リリーフ!

宮川夕凉

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 翌日は練習試合だった。

  かささぎ中のグラウンドに近隣の成岡中を招いて二試合を行う。中学はどこが強いとか、まったくわからないけど、聞いた感じではあまり強くないみたいだ。
「おはようございます!」
 早めにグラウンドに来て準備をしていると、優羽結さんの姿が見えたので、挨拶をした。ちょっと素っ気ない感じだったけど、自然に挨拶を返してくれたので、ほっとする。怒っているわけではないよね?
  今日は試合だから、みんなユニフォームだ。かささぎ中のユニフォームは、パンツが白でシャツが紺を基調としている。
  かささぎ中とは対照的に、エンジのシャツに身をつつんだ成岡中が現れて、試合が始まった。
 中学の試合は初めてだ。自分が出るわけではないけど、先輩たちがどんな野球をするかというのは、かなり興味がある。
 先攻はかささぎ中。
 先頭バッターはショートの佐伯颯大さん。一塁側のベンチから、佐伯さんの背中が左バッターボックスに立つのを見る。均整の取れた体格だ。背中が大きい。しっかり筋肉がついている。
  成岡中の先発は、右のオーバーハンド。
  佐伯さんはその初球をいきなり打った。ライナー性の打球がレフト前に落ちる。外角のストレートを逆方向に打った。ミートが上手い。足もすごく速くて、一塁を大胆にオーバーランしてストップ。
「ナイバッチー」
 ベンチに並んだ一年生が叫ぶ。
 ――と、先輩たちが一斉にこちらを向いて、すぐに視線を戻した。
 そうだ。このチーム、かささぎ中野球部は、なんか変だと思っていたのだが、試合になっても全然声を出さないのだ。ぼくたち一年生は少年野球の習慣で声を出したわけだが、どうも勝手が違う。ちなみに相手の成岡中はふつうに声が出ているんだけど……。
  うーん。かささぎ中ではあんまり応援とかしない方がいいのかな?
  二番バッターはセカンドを守る二年生知多淳さん。
 右打席から監督のサインを見る。バントのサインだが、構えはヒッティング。初球だし、あわよくば自分も生きたい……そういうセーフティバントを試みるのかもしれない。その辺は選手の判断だ。
  ピッチャーはランナーを気にして、二度、三度と牽制。リードは大きいが、帰塁も速い。
  初球。
 カーブを上手く三塁線に転がした。サードが鋭い出足で捕球すると、強いボールを一塁に送る。際どいタイミングだったが知多さんはアウト。ともあれ、送りバントは成功で一死二塁のチャンス。
 今のサードの動きや送球を見ても、小学生とは格段にレベルが違う。ぼくが同じ舞台で試合をするとか、想像すらつかないや。
「ナイバン! ナイバン!」とナイスバントを称える。
 結局、ぼくたち一年生は声を出す。応援するくらいしか、できないしね。
  続く三番はピッチャーの寛太さん。右バッターボックスに入る。
 サインは……出ない。
 そもそも寛太さんはベンチを見なかった。そういえば、一番の佐伯さんのときもサインはなかった。三年生には自由に打たせているのだろうか?
 寛太さんは初球のカーブを見送ってワンボール。二球目、ストレートを打って一、二塁間のゴロ。これをセカンドが回り込んで捕球し、ファーストに送ってアウト。二塁ランナーの佐伯さんが三塁に進んだ。おそらく寛太さんは狙って右方向に転がした。右に転がしておけばヒットでなくても進塁打にはなる。チームバッティングだ。
  そして四番は、グラウンドでひときわ目立つ八神さん。
  体も大きいが、それだけじゃない。左バッターボックスから放たれる威圧感は圧倒的だ。
  外野バック! とキャッチャーが指示するのを待ちかねていたみたいに、外野が一斉に下がった。内野だって浅めの外野? ていうくらいに下がった。セーフティバントしたら間違いなくセーフだけど、八神さんがそんなことするはずもなく……。
 飛距離がどうとかそれ以前の問題として、この人根本的にこわいよね。
 普通じゃない。
 この間はよく投げたよなと、われながら思う。
 初球、二球目とカーブが続けて外角低めに外れた。
 そして三球目。外角のストレートを八神さんが振り抜いた。左中間へ矢のようなライナー。コンクリートの塀にダイレクトにぶち当たる。なんというか暴力的な打球だ。レフトがクッションボールの処理にもたつく間に、八神さんは三塁に到達。佐伯さんはもちろんホームに帰って一点先制。
「ナイバッチー!」
 強打を称える一年生の声にも、八神さんは憮然とした表情を崩さない。打って当然ということなのか、それともホームランでないのが不満なのか。何はともあれ、強打者だ。
 五番サードの久喜幸司郎さんが右打席に立つ。久喜さんは二年生。体格がよくて、身長はこのチームで八神さんの次に大きい。もちろん長打力が魅力で、二年生ながらクリーンアップを打つ。
「いくぜ!」
 センター方向をバットで指しながら一喝。このチームではめずらしく声を張り上げた。
 初球のカーブを打った。大きな当たりだったが、ちょっと泳いだ。打球が上がりすぎ。センターが少しバックして捕球。
「惜しい惜しい!」
「ナイススイング!」
 この相手投手は球速はそこそこ(といってもぼくよりはずっと速いけど)