満足しなかったときは……その時はもう二度と俺に話しかけんな」

これでこいつ——縁との関わりを終わらせてやる。そう言い放った俺に、縁は少し驚いた表情を浮かべた。

「……分かったよ」
それは縁らしく純粋でまっすぐな声だった。


授業中、縁はどこかそわそわした様子だった。普段なら先生のつまらない話でさえ、如何にも興味津々といったキラキラした瞳で聴いているのに今日は違う。ペンをくるくると回したり、視線をやたらと宙に動かしたりと、とにかく動きに落ち着きがない。

……ぷっ、こいつ大丈夫かよ
思わず小さく笑いが漏れてしまった。放課後のことを考えて緊張しきりの様子の縁が面白くて仕方ない。

俺が教科書を眺めながらチラと縁の様子を伺うと、バチリと視線が合う。途端に何かを想像したのか、ボッと顔を真っ赤にした縁を見て、俺はそっぽを向いた。

アホみてぇだな、あいつ

いつもと異なり休み時間にも話しかけてこなくなった縁に、俺は清々した気分だった。

あー、いつもこうならいいのに


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