125 / 202
周遊編
124 ナタリアの誕生日 01
しおりを挟むエラーレ王国がオルニス国に侵攻しようとしている証拠となるビラは簡単に集まった。
フェリックスは平民たちに慕われているため、街を歩いているだけで国民から気さくに声をかけられる。
そのため、国王がばら撒いているビラを持っていないかとフェリックスが尋ねれば簡単に集めることができた。
ハンナさんも噂好きのメイドたちに話を聞けば、彼女たちがお茶出しを行った会議での王と貴族たちの会話まで聞くことができた。
スパイ行為を行われるかもしれないというのに会議室にメイドを気軽に入れるのだから悠長なものである。
私は、私たちが集めたビラとハンナさんが録音してくれた魔導具を持ち、魔塔主と一緒にルシエンテ帝国の城へと転移した。
「私が使っていた部屋に転移してくださいって言ったじゃないですか!」
「わざわざそこでメイドや執事を捕まえて、オーロ皇帝に面会を求めてとか、面倒ですから」
オーロ皇帝は突然執務室に現れた私と魔塔主のやり取りを憮然とした表情で見ていた。
ネグロの表情は無表情でその感情は読み取り難いが、その目が冷たい気がする。
「……よく来たな。リヒト」
国政の中心部に他国の子供が入り込んだというのに、オーロ皇帝が怒ることはない。
こうした余裕を見せられると、執務室に近づいただけでナタリアのことを怒ってしまったことが少し恥ずかしい。
今回の転移先は魔塔主が決めたことではあるが、もう少しナタリアに対して配慮すべきだったかもしれない。
「執務室に許可もなく侵入してしまい、すみません。こちらに落ち度があることは重々承知なのですが、なぜそのように余裕なのですか? 暗殺者とかだったらどうするのですか?」
「この城の結界は魔塔主が張ったものだ。入ってこられるのは魔塔主と魔塔主の許可がある者だ。万が一、魔塔主が暗殺者だとしたら魔法では勝ち目はないからな」
だから諦めるというのだろうか?
潔いのか、投げやりなのかわからないが、帝国の皇帝というのはこれくらいどっしりと構えていなければやっていられないものなのかもしれない。
「それで、用件はなんだ? 少し忙しいのでな、手短に頼む」
オーロ皇帝が執務机からソファーに移動すると、すぐに夕食と思われる食事が運び込まれた。
「食堂で食べないのですか?」
「食堂でゆっくりと食事をする時間も惜しいのだ」
それほど忙しい時に来てしまったとは、申し訳ない。
「では、早々に本題を」と、私はオーロ皇帝の食事時間に話を終えられるように、すこし早口でエラーレ王国の王子であるフェリックスの現状とオルニス国侵攻の計画について説明した。
そして、街で集めたビラとハンナさんが集めた噂話が録音された魔導具をオーロ皇帝に提出した。
「末の王子に対して過不足のない生活環境や教育の場を与えない状況と、オルニス国への侵攻計画か」
オーロ皇帝は私の話を聞きながらも夕食を食べすすめていた。
大柄な体格で豪快に食べるような姿が似合いそうだが、そこは皇帝。
優雅な所作でナイフとフォークを使い、ステーキを切り分ける。
ちなみに、ネグロには私たちも夕食を食べるかと聞かれたが、私は食事をしながらプレゼンできるほど器用ではないため断った。
隣では魔塔主が例の甘ったるいお菓子を頬張っている。
私の話を聞いたオーロ皇帝は「ん~」と難しそうな表情で唸った。
「王子が蔑ろにされているのは確かだが、食事を与えられずに飢えるような状態でもないし、はっきりと暴力を振るわれるような状況でもない。侵攻計画も、まだ実行されていないため、仮想敵国を作ることによって国民をまとめている政治的戦略だと捉えることもできる。頭が悪い国ほどこうした手法がよく見られるからな。さらには、実際に侵攻されてオルニス国が困るかと言えば……」
そこでオーロ皇帝は魔塔主へ視線を向けた。
魔塔主は微笑んで言った。
「困りますよ。反撃でエラーレを吹き飛ばしたら我々が責められるのでしょうから」
「これに対して帝国側から対処するのはかなり難しい」
「なるほど」と私も頷くしかなかった。
侵攻する側は自身の優位を確立し、勝てるという確かな自信があるから侵攻を行うものだろうと思っていたし、勝てないにしても、攻め入られた側はある程度の大きな損害を負うものだと思っていたのだ。
しかし、オーロ皇帝の話を聞けば、確かに魔塔主が首長という立場にいるオルニス国が負けることなどありえないだろう。
魔塔主だけでもエラーレ王国を滅亡させることは容易く、侵攻の際に魔塔主がいなくても、魔法の才覚に優れたエルフたちが力を合わせれば、十分にエラーレ王国に対抗しうると思われた。
「フェリックスの乳母であるハンナさんからはフェリックスを国から連れ出して消息不明の状態にし、保護してほしいと言われているのですが、それではエラーレ国内で当然得られるはずだったフェリックスの権利を失ってしまいます」
「その乳母はなかなか面白いことを言うな」
オーロ皇帝は面白そうにクックックッと笑う。
「まぁ、そんなにリヒトが気にするのなら、私がエラーレへと視察に行ってやってもいいぞ。そこで面白い研究結果でも見せてくれれば私が目をかけるきっかけにもなるだろう」
帝国の皇帝に目をかけてもらえれば、帝国傘下の国のトップはどこの国であっても皇帝が目をかけた者を無下に扱うことはできなくなるだろう。
「エトワール王国の前王の問題といい、今回のことと言い、オーロ皇帝に頼りすぎですね。すみません」
「気にするな。全て、将来への投資だからな」
「そう言われると少し怖い気がします」
私が成人する頃には投資の対価は一体どれくらいのものになっているのだろう……
正直、返せる気がしない。
「しかし、今回の手助けについては今すぐにでも対価を支払ってもらいたい」
食事を終えたオーロ皇帝が顎鬚を撫でて言った。
「私にできることならば構いませんが、一体何をすればいいのでしょうか?」
「ナタリアの誕生日パーティーに出席してくれ」
「それくらい、お安いご用です」
オーロ皇帝の目が意地悪く細められた。
「そんな安請け合いをしてもいいのか? ただ誕生日パーティーに出席するだけではなく、ナタリアのパートナーとして出席してほしいのだが?」
「それならばカルロを連れてきますね」
そう言えば、オーロ皇帝は呆れたような表情をし、魔塔主は穏やかな作り笑いをした。
637
お気に入りに追加
2,934
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる