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第21話:レナセールの想い(side)

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 私の新しい記憶は、優しくて暖かい声から始まる。

「……これで様子を見てみるか。治るといいんだが」

 永遠に続く地獄。
 世界の全てを恨むことで辛うじて生きながらえていた私を引っ張り上げてくれた。

 ふたたび生を受けたかのときのように、私は蘇った。

 産声は、口から籠れ出た感謝。

「名前は……レナセールでどうだ?」
「本当に……ありがとうございます」

 後から教えてもらったが、名前の由来は生まれ変わりを意味するという。
 それが、何よりも嬉しかった。

 澄み渡る青空に、真っ白い雲。
 鳥の声が心地よくて、王都の人達の声が私を歓迎しているかのようだった。

 私の心には、奴隷契約が結ばれている。
 逆らおうとしたり、殺意が芽生えると痛みを感じるものだ。

 ベルク・アルフォン。

 彼が、私を助けてくれた。

 正直いえば、奴隷だということは凄く不安だった。
 一体これからどんな事が待っているのか、心がすぐに闇で埋まった。

 けれどもそんな考えは、すぐに消え去っていく。

「レナセール、見ているだけでいい。疲れたら眠っていいからな」
「どういう……ことでしょうか」

 彼は、主人というにはあまりにも優しかった。
 身体が治ってまだ魔力が回復していない私の面倒を気にかけてくれる。
 回復直後は、昼夜問わず体調不良で、熱が出ていたり、時には吐いたりした。

 だけどそれは、私だけの問題。
 お金を払って私を購入した彼には全く関係がない。

 なのに、なのにベルク様は、まるで私を大切な人のように扱ってくれた。

「……すみません。私がすべきことだというのに」
「気にするな。それに、こういう時はありがとうっていうんだ。謝罪じゃない」
「ありがとう……ございます」

 微笑みながら私の額に濡れたタオルを敷いてくださり、魔力を整える薬まで下さった。
 
 不安が消えていくと共に、私の心の奥から、言い表せないナニカが生まれた。
 ベルク様の声が、姿が、すべてが愛おしい。

 仕事が錬金術師だと知ったのは、随分と後だった。
 実験室に籠っては何か調合していたことは知っていたが、危険だと入らせてくれなかったのだ。

 だけど力になりたい、何度か強くお伝えし、ようやくお手伝いすることができた。

「これが回復薬だ。レナセールが治ったのも、これと同じだよ」
「凄い。こうやって作るんですね」

 話には聞いていたが、実際に見るの初めてだった。
 けれども、疑問が浮かんだ。

 それほどの効力があれば、世界はとんでもないことになるのではないかと。

 それから回復薬にもランクがあることを知った。

 その中で最も高価なものを、私に使ってくださったことを。

「3000万ゴールド……ですか」
 
 ありえないほどの大金をかけ、私の身体を治してくださったのだ。
 奴隷の売値を考えると、元が取れるわけがない。

 それどころか、強く話を聞けば、たった一つしかないものだった。

「……どうしてそこまで私にしてくれたのですか。私は、何もベルク様にしていないというのに」
「偽善だよ。心の底から助けたいと思ったわけじゃない。俺が、楽になりたかっただけだ」

 ベルク様は、元々この世界の住人ではなかったという。
 能力をいただいて世界に住むことになったが、その過程で何人を見捨てたこともある。

 好き勝手に生きると決めたけれども、心の底で引っかかっていた楔を取りたくて、私を助けた。
 ただそれだけで、感謝はしなくていいと。

 ……なんて、なんて素晴らしい人なんだろう。

 頭も良くて、何よりも暖かい性格と声が、私の心を和らげてくれる。

 私は一度、彼に話そうとした。

 自分の過去を、どうやって生きてきたのか。

 だけど言葉に詰まり、言えなかった。

 それでもベルク様は、言わなくていいといってくれた。
 こんな訳の分からない私を、心から受け入れてくれてるのだ。

 私に寝顔を見せてくれたときは、ありえないと思った。

 例え奴隷契約を結んでいても、不安があるはず。
 なのに、とても可愛らしい寝顔を見せてくれたのだ。

 不安は感謝となり、尊敬、信頼、敬愛、揺るがない愛情へと変わった。

「ベルク様、私はあなたの事を愛しています。これから何があったとしても、あなたにお仕えさせてください。どうか、私を愛さなくても構いません。ですが、お傍に置いてくださいませ」

 彼は、そんな私の忠誠心を利用しているのかと思い、初めは拒否していた。
 けれども、いつしか私の気持ちをしっかり理解してくれたのか、受け入れてくれたのだ。

「……いいのか?」
「はい。身も心も、私はベルク様の物です」

 それから私は、ベルク様の助手としてもしっかり働きはじめた。
 初めはわからないことだらけだったが、丁寧に教えてくださり、今では集金まで任されている。

 だけど私は、彼には伝えていない事がある。

 愛するがゆえに言えないことだ。

 それは――。

「ベルク様、話したいことがあります」

 それを、ようやく話すときがきた。
 いや、話さないといけない。
 私は――。

「私はエルフの里で生まれました。なんの変哲もない、ただの小さな集落です」

 私の身の上話を、ベルク様はゆっくりと聞いてくれた。
 そして、話は過去に。

「そして私は、とある貴族に捕らえられました。奴隷の契約は非常に強いもので、私は――戦闘用として働かされていました」

 私の魔力は、彼が思っているより強い。
 今はまだ身体が完全ではなく、魔法もおぼつかないが、ベルク様にはすべてを伝えられないほど、多くの任務をこなした。

 血、血、血、それが、私の人生で最も見たものだ。

「……辛かったな。でも、もう大丈夫だ。俺は君を手放すことはない。俺が、必要としているからな」

 私の為に、ほんの少しだけ悪ぶってくれるベルク様が好きだ。

 彼の声が、心が、姿が、匂いが、すべてが愛しい。

 ベルク様を悲しませた人は許さない。傷つけた人は許さない。怖がらせた人は許せない。

 自分の命は惜しくない。私は、何としても彼を守る。

「朝市に行くのも久しぶりで楽しみだな」
「えへへ、私もです」

 今日は一緒に市場へ行く。
 野菜やフルーツ、それから物市という錬金に関係している素材を見つけに行くのだ。
 
 楽しみ、楽しみ。

「さて行こうかレナセール」
「はい、ベルク様」

 奴隷でありながらも、私は彼に言っていないことがいくつかある。

 夜、ベルク様の匂いを嗅ぐのが好きなこと。
 朝、ベルク様の寝顔にキスをすること。
 深夜、ベルク様の寝顔を眺めること。

 私は彼が好きだ。

 一生、傍に置いてもらいたい。
 
 その為なら何でもする。

 たとえ、どんなことでも。

 って、言ったら前に怒られた。

 だから、心の中で誓う。

 たとえこの身が尽きようとも、ベルク様をお守りする。

 それを知っているのは、サーチだけ。

 ふふふ、この幸せがずっと続くといいな。
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