上 下
1 / 33

001 デルス魔王様

しおりを挟む
「それでは、わたくし、アリエルめが、デルス魔王様・・・・・・のご命令通り、オルトラン王都の人間どもを皆殺しをしてまいります」

 片膝を付きながら、おそらくにそう言った女性は、豊満な胸をたゆんっとさせて立ち上がる。

 長い赤髪、天使のような青い目に、ぷるぷるの唇、ドレスのような純白服。

 ……え? なにこれ? 夢? ていうか、皆殺し・・・って何?

「待って」
「はっ――どうされましたか、デルス様」

 ん?
 
 よく見るとこの女性、いやこのたわわなおっぱい――魔王直下六封凶ろくほうきょうのアリエル・サーシャじゃないか!?

 てことは、デルスって……最凶最悪の……あの、デルス魔王!?
 
 慌てて後ろを振り返るが、そこには誰もいない。
 あるのは、赤い玉座。

 それに座しているのは俺。
  
 アリエルの瞳は、俺に向けられていた。

「デルス様?」

 王座の魔、アリエル、デルス――。

 もしかして――。

「……アリエル、鏡魔法を」
「仰せのままに」

 するとアリエルは、ゲーム・・・のように何でもないところから鏡を出現させた。
 そしてそこに映っていたのは、金髪の切れ長の目、頭部に小さな二本角、外観は人間そっくりだが、これは油断させる為の外側ガワだ。

 ちなみに身長は低い。というか、ショタ。

 しかしこれこそが、魔王である証明。
 
 つまり間違いなく俺は、英雄伝説ゲーム【ベルクトル・ファンタジー】に登場する、デルス魔王だった。

「いつもながら素敵ですわ!」

 いや……ちょっと待てよ。

 ということは、今俺がアリエルに人間たちを殺せと命令したのか。

 これは……ゲームの冒頭にあるプロローグだ。
 たしかこの事をきっかけに魔族と人間の大規模戦争が起きる。

 そして、壮大な物語が始まるのだ。

 よりにもよってなんで魔王に……。

 いやそれよりもまずやるべきことは――。

「……中止だ」
「はい? 今なんと――」
「中止だと言っている。色々と考えたのだ。人間はか弱く、それにまだ利用価値・・・・がある。に考えがあるのだ。もっといい方法を考えようではないか」

 話し方こんな感じだったっけか。ショタのくせに喋り方はものものしいんだよな。

 だがアリエルからすれば意味不明だろう。
 でも皆殺しなんて……信じてもらえるのか――。

「さすがっ! 聡明なデルス様! この短時間で、人間どもを塵にする新たな作戦を思いつくなんて!」

 ああ、大丈夫なんだ。

 するとアリエルは、俺にゆっくりと近づいて、手の甲にキスをした。

 思わず、頬が赤くなる。俺の。

 俺は前世でこのゲームが好きだった。
 
 英雄伝説ゲーム【ベルクトル・ファンタジー】。
 世界を恐怖に陥れた魔王を殺す為、平民生まれである勇者が、英雄になるまでの物語。

 仲間と出会い、別れ、そして人を救いながら、ついでにラブラブコメコメしていく。

 だがその宿敵であるデルス魔王、いや今の俺だが、ゲーム史上でも類を見ない最悪最凶の魔王なのだ。

 魔族以外の全ては消えてなくなればいいと思っている。
 何より性質が悪いのは、拷問好きで、凌辱好きで、仲間に対しても酷い仕打ちをするのだ。

 最終的に勇者に殺されたあげく、無限地獄という魔法をかけられる。

 これは、死後もずっと地獄で拷問される最悪な状態らしい。

 最後に明かされる秘密なのだが、デルス魔王は本当は人間になりたかったのだ。
 過去に両親を人間に殺されて恨んでいたという悲しいエピソードがあるものの、それに至るまでの過程がゴミすぎて誰からも嫌われていた。

 それが、魔王デルスなのである。

 そしてアリエルは、優秀であり、残忍であり、だが最後は魔王を裏切るのだ。
 その理由は、愛してくれなかったから。

 つまりヤンデレみたいなものだ。

「デルス様、どうされましたか?」
「いや……今日も綺麗だなと思ってな」

 するとアリエルは、たゆんたゆんさせながら、涙を流しはじめる。

「なんてもったいないお言葉……わたくしにそんな言葉を言ってくれるだなんて……ああ、嬉しすぎます! わかりましたアリエル。王都の人間だけではなく、S級冒険者を殺して献上しますわ!」
「いや、今はいい。それより、今後一切人間に危害を加えるのを――禁じる」
「な――!?」

