上 下
10 / 27

片足のないおじいさん

しおりを挟む
午後は団体でのリハビリはなく、スタッフは個別で自分の担当する患者を回りリハビリを行っていく。対象は状態が悪くスタッフが1対1でつかなければ危ない患者や、施設に入ったばかりでまだ慣れていない患者だ。
昼休みを終え、最近入所してきたばかりの椎木(ついき)さんという男性患者のところへ行った。
「おはようございます。椎木さん、今日は体調はどうですか? リハビリに呼びに来ました」私が彼のいる部屋のカーテン越しに声をかけた。
「おう。リハビリね、行けるよ」
そう声がしてカーテンを開けると、70代後半の小柄な男性が本を閉じるところだった。彼は糖尿病で左膝のやや下から足を切断していた。しかし左足がないこと以外はごく普通の人だ。読書が好きでリハビリに迎えに行くといつも本を読んでいる。
「車いすに移れますか?」
「うん」
椎木さんはベッドに腰掛けて右足だけに靴をはき、車いすの肘おきとベッドの柵をそれぞれの手でつかんでひょいっと車いすへ移った。
 私は車椅子を押して椎木をリハビリ室まで案内した。
「ところで、今日は何年の何月何日か分かりますか?」私が聞くと、椎木さんは今日の日付けを間違いなく答えた。
「ばっちりですね」
「君に聞かれるかなと思って、朝新聞を読んだときにチェックしておいたよ」彼が自慢げに言った。記憶力や見当識はしっかりしているので、病気で足を切断することがなければ、まだまだ一人暮らしだってできていたんだろうなと思う。
 リハビリ室へ行ってベッドへ移ってもらい、全身のストレッチをした。
「今日は悪い夢を見て良く眠れなかったよ」椎木さんが言った。
「どんな夢だったんですか?」
「夢の中では切ってしまった左足があるんだ。だけどそこにはたくさんのカラスが集まっていて、そのカラスたちがいっせいに僕の左足をつついているんだ」彼が言った。「それで悲鳴を上げながら追っ払うんだけど、それでもカラスたちは逃げていかない。それで汗だくになって目が覚めたよ」椎木さんは目を細めて嫌そうな顔をした。
「それは大変でしたね」私は同情して言った。
 ストレッチを終えると、朝の集団リハビリでやっているような座ってできる筋トレを指導し、それが終わると平行棒に案内して立ち上がりの練習をした。
 椎木さんは細い腕で棒を掴み、残った右足だけを使って軽快に立ち上がった。細身で身体も軽いので、スムーズに立つことができる。それを10回繰り返した。
「お疲れさまでした。今日はこれでおしまいです」
椎木さんはもう歩けない。しかし歩く必要もない。施設での生活は、車椅子からベッドやトイレに移れさえすればなんとかなる。
「また明日、よろしくお願いしますね」私が言った。「今日はよく眠れるとい
いですね」
「ありがとう」彼が静かに言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...