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しおりを挟む翌朝、本当にスカーレットは魔法を解除してくれたようで、ルーファの目には彼女にまとわりついていたキラキラした光が消えたような気がしたし、ドキドキと高鳴っていた心臓も静かだった。
けれど、ルーファが彼女を好ましいと思う気持ちに変化はなかった。
帝都に戻り父親である皇帝に帰還の挨拶をするために謁見すると、皇帝は恐る恐るという様子で聞いてきた。
「スカーレット嬢はどうだった?」
ルーファは少し考える素振りを見せて皇帝に答えた。
「早く大人になって辺境領地を賜りたく思いました」
「なぜだ?」
「彼女は自分を見た者の心を気遣って領地に引きこもっているのです。それから、彼女の祖父母と両親が彼女のことを守るために領地から出さないのだということもわかりました。ですので、彼女が安心して過ごせる辺境の地を賜りたく思います」
皇帝は少し驚いたようにその目を見開き、それから「そうか」と口元を崩した。
スカーレットを見ていたせいか、ルーファは以前にも増して人の表情の機微を読み解くのが上手くなったように感じた。
皇帝のその笑みは、父親としての微笑みだった。
それに気づいた瞬間、ルーファはスカーレットとのやりとりを思い出した。
「飲めないものを飲み、食べれないものを食べるのは辛くはないのですか?」
庭でスカーレットとお茶をしていた時に聞いたのだ。
口に入った後の処理はスライムが代行しているということは初めてお茶をした時に、「胃腸があるのですか?」と思わず不躾に聞いてしまい、スカーレットが嫌な顔ひとつせずに……たぶん、嫌な顔はしていなかったと思うが、その際に種明かしをしてくれたから知っていた。
「このような姿でも、わたくしが飲食をする姿を見るとホッとする人は多いのです。自分たちと変わらない部分があるのだと勘違いすることで少しでも警戒心を解いてくだされば、そこから徐々に親しくなることができます。帝都に行き、社交の場に出たら、そういう術が領地のため、領地民のために情報を得る助けになりますから」
「しかし、無理をせずとも、スカーレットの素晴らしさをわかってくれる者はいるはずだ」
私のようにと、そう信じて言ったルーファに「おりませんよ」とスカーレットは言った。
「どんな綺麗事、絵空事よりも、目に見えるものが大切なのです」
ルーファはスカーレットの言葉を思い出して、父親の笑顔を真似て口角を上げた。
父親が見せてくれた愛情が大切なのだ。
そして、この国の皇帝に愛されている息子なのだと家臣に見せることが、この先、婚約者を守るために有用になることにルーファは気づいた。
二年後、スカーレットは領地から出て、帝都の屋敷で過ごすようになった。
それからルーファは毎日のようにスカル侯爵の屋敷に通ったが、スカーレットに「用もないのに毎日来てはいけません」と叱られた。
そのため、ルーファは「スカーレットに会うため」という理由付けで毎日訪れることにしたのだが、「わたくしに会うというのは用事になりません。
そのためだけに来てはいけません」とまた叱られた。
だから毎回持っていっていた花やプレゼントを届けるためという言い訳をすることにしたのだ。
お茶の席に無造作におかれた白百合がスカーレットの白さをより一層引き立ててルーファの目を楽しませてくれる。
しかし、ふと、スカーレットの後ろに立っている侍女の険しい目に気がついた。
「マーサ、何か言いたげだね?」
「一介の侍女が……たとえ、スカーレット様のことを誰よりも知っているとは言えども……一介の侍女が皇子に物申す事などできません」
「私はスカーレットの婚約者だ。未来の伴侶だ。未来の使用人には温情を与えよう。発言を許す」
「スカーレット様には白百合のような花よりもマーガレットのような可憐な花の方がお似合いです」
「確かに、スカーレットはマーガレットのような愛らしさも兼ね備えているけれど、白百合のような堂々とした華やかさもあるじゃないか?」
「もちろん、そうした華やかさもスカーレット様の魅力の一つではありますけれど、マーガレットの方がスカーレット様の優しさを表現していると思いますわ!」
二人の言い合いを聞き流しながらカモミールティーを淹れたスカーレットはルーファの前に「どうぞ」とカップを置き、もうひとつのカップにポットの中のカモミールティーを注ぎ終わるとマーサに「落ち着きなさい」と渡した。
「わたくし、カモミールのお花も可愛くて好きですよ」
スカーレットの言葉にルーファもマーサも早口で言った。
「「もちろん、カモミールもよく似合って(いる)(おります)!!」」
「では、お茶を飲みましょうか」
婚約者と侍女がカップに口をつけたのを確認して、スカーレットは再びスライムにカップから紅茶を注ぎ、喉の辺りのスライムの動きで紅茶がすっかり冷めてしまっていることを知った。
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