 ゲームの通りなら、魔族は全員人間たちに激しい憎悪を抱いている。
 だがまだ人間たちに宣戦布告はしていない。

 今ならまだ、間に合うはずだ。

「色々と考えたのだ。人間たちを蹂躙するには、もっと知らねばならぬとな」
「た、確かに!? デルス様の仰る通りでございます! そうとも知らず、差し出がましい真似を……大変申し訳ございませぬっ!!」
「良い。これからわかっていけばいいのだ」
「ありがたき幸せ!!!」

 しかしこの喋り方はかなり疲れる。
 普通に話してもいいが、突然変化したら洗脳魔法でもかけられたんじゃないかと疑われるかもしれない。
 魔族は人間を恨んでいる。それは、魔王大好きなアリエルも例外ではない。

「恐れながら申し上げます。――ならば、ペールはどうされますでしょうか」
「ペール……」

 すぐに記憶を辿る。

 ペール・ストリーム。
 巨大な斧を持つの使い手で、超絶最凶、最悪のツルペタ幼女魔族。

 人間が大嫌いで、とにかく喧嘩が大好き。

 どうされるとは……はっ、そうか。そういえば宣戦布告は同時進行だったはず。

 となると、悠長に構えている場合じゃない。

「シュトラバスまで繋げ・・。急ぐんだ」
「はっ!」

 するとアリエルは、闇の転移魔法を出現させた。
 魔族だけが使える闇魔法。

 魔力を非常に使うので、一日数回が限度だ。

 念のため、俺はデルス魔王が愛用していた仮面を手に取る。
 ご丁寧に椅子の横に置いてあったものだ。

 意味があるかどうかはわからないが、まあ用心にこしたことはないだろう。

 急いで転移窓をくぐる。するとそこは、今まさに総攻撃を仕掛けようとする魔王軍の行進の真っ最中だった。
 急いで追いかける。

 何か……足が早いな? 景色が目まぐるしく切り替わる。やっぱり俺は魔王なのか。
 
 すると先頭、今まさに魔法をぶっぱなそうとしていたペールを見つけた。

 金髪ツインテールのツルペタ幼女、服はなんか闇武装みたいな感じで露出が激しい。
 急いで手を掴むと、驚いた顔をする。

「――魔王様!? どうしてここにいらっしゃるんですか?」
「事情が変わった。帰るぞ」
「ふぇ!? こ、これからじゃないんですか!?」
「色々あるのだ……」

「ペール、魔王様の命令よ。聞きなさい」
「なんでアリエルも? ちぇっ、仕方ないなあ」

 アリエルほどの忠誠心は感じられないが、そんなことはない。
 彼女もまた、魔王を心から愛しているのだ。

 原作では、デルスの為に自らの心臓をささげるほどの忠誠心がある。
 まあ、ほかの面子もそのくらいはあるんだけど。

 しかし良かった。これで何とか全面戦争は避けられるはず……。

「魔族たちめ、人間は決して屈せぬぞ!」

 だが前を向くと、同じぐらいの軍隊が見えていた。

 え? あれ? どういうこと?

