ショタ魔王と第三皇子

梅雨

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魔王城の生活

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「あ、ごめん驚いタ?考えてること全部口から漏れてたヨ?それ癖なノ?」
「す、すいません」

物凄く長身の人が背後から俺を覗き込んでいた。少なく見積もっても倍はある。手も足も長いし、なんなら多い。目だって八つ付いていた。蜘蛛のような魔族。
出し抜けに詰められた距離。身体が膠着して動けない。野生の勘が今すぐにでも殺されると警報を鳴らしている。気付かぬうちに首にかけられていた手が離れ、俺の唇に人差し指が優しく触れる。

「気をつけてネ。聞かれちゃいけないことまで喋ったら危ないヨ」

名乗るわけでもなく、ただ三本の腕をフラフラ振って立ち去っていった。本当に魔族は色んなタイプがいるんだなとしみじみ思う。城では個性的な人間なんてそういなかった。そのせいか余計に魔王城にいる魔族たちが色モノ集団に見えてしまう。
遠ざかっていく灰色の髪を見送って、俺はまた地図を手にポワポワと探索を再開した。
しばらく歩くと地図に会議室と書かれていた扉の前に着く。
今は使われていないんだろう。中から話し声のようなものは聞こえないし、裏に会議中と書かれた札が横にかかっている。
中を軽く見学するだけだと握りに手をかけると、ポワポワが俺の手にゆっくり舞い降りた。

「どうした?」

ポワポワはまた浮かび上がると地図に赤く書かれた鏡の間の場所で何度もバウンドする。
今まで見てきた部屋の順番を考えるとここが会議室だし、ポワポワも地図間違えたりするんだな。と目の前の立派な扉を開けると、そこは会議室ではなかった。途端に顔から血の気が引いていく。
右を見ても左を見ても大中小問わず鏡ばかり。
言われずともここが鏡の間だということが分かった。アルにものすごく念押しされて、近付くなと言われていた部屋。
今すぐこの扉を閉めて見なかったことにすればお咎めもないだろうと握りを引くが、完全に扉が閉じきる前に声が俺を引き留めた。

「お待ちなさいな‼︎誰の許可を得て私達を無視するの⁉︎」
「とりあえずお入りなさいな。大丈夫、手荒な真似はあまりしません」

さっき部屋を見渡した時は誰もいなかったはずなのに、声は中から聞こえてきた。そろっと扉の隙間から中の様子を見たけれど、やはり誰もいない。

「とっとと来なさいよ‼︎男でしょ⁉︎」
「ビビっとるんかーいへいへーい」

温度差のある声に急かされて鏡の間に足を踏み入れる。
鏡の間はその名の通り鏡で至る所が埋め尽くされていた。けれど鏡にはこの部屋が映っているわけではない。
数々の鏡面にはどこかも知れぬ景色がずっと映し出されていた。
最初アルに出会った時に使っていた空間を繋げる魔法と似ている。気になってつい手を伸ばしてみると、水に触れたような波紋が優しく広がって、指が吸い込まれた。独特の感覚に身震いして手を離す。
ポワポワが心配してくれたのか、頬の上を軽く滑って肩にくっついた。ほのかに暖かくて安心する。

「勝手に鏡に触れないでよ‼︎」
「一応貴重品なのです」

頭上から声が降ってきたので反射で天井の方に顔を向ける。
天井付近は暗く何があるのかよく見えなかったが、二つの影が微かに動いたのは分かった。やがて白黒のドレスに身を包んだ人形が二体、揺れながらゆっくり床に降り立つ。

「鏡の間に何か用ですか?奥方様」
「用がないのに来たとかだったら怒るわよ奥方様‼︎」
「ごめん、えっと」
「アリアはアリア‼︎この鏡の間を管理してるすっごい偉~いアリアなの‼︎」
「エンゼはエンゼ。この鏡の間を管理してるちょっと凄めのエンゼです」

アリアと名乗った白いドレスの人形は気が強い性格なのかコチラを睨みつけ、エンゼと名乗った黒いドレスの人形は冷めた目でコチラの様子を伺っている。
城にもこういった話す人形はいたけれど、ここまで魂が宿ったようなものはなかった。オートマタとは違うのか。
物珍しい目でまじまじ見つめていると、アリアが顔を真っ赤にして地団駄を踏み始めた。

「なによなによ‼︎さっさと要件言いなさいよ‼︎鏡の間は何もないのに来る場所じゃないの‼︎」
「何もなくても来てもよいところですが、基本はそんな感じの扱いです」
「ごめん。アリア、エンゼ。ここ鏡の間だったのか。いや、てっきり会議室なのかと」
「目腐ってるの⁉︎普通間違えないわよ‼︎」
「待ってアリア......奥方様、お手の地図、エリゼに少し貸してくださいまし」
「う、うん?はい」

地図を凝視したエンゼが深い溜息を吐いた。

「アリア、エンゼの思った通り。ほら」
「エンゼ、アリア知らなかったわ。奥方様がこんなにニブいお方だったなんてね。許せないわ、こんな悪戯。奥方様も気が付きなさいよね‼︎」

片頬を膨らませて怒るアリアは、地図全体を指でなぞって魔法を解き、エンゼはまた悪戯されないようにと地図に防護魔法をかけ直してくれた。
ついでと紙の状態まで戻してくれたので、購入したばかりの新品ってくらい汚れがない。色褪せのない地図は前よりずっと見やすくなっている。ポワポワも心なしか嬉しそうに地図の上を転がり回っていた。やっぱり意思を持っていそうだな、ケセランパサラン。

「ありがとう。とはいえ読み違えたのは俺の確認不足だ。ごめん」
「奥方様は悪くないです。エンゼは知っています。こんなことするヤツはユーティカくらいだということを」
「アリアだって分かってるわ‼︎奥方様ここにくる途中ユーティカに騙されたのよ‼︎アイツ魔法使って文字を書き換えてるんですもの‼︎悪質‼︎だからまっくろくろなのね‼︎」

ここに来るまで会った魔族はルベルとあの蜘蛛の魔族しかいない。恐らく彼がユーティカなんだろう。
面白半分か悪意を持ってかは分からない。けれどあの佇に恐怖を感じたのは確かだ。思い出すだけで鳥肌が立つ。
服の裾を握りしめて悪寒に耐えていると、エンゼとアリアが小さく手を叩き始めた。

「嫌なことは忘れるべきだわ‼︎怖いことは見ないべきなの‼︎」
「そうと一概に同意はしませんが、今は同意します。つまりはケースバイケース。鏡の間でそのような顔しないでくださいと、エンゼは思います」



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