魔法使いと皇の剣

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1章 出会い

エピローグ

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 ミエラはノストールを退けたことに胸を撫で下ろしながら、すぐにアイリーンを探した。

 甲板の隅で彼女を見つけたとき、ミエラの胸が痛んだ。アイリーンは疲れ果てた様子で座り込み、乾いた血が身体にへばりつき、無残な姿だった。それでも、命に別状はないことにミエラはほっとする。

「アイリーン! 大丈夫?」

 ミエラが駆け寄ると、アイリーンは弱々しい声ながらもいつもの調子で応えた。
「ミエラちゃん……やるじゃない、流石よ。アタシも一発かましてやりたかったけどね。」

 その言葉に、ミエラの心が少し軽くなる。アイリーンは苦しい中でも彼女らしい強がりを見せていた。

 ミエラが言葉を返そうとしたその時、後ろからエイランの声が聞こえた。

「本当に無茶をしたね。まあ、大人しく休める状況でもなかったがね……。」

 エイランは呆れたようにアイリーンを見つつ、次にミエラへと視線を向け、少し申し訳なさそうに頭を下げた。

「ミエラ嬢もお疲れ様。そして……すまないね、船員たちのことは。」

 その謝罪に、ミエラは首を振り、弱々しく答えた。

「いいんです……彼らの言うことは正しかったです。危険があるなら、もっと早く知らせるべきでした。船員さんたちだけじゃなく、船までも……本当にごめんなさい……。」

 ミエラが消え入りそうな声で謝ると、エイランは困ったように眉を寄せた。そして、静かに語りかける。


「うむ……それを聞かずに君を船に乗せたのは私の判断だ。そして……私自身、隠しているものもある。伝えるべきかどうか、判断を誤ったのはむしろ私のほうだ。すまないね……。」

 そう言うと、エイランは少し間を置き、柔らかな表情で続けた。

「ただ一つ言っておく。私の本心だよ。君とあの青年にはむしろ助けられたと思っている。ありがとう。」

 その言葉に、ミエラは少し救われた気がした。アイリーンも微笑みながらエイランの言葉に頷いている。
 
 エイランはそれ以上は言わず、近くの海賊に船長の居場所を尋ね、そちらへ向かっていった。彼の背中を見送りながら、ミエラは自分が成すべきことに改めて思いを巡らせた。


 周囲を見渡したミエラは、喜びに湧く海賊や船員たちの中に、輪から外れて静かに佇む者たちの姿を見つけた。

 彼らの視線が自分を責めているように感じ、先ほどまでの達成感が急速に薄れていくのを覚えた。胸の奥に広がる不安と後悔が、喜びを押しつぶしていく。

 そんなミエラの様子に気づいたアイリーンが心配そうに彼女を見つめ、何か言おうとしたその時――

「おう! 魔法使いのねえちゃん! それとトカゲ! お前らもよくやったな!」

 突如、どこからともなく小柄で柄の悪そうな青年が現れた。手には酒瓶を持ち、ミエラとアイリーンの前にも一本ずつ瓶を置く。

 アイリーンはミエラに話しかけようとした矢先の出来事に目を丸くしたが、次に自分に向けられた言葉で絶句した。

「トカ……トカゲェ!? あんた、ぶち殺すわよ!!」
 
 怒りに声を震わせるアイリーンを前に、青年は悪びれた様子もなく肩をすくめる。

「わっ!? なんだよ、違ぇのか? 仕方ねえだろ、そう見えたんだからさ。悪かったって、怒んなよ。それより名前は? 俺はドルガンだ。」

 自らをドルガンと名乗った青年は、どこ吹く風とばかりにミエラとアイリーンの名前を聞き出そうとする。

 隣で興奮するアイリーンは、疲れを癒すべきか、目の前の男を殴るべきかで葛藤しているようだった。仕方なく、ミエラが代わりに答える。

「私はミエラ。彼女はアイリーンです。」

 簡潔にそう答えると、ドルガンは満足したように頷き、にやりと笑った。

「ミエラにアイリーンか。覚えたぜ。それにしても、あんた美人だな。……まあ、うちの船長ほどじゃねえけどよ!」


 その言葉を残すと、ドルガンは騒ぐ海賊たちの輪の中へと戻っていった。

 アイリーンはその背中を睨みつけながら、唇を噛みしめる。

「ミエラちゃーん、あいつ許せないわ……!」

「確かに、色々と失礼な人だったけど、悪気はなさそうだったよ。」

 ミエラが苦笑しながらなだめると、アイリーンは無言で貰った酒を手に取り、それを傷口にかけた。傷口に染みる痛みに呻き声を漏らしながらも、じっと痛みに耐える。

 ミエラはそんな彼女を見守ることしかできず、ただ静かに時を待った。しばらくして、エイランが一人の女性海賊を伴って二人の前に現れた。

「お疲れのところ悪いね。彼女はセスナ嬢、この船の船長だよ。」

「セスナだ。」

 セスナと名乗った女性は短く言葉を発し、鋭い視線をミエラたちに向けた。

 ミエラはこの女性が船長だと、どこかで薄々感じ取っていたため、驚きはしなかった。それよりも、その凛とした佇まいと、魔物の返り血を浴びてもなお崩れない美しさに目を奪われた。どこかカッコ良ささえ感じさせるその姿に、自然と敬意が湧いてくる。