「ペール、何をした」
「まだ何もしてませんよ? ただ宣戦布告で、全員殺しちゃうからねって大声で伝えただけです」

 ……ほっとしたような、いやしてないような。

 魔王軍はアンデットモンスターの大群で、全員武器を装備している。
 そして、国の前で行進していた。

 これでは戦う気まんまんと思われても仕方がない。いや、実際その通りだったが。

 向こうは先手必勝だと思ったのか、掛け声が聞こえはじめる。

「決して屈するな、行くぞ!!」
「「「うおおおお」」」

 全軍突撃、いやもう少し様子見しろよ……。

 するとペールが笑みを浮かべる。
 横にいたアリエルもだ。

 まずい、これは――。

 俺は急いで前に出て、地面に手を触れる。

「――断裂ラプチュア

 次の瞬間、魔王軍の人間軍の間の地面に亀裂がはしる。

 地割れと共に穴は広がっていき、人間たちが落ちそうになる。

「ひ、ひぃ!?」
「おい大丈夫かよ!?」
「まるで天変地異だ……あれが、魔王なのか……」

 頼む、落ちないで、落ちないでくれよ。

「クソ! 俺たちを孤立させるつもりか!」

 いや、違う。全然違う。止めたんだよ、止めたの。

「……ふん、これは警告だ。私たちに近づくなよ・・・・・

 後ろを振り返る。よし、これで何とかなった。

 誰も傷つけていない。

「行くぞ、ペール、アリエル。ひとまずこれで終わりだ」
「はっ、デルス様」
「はーい」

 いや、これで本当に終わりなんだけどね。


 そして俺たちはふたたび魔王城・・・に戻った。

 懐かしの我が家でもないのに、なんだかホッとするのは気のせいだろうか。
 落ち着く暇もなかった。

 だが最高の選択をしたはずだ。
 あのまま行けば俺はいつか勇者に殺され、無限地獄を味わっていた。

 しかし――。

「デルス様、敵国に忍び込ませていた伝令から連絡が入りました。人間族は、魔王様の宣戦布告を受け取り、戦うことを決意したそうです。そして、魔王様の力に驚き、恐れているらしいです。それによって、四つの大国が手を組んだとのことです。――さすがデルス様、これを見通していたんですね! あえて殺さずに脅威を与えることで敵を増やす……このアリエル気づきませんでした」
「ペールもわからなかった。さすが魔王様だね」

 ……駄々をこねたいが、現状を受け入れるしかない。
 俺はこのゲームが好きだ。この世界が好きだ。
 殺してもいいと思えるほどの人間もいるが、無差別に人間を殺したくはない。

 だが俺は魔王、この部下たちを束ねる王だ。
 すべてを放って逃げたり、全員を解雇すれば、きっと悪さをするだろう。
 
 人間を恨んでいる理由もそれぞれあったはずだが、基本的には本能なのだ。
 蜘蛛が生まれてすぐに罠を張るのと同じで、彼らに罪はない。

 つまり俺が、何とか導いてあげるしかない。

 しかしどうする……。

 そうか――。

「アリエル、これからの方針を決めた。まずはこの魔王城を主軸とし、領地を広げることにする」
「はっ、全員に通達致します」

 魔王城の周りに人間はいない。
 領土を広げていけば、人間たちもおいそれと手を出せなくなるだろう。いずれ迫りくるかもしれない勇者ですら手出しができなくなるほど大国を創ればいい。

 これなら将来的に誰かを傷つけることもないし、自給自足もできるようになれば最高だ。
 部下たちも、もしかしたら農業とかに目覚めるかもしれない。

 だがその為には、世界のことも知らなきゃいけない。
 他国へ行かないといけないこともあるだろう。

 だが目指すところは、最強建設国スローライフ。
 そうなれば何に怯えることもないし、人を傷つけることがない。

 これ、最適解じゃないか?

「何と素晴らしいお言葉! 畏まりました。兵力を増強し、まずは戦いに備えるのですね。人間たちも恐れるでしょう」

 ……また勘違いしているみたいだが……いや、やってやる、俺はやってみせる。

 誰も傷つけず(多分)、部下たちと幸せになってみせる。

「デルス様。先日、魔王城付近に迷い込んでいた人間はどうされますか? 拷問して土の肥料にしますか?」
「……丁重に家まで送り届けなさい」
「はっ仰せのままに」

 ……本当にできるかなあ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

S級スキル【竜化】持ちの俺、トカゲと間違われて実家を追放されるが、覚醒し竜王に見初められる。今さら戻れと言われてももう遅い

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
 主人公ライルはブリケード王国の第一王子である。  しかし、ある日―― 「ライル。お前を我がブリケード王家から追放する!」  父であるバリオス・ブリケード国王から、そう宣言されてしまう。 「お、俺のスキルが真の力を発揮すれば、きっとこの国の役に立てます」  ライルは必死にそうすがりつく。 「はっ! ライルが本当に授かったスキルは、【トカゲ化】か何かだろ? いくら隠したいからって、【竜化】だなんて嘘をつくなんてよ」  弟である第二王子のガルドから、そう突き放されてしまう。  失意のまま辺境に逃げたライルは、かつて親しくしていた少女ルーシーに匿われる。 「苦労したんだな。とりあえずは、この村でゆっくりしてくれよ」  ライルの辺境での慎ましくも幸せな生活が始まる。  だが、それを脅かす者たちが近づきつつあった……。

2度追放された転生元貴族 〜スキル《大喰らい》で美少女たちと幸せなスローライフを目指します〜

フユリカス
ファンタジー
「お前を追放する――」  貴族に転生したアルゼ・グラントは、実家のグラント家からも冒険者パーティーからも追放されてしまった。  それはアルゼの持つ《特殊スキル:大喰らい》というスキルが発動せず、無能という烙印を押されてしまったからだった。  しかし、実は《大喰らい》には『食べた魔物のスキルと経験値を獲得できる』という、とんでもない力を秘めていたのだった。  《大喰らい》からは《派生スキル:追い剥ぎ》も生まれ、スキルを奪う対象は魔物だけでなく人にまで広がり、アルゼは圧倒的な力をつけていく。  アルゼは奴隷商で出会った『メル』という少女と、スキルを駆使しながら最強へと成り上がっていくのだった。  スローライフという夢を目指して――。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...