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13話 普通のおじさん、幼女エルフとキャンプ。

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「なんてこったパンナコッタ……」

 馬車で次の国まで行く予定だったが、車輪が壊れ立ち往生していた。
 従者の方は、数時間ほど必死に直そうとしていたのだが、歯車のかみ合わせがどうにもならないらしい。
 修繕の為にはオーリアに戻るしかないらしく、運賃は半分返してもらえることになった。

 次の国まで歩けば数日、距離は問題ないが……。

 前に進むか、後ろに戻るか。

 地図を購入しているのと、道筋は口頭でも説明してもらったので問題ないが、ククリと二人で大丈夫なのだろうか。
 盗賊、山賊、未知の魔物、色々と危険はあるだろう。

 無知な私はククリに頼るしかない。

「ククリどう――」
「シガ様、パンナコッタって何ですか?」

 ……私のつまらないおじさんギャグのせいで、ククリの疑問が別に方向に向いているらしい。
 響きが似ているからだよ、と説明するほど恥ずかしいものはない。

 なので私は、ククリと出会って初めて耳が遠いフリをした。
 すまない、おじさんにもメンタルというものがあるんだ。

「ねえ、シガ様。パンナコッタって何ですか? この状況下で必要な隠語なのですか?」
 
 追い打ちのかけ方が的確で、私の心にズキンと来る。

 従者はどうする? と訊ねてきた。
 私はククリの質問には答えず、問題点を提示する。

「ククリ、私たち二人で国へ向かうのは問題ないと思うか?」

 「パンナコッ……」と、何か言いかけたが、ふむふむといつものモードに入る。
 良かった、もうやめて頂きたい。

「あります。危険はないとは言い切れません。ですが……シガ様ならば問題ないと言えます」
「それは……戦闘力的な意味か?」

 こくこくと頷く。
 ふむ、私のことを凄く信用してくれているのだろう。
 酒場の冒険者たちの事も考えるとククリも強いはずだ。

 なら……。

「ククリ、だったら歩いて向かわないか?」

 返答はわかっているが、やはりちゃんと聞いておきたい。
 もちろん彼女は満面の笑みで、拳を作って、右手で胸を叩いた。

 ▽

「な、な、な、何ですかこれは!?」
「ん? テントだが……ああ、そうか、ククリは初めてだったな」
「い、家じゃないですかあ!? シガ様は、家を持ち歩けるんですかあ!?」

 数時間ほど平地を歩いた後、空が暗くなったこともあって野営することにした。
 焚火を設置、キャンプ用品を取り出したのである。

 ククリの反応があまりにも面白く、つい嬉しくなってしまう。

「ああ、ベッドや枕もあるから、ここで二人暮らすことができる。更に虫からも身を守れるんだ」
「す、すごいですぅー!」

 拍手をぱちぱち、本当はただキャンプセールでクリックしただけなのだが……ごめんな、ククリ。

 でも、ありがとう。


「シガ様が住んでいた異世界はどんなところだったんですか?」

 焚火を囲ってククリは鮭おにぎり、私はインスタントうどんを啜っていると、質問が飛んできた。
 そうか、彼女からすれば異世界なのか。

 ふと笑みを浮かべて火を見つめる。

「まず、魔法はない。貴族の様な権力はあるが、普通に暮らしていればそこまで感じることはない。それと……奴隷自体はあったが、凄く古い風習だった。少なくとも私が生きている間にはなかった」
「そうなんですか? 奴隷……はいないんですね」

 悲し気な表情を浮かべる。言う必要はなかったかもしれないが、価値観の違いを伝えたかった。

「平和な世界だが争いが無くなったわけじゃない。だけど大勢が笑顔だった。私は……違ったが」
「え?」

 それから私は身の上話をした。幼い頃から両親がいなかったこと。
 親戚の家を転々とし、真面目に勉強して、無難に生きて、だがブラック企業で日々を過ごしていたこと。
 
 つまらない話だったが、ククリは真摯に話を聞いてくれた。
 いい世界ですね、とでもいってくれた。

「シガ様のことがよくわかって嬉しかったです!」

 そして私は、ずっと気になっていたことを訊ねる。

「言いたくなかったらいいんだが、ククリの事も教えてくれないか?」

 静寂な時間が流れる。
 炎がパチパチと音を立て、木々が風で揺れた。

「私は……西のエルフの里で生まれました。精霊たちの住む巨樹《きょじゅ》の周りに、自然な木で作られた家がいくつもあって、そのうちの一つに父と母で暮らしてました」
「精霊……か、どういう存在なんだ?」
「説明が難しいのですが、例えるなら居場所を守ってくれる大切な存在だと思います。といっても、エルフ族の全員が里で暮らすわけではなく、冒険者だったり、商人や政治に興味を持つ人もいます」

 里、というのはピンとこなかったが、日本で考えてみるとしっくりきた。
 海外へ行く人は少数だが、もちろんそういう人も大勢いる。
 そんな感じだろうか。

「ですが、精霊が住む土地は凄く政治的な価値を持つんです」
「政治的な価値?」

 ククリは、コクンと頷く。

「精霊のいる巨樹は魔力保有量が高く、様々な事に使用できます。わかりやすい例でいうと弓でしょうか、巨樹の弓は、魔力を有するので魔物退治に凄く有効なんです」
「なるほど……喉から手が出る程ほしい人はいるだろうな」

 その時、私はハッと気づく。

 もしかして、奴隷になったのは――

「私の里は狙われました。軍事目的の為、巨樹を奪う為に同胞を大勢殺されました。もちろん対抗しましたが、あまりにも数が多かったのです。そこで両親は……。かろうじて逃げのびた私は、倒れていたところをビアードさんに拾われました。もちろんそれが世界中の里で起きているわけではありません。国によって思想は違いますし。ですが、以前言っていたエルフ族が偉そうだったり、人間嫌いな人が多いのはそういった理由からです。私の身内でも、人間だから、という理由で毛嫌いしている人は大勢いました」

 ククリの話は、私の想像以上だった。
 差別というのはどの世界でもあることだが、なかなか難しい問題だ。

 この世界は国境が曖昧らしい。

 そうなると思想の違いは如実に現れる。

 あっちでは大丈夫だがこっちではダメ、争いの種はあちこちにあるということだ。

「ありがとう、よくわかった。話してくれてありがとう」
「いえ……でも、勘違いしないでほしいのは、こうやってシガ様と一緒に冒険できるのは凄く楽しいです! エルフの中でも冒険に憧れていたのって私なんですよ!」

 気を使ってくれているのか、満面の笑みを浮かべてくれた。

 戦っている彼女は美しく、そして強い。


「そういえばククリ、焼きマシュマロを知っているか? 凄く美味しくてとろけてしまうんだ」
「ええ!? なんですかそれ!? 食べてみたいです!」
「今日はとっておきでチョコレートも付けよう。きっと病みつきだ」

 冒険初日、私はこれから何があってもククリを守ろうと心で強く誓った。
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