ショタ魔王と第三皇子

梅雨

文字の大きさ
上 下
2 / 45
ショタな魔王様

1

しおりを挟む
「あれ、起きました?」

重そうな扉がガコンと大きな音を立てて開く。
そこには腰まで長く伸ばした髪を束ね、恐ろしく細い目をした男が嬉しそうにこちらを見ていた。執事服を着ているが立派な角が生えているし、人型でもコイツは魔族なのだろう。
あの胡散臭い笑顔を覚えている。俺をここまで拐ってきた奴だ。

「いや~そろそろと思って何度か来たんですけど~。ぐっすりしすぎです。知ってますか?人間寝過ぎても寿命が縮むんですよ」
「お、お前。どうして俺を」
「あぁ~そういうのいいです。まずお風呂に入ってください。薄ら化粧もしてますね、落としましょう。あー、ケアとか普段されてない感じですねそうですねぇ」

近頃の男性は肌も髪もケアしてるなんて聞いてましたが嘘掴まされましたかねぇ?と不思議そうに首を傾げる。
うるさいな普段は山羊小屋とそう変わらないところで生活してるんだ。城に用意されている部屋は無駄にだだっ広いし、使えば使用人達からは不快な視線を向けられる。
あんな場所で生活できるほど、俺の精神は図太くない。

「さ、準備しますよ。時間がないんです。子供だから堪え性がないせいで苦労が絶えず......はぁ」
「何の話だよ......」

執事服の男がパチンと指を鳴らすと、どこからともなく、メイドが現れる。肌のカラーバリエーションが多いのを見るにこの使用人も魔族か。
身構えたものの武器も何もない人間が力で敵うはずがない。あっという間に浴室に連れて行かれ秒で服を剥かれた。

「......⁉︎...‼︎」
「何が言いたいかは想像つきますが文句は聞きませんので」

自分で出来る。そう何度言ったか分からない。
身体を拭かれ、髪を洗われ、体毛すら剃られ。全身ツルンツルンにされた。自分でやる分にはまぁ問題ないが、それを他人に、しかも魔族にされるとか。

「死にたい」
「死なないでください。蘇生しますよ」

うっかり本音が口から出てしまった。
普段なら絶対着ないような豪勢な服に身を包まれて、待合室のような場所に通される。
もう涙目で前から考えていた辞世の句をぶつぶつ復唱していると、メイドが執事に何かを耳打ちしているのが見えた。

「準備が終わったそうなので玉座の間に行きましょう」
「え」
「準備が終わったそうなので、魔王様のいる、玉座の間に行きましょう」

聞き返しても執事の言葉は変わらなかった。何なら酷い一文が追加されていた。
魔王、魔王って言ったか。
それってつまり魔王に会うってことだろ。魔王に会うってことはつまり......魔王にミートするってことだよな。
いやそれこそ意味そのまんまか。

「ほら、立ってください。背筋伸ばして、そのアホ面もしっかりさせてください。顔に筋肉ないんですか」

ふわふわした思考から無理矢理引き剥がされ、俺の今にも破裂しそうな心臓を気にすることなく先に歩いていってしまう。普通置いていくだろうか。
曲がり角一つ曲がろうものなら一瞬で見失いそうなので、急いで執事の後を追いかける。

「どうして俺誘拐されたんでしょうか」
「会えば分かります」
「あの、なんで魔王に会わないといけないんでしょうか」
「会えば分かります」

だめだこりゃこまったわー。
何を聞こうと会えばわかるの一点張りだ。
もう腹を括って魔王に直接聞くしかない。

「着きましたよ」

玉座の間に通じる扉は恐ろしくデカかった。
魔王ってのはどれだけ図体も態度もデカいやつなんだ。昔の書物にはアスラトリスの城よりも大きい身体だったと記されていた気がする。もう口から魂が出そうだ。
今すぐショック死したい。

「では、くれぐれも無礼な真似はいたしませんよう」

執事はそう言い終えると自分の体より何倍も大きい扉を片手で開け始めた。うわぁと口に出さなかっただけ俺を褒めてほしい。
出来るだけ目を合わせることも姿を視界に入れることも避けたいために首を下に向けたまま赤いカーペットの上を進む。
一歩一歩が妙に重い。
自国もここも、玉座の間というのはどこも空気が重いらしい。