「私はミエラと言います。彼女はアイリーンです。」
 
 ミエラはドルガンにしたときのよう簡潔な挨拶で終わらせようとしたが元気を取り戻したアイリーンが口を開いた。

「あら~、凄いわね!? 女性船長やってんの? あっ、アタシはアイリーン! 気軽に呼んでちょうだい! それにしてもセスナちゃんの戦い方、見たわよ! すっごかったわね! 元々学んだ剣技だったの? しかも風の刃なんて、魔法も使えるのかしら?」

 矢継ぎ早に言葉を放つアイリーンに、セスナは一瞬たじろいだ。見かねたエイランが間に割って入る。

「アイリーン、落ち着きたまえ……。セスナ嬢は、我々が船に乗ること自体は構わないそうだ。ただし、行き先が同じアルベストということで、船に乗せる以上、事情を聞きたいとのことだ。」
 

 エイランの言葉にセスナは頷き、冷静な口調で言葉を続ける。

「そういうことだ。……ジン、お前も来い。」

 その声に応じて現れたのは、海賊たちに囲まれ、無理やり酒を飲まされていたジンだった。セスナの呼びかけに、ニコニコ顔のまま小走りで駆け寄ってくる。

「はい!ボス!何なりと!」

 気をつけの姿勢で満面の笑顔を見せるジンを、セスナは冷ややかな目で見やる。

「なんだ、酔ってるのか?まあいい。」

 セスナはジンをあっさり放置し、ミエラに向き直った。

「話してくれるか?」

 その一言で、ミエラはこれまでの出来事を語り始めた。父のこと、母のこと、ノストールのこと、そして自分の出生について――。



 話の途中、エイランやアイリーンが何度か口を挟もうとしたが、セスナが手を挙げて制してくれる。そのおかげで、ミエラは途中で話を遮られることなく、自分の中に溜め込んでいた全てを吐き出すことができた。話し終えた時、ミエラは心の中に少しだけ軽さを感じていた。

 ミエラが話し終えると、エイランは腕を組み、深く考え込んでいた。隣では、アイリーンがミエラをそっと自分に寄せ、安心させるように背中を優しく撫でている。

 セスナはそんな二人を静かに見守り、わずかに微笑んだ。その一方で、隣で気持ち悪そうにしているジンには冷ややかな視線を向けている。

 エイランは少し息を吐くと、意を決したように口を開いた。

「ふむ……話の道筋は理解した。ミエラ嬢が抱えているものもね。協力したいのは山々だが、私にも目的があってね。ただ、何も話さないのは公平ではないだろう。」

 エイランの言葉に、ミエラは彼が何を言おうとしているのか緊張しながら耳を傾けた。

「船員たちの多くが死んだ以上、私の目的も話すべきだろう。私の名前はエイラン・ヒューリック。グランタリス大陸の国、カランサルドの貴族だ。」
 
 その名を聞いて、ミエラはどこかで聞いたことがあるような気がした。彼の服装からもそれらしい印象はあったが、改めて名乗られると奇妙な既視感を覚える。

「セスナ嬢たちは知らないかもしれないが、我が国は慈愛の女神オルフィーナ様を信仰している。そして、国王はいない。オルフィーナ様やその眷属たちが統治しているんだ。まあ、貴族とは名ばかりで、ただの富豪と思ってくれたまえ。」

 エイランはどこか誇らしげに語るが、その話を聞き流すように、セスナが口を挟んだ。
「それで? お前の目的ってのは話す気がないんだろ。」

 その冷たい言葉に、エイランは肩をすくめながら答える。
「話さないというよりは、言えないが正しいかな。」


 ミエラはエイランの曖昧な返答に疑問を抱いたが、セスナは興味がないようで、そっけなく話題を戻した。

「とりあえず話を戻すが……お前たちはそれぞれ目的がある。私たちはどうだ? 大陸に行くことが目的だった。それ以外は特に明確な目的はない。」

 セスナは淡々と語る。その言葉には自分たちのスタンスを明確にする冷静さがあった。その隣で、先ほどまで気持ち悪そうにしていたジンもどうにか調子を取り戻し、真剣な顔でセスナの話を聞いていた。

 セスナの言葉はミエラにとっても含蓄があり、彼女の目指す先と、これからどう行動すべきかを考えさせるものだった。少しずつ場の空気が落ち着きを取り戻し、静かな緊張感が船上を包んでいた。
 

