緑の袱紗が鳴るとき

ホルモンヤん

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 翌朝部屋に戻った兄様に昨夜の出来事を尋ねると、少し目元を赤くし些か憂いを帯びた表情で、仕事に集中してたんだよごめんねと返事するだけだった。兄様は暗い顔のまま無言で朝食をとる。ただ作業のように口に運ぶだけで、俺と視線を合わせる事すらしてくれない。
 長い沈黙に耐え切れず口を開こうとすると、とんっと部屋の襖が開き女中が手を着き話しかけてきた。

「藍川様、本日の昼下がりにお茶会を開くとご当主より申し付かっております」

 どうやらまた茶会を開くらしい。茶道の家元とはこういうものなのかと考えていると、

「えっ、昨日もなのにそんな——!」
「ご命令ですので、わたくしの方からはこれ以上申し上げられません」

 兄様の声は悲鳴めいたものだった。茶会があまり好きではないのだろうか? 確かに言われてみれば体調の悪さは昨日の茶会の時からだ。そう思い至った俺はなんとか後日にならないかと頼んでみるも、ご命令ですのでとあっさりと返された。
  
 女中が襖を閉め、また兄様と二人だけになる。盆に載った皿を眺めるように顔を下に向け、何かに苦悶するように沈黙する。

「兄様……大丈夫ですか? どこかお身体が悪いのでは」
「いや、違う……。違うんだよ」

 そういって朝食を終え、兄様は足早に仕事場へと向かう。俺は心のもやが晴れなかった。ダメだ、あの女中では話にならない。 そう思い直し、俺は珠さんの元へと向かうことにした。
 あの人ならきっと兄様の体調が悪いのを慮ってくれるはず、そう信じて珠さんに部屋に向かい襖に手をかける。そこにはすでに先客がいたのか、賑やかな話し声が聞こえた。

「しかし、葉鶴さん。藍川家の者を引き取るなんて、とても人情の熱いお方やわ。あそこの当主はたかが工人やのにえらい横柄な態度で、うちはあまり好いとらんかったけど」

 一瞬、心臓が跳ねた。藍川家の名を聞いて、耳が無意識にその会話へ縫い付けられる。

「いえ、そんな滅相もない。職人たちに責任はあらしませんし、これも華族として、それに相応しく在りたいという私の勝手な行動ですわ」
「いや謙虚なこと。若いのに立派やわ。しかもその職人をお茶席にさそってはるんやろ? あの二人、お作法ちゃんとできるんやろか」

 女はあたかも心配そうに話すが、その言い方には、俺たちに対する妙な棘があり、手元が無意識に強張る。

「こういうものは慣れやと思いますし。そういうの気にせんと、奉公の労を兼ねてですから、大目に見てやってください」
「ほんま立派」

 女の声が再び響き、今度はため息交じりに言った。

「うちはそないな方たちにあまり会うてへんから。うちの息子たちにも見習わせたいものやわ」
「冗談言わんで下さい。いややわ、いけずなところあんねやからって、うちの屋敷の職人みていじめたらんとってくださいな?」

 カラカラと笑い声とともに、会話が続く。

 俺は襖にかけた手をそっと下ろした。どうやら珠さんと同じ華族が相手のようで、そちらの奉公人たちは良い待遇を受けていないらしい。
 ……そうだ、俺らはあくまで藍川家からの奉公に来ている身。それも親切に食事はもちろん、仕事場もしっかりとしたものが用意されている。あの茶会も労をねぎらうもの、そう言われてしまえば、こちらが断っていい理由などなかった。
 仕事場へと踵を返す。俺にできるのは仕事をして、出来の良い織物を収めることだけ。兄様の調子が悪くて出来ない仕事の分も俺が支えよう、そう考えた。
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