「止まれ、人の子」
「はい‼︎」

声が裏返った。落ち着こう、冷静でいようと思えば思うほど身体は極寒地帯にいるように震えている。

「其方はアスラトリスの皇子、ニオ・ムーンヴィストで間違いないか。ないよな。そうだろう」
「は、はい」

そんなに聞かれたらそうじゃなくてもそうだと答えてしまいそうだ。心なしか上から降ってくる声が震えている......ような。
いや今の俺ほどではないけど。
というか声が思っているより高い。まるで子供の声みたいだ。
ふとあの予告状が頭を過ぎる。クレヨンで書かれたあの予告状。もしあれが本物だったならば。
恐怖より好奇心というか、猜疑心というか。そういったものが混ざった感情に背を押され、俺は顔を上げた。
階段の上の玉座は思いの外暗く、魔王の姿はよく見えない。
もっと照明が明るければ、どうしてこんなに暗いんだ。そう思った瞬間に咳払いが聞こえハッとした。

「よ、よくぞ拐われてきてくれた。ニオ・ムーンヴィスト」

魔王の声に誘発されたかのように、窓ガラスの向こうで雷が落ちる。
その数は一秒経つより早く数を増やし、その勢いも強くなっていた。
大きな一閃。
その光は目を瞑るほど強いものだったけれど、俺は瞬きを忘れ、目の前の魔王を見つめていた。衝撃的な光景だった。

「僕は魔王アルヴェリック・ソレーユ。今日からお前の夫になる男だ‼︎」

自信満々に笑う魔王は、城より大きい身体ではない。
書物に記されている特徴とは程遠い。
所々黒髪の混ざった白い髪に、深い紺青と宝石のような黄金色の両目。
人型であっても、小さく、そう少年で。
恐ろしさや威厳なんてものは、微塵も感じなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄たちが溺愛するのは当たり前だと思ってました

不知火
BL
温かい家族に包まれた1人の男の子のお話 爵位などを使った設定がありますが、わたしの知識不足で実際とは異なった表現を使用している場合がございます。ご了承ください。追々、しっかり事実に沿った設定に変更していきたいと思います。

異世界で布教活動しませんか?

八ツ花千代
ファンタジー
 神は「あきた」と言い残し、異世界から去りました。  メッセンジャーの役目を押し付けられた主人公は、神殿で「神はいない」と発言し投獄されてしまいます。  異世界の住人たちは神に祈りを捧げますが、もう神はいません。  神の恩恵を失った異世界は悪影響が出始めます。  主人公は困っている美女たちを救うため、新たな神を捏造し改宗させようとします。  しかし、唯一神の信者たちには「神が他にもいるなんて信じられない!」と受け入れません。  主人公は【チート能力】を使い美女たちに新たな神を信じさせるのでした。  新たな神を信じることができない者たちは、主人公を凶弾し始めます。  異世界に初めて『邪教』という概念が生まれ、旧神派と邪教派の争いは拡大し宗教戦争にまで発展。  主人公は多神教を広めることで争いを無くそうとします。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

とびきりのクズに一目惚れし人生が変わった俺のこと

未瑠
BL
端正な容姿と圧倒的なオーラをもつタクトに一目惚れしたミコト。ただタクトは金にも女にも男にもだらしがないクズだった。それでも惹かれてしまうタクトに唐突に「付き合おう」と言われたミコト。付き合い出してもタクトはクズのまま。そして付き合って初めての誕生日にミコトは冷たい言葉で振られてしまう。 それなのにどうして連絡してくるの……?

愛玩犬は、銀狼に愛される

きりか
BL
《漆黒の魔女》の呪いにより、 僕は、昼に小型犬(愛玩犬?)の姿になり、夜は人に戻れるが、ニコラスは逆に、夜は狼(銀狼)、そして陽のあるうちには人に戻る。 そして僕らが人として会えるのは、朝日の昇るときと、陽が沈む一瞬だけ。 呪いがとけると言われた石、ユリスを求めて旅に出るが…

処理中です...