「大陸までは乗せてやる。別にいてもいなくても変わらないからな。ただ、大陸に着いたらお別れだ。帰りの船として協力するつもりはない。」

 セスナの冷静で割り切った言葉に、誰一人として反論しなかった。この場にいる者たちは皆、観光や娯楽目的でここにいるわけではない。それぞれが、自分の目的を胸に秘めている。

 セスナは全員の反応を見渡し、もう話すことはないと判断するとその場を離れた。エイランは近くの船員たちに声をかけ、手を借りながら疲労困憊のアイリーンを船内へと運んでいく。

 ミエラはアイリーンに付き添いたい気持ちをぐっと抑え、ジンに話しかけることを優先した。

「あの……ジンさん、少しお話してもいいですか?」

 ミエラの問いかけに、ジンはしばらく彼女を見つめていた。その目にはどこか懐かしむような感情が宿っている。そして、静かに頷いた。

「ええ、大丈夫ですよ。」

 その言葉にホッと胸を撫で下ろし、ミエラは意を決して問いかける。

「どうして……助けてくれたんですか? いえ、そんなつもりではなかったかもしれませんね……どうしてノストールに斬りかかったんですか?」

 彼の行動の理由がどうしても気になっていた。だが、ジンは少し考え込んだ末、柔らかな声で答えた。

「……貴方と、俺の妹を重ねていました。それだけです。」

 その返答に、ミエラはそれ以上を聞くべきではないと感じた。ジンの声には、それ以上語る気がないことがはっきりと伝わってきたからだ。そして、ミエラ自身もまた、人には抱えるものがあることを知っていた。

「……それでも私は、貴方に助けられました。本当にありがとうございました。」

 一礼して感謝を述べた後、ミエラはもう一つだけ疑問をぶつけることにした。

「それと、もう一つ……その剣についてなんですが……ノストールは『死の力がその剣にある』と言っていましたが、それは本当なんですか?」

 ミエラの視線は、ジンの腰に差された剣に向いていた。その問いに、ジンもまた自分の剣を見下ろし、静かに答える。

「……らしいですね。でも、実は俺もよく分かってないんです。この剣は譲り受けたもので……大陸を出るために必要だと。そして、アルベストに行くためにも。」

 ジンの言葉には、真実を探りきれていない不安が滲んでいた。彼の剣には何かが宿っている――それだけは確かだった。

 そんなミエラの様子をじっと見ていたジンが、ふと静かに問いかけてきた。

「大陸に着いたら、どうするんですか?」

 不意の質問に、ミエラは一瞬戸惑った。だが、すぐに考えていた答えを口にする。

「えっ? あ……私は、魔法の国オステリィアを目指すつもりです。」

 アルベストに着いたら向かおうと決めていた目的地。それを告げると、ジンはさらに続けた。

「一人で、ですか?」

 その言葉に、ミエラは困惑した。

 エイランリッシュではアイリーンが一緒に来てくれるような雰囲気だったが、あの傷ではすぐに動けるはずもない。それに、もし回復を待ったとしても、彼女と行動を共にすることでノストールに狙われる危険を再び背負わせることになるかもしれない。ミエラは、アイリーンを巻き込むべきではないと思っていた。

 言葉を詰まらせるミエラを、ジンはじっと見つめていた。その目には、先ほどまで酔っ払い、セスナから冷たい視線を向けられていた青年の面影はない。そこには、ノストールに剣を振るったときの真剣さを宿す青年がいた。

「でしたら、そのオステリィアまで共に行きませんか?」

 突然の提案に、ミエラは驚きのあまり言葉が出なかった。それは、彼女自身がずっと望んでいたことだった。ジンと一緒に行く――ノストールから自分を守り、そしてあれを倒すために。だが、それを自分から伝えるのは、ジンを利用していると思われるかもしれないという恐れがあり、発言をためらっていたのだ。

 そんなミエラの心の中を察したように、ジンは優しく続けた。
「少なくとも、俺ならあれを殺せます。それに、俺もノストールの知識に興味がある。どうですか?」

 その言葉に、ミエラはジンの顔を見た。彼は優しく微笑んでいた。その微笑みを見て、ミエラはようやく言葉を返すことができた。

「……私からもお願いします。」

 ミエラはしっかりと頭を下げ、微笑みながら答えた。ジンは満足げに頷き、軽く肩をすくめて言った。

「決まりですね。そしたら、俺のことはジンでいいですよ。『さん』なんていりませんし、畏まった言葉づかいも必要ないですよ。」

 その言葉に、ミエラも頷いた。
「それなら……ジン。私のこともミエラって呼んで。私も普通に接してほしい。」

 お互いに名前で呼び合う約束を交わし、二人は微笑み合った。

「じゃあ、一緒に行きましょう。オステリィアへ。」

「ええ、よろしくお願いします。」
 
 二人は心の中で決意を新たにし、ここまで共に歩んできた仲間たちの元へと歩みを進めた。その背中には、これから始まる新たな旅への希望と決意が浮かんでいた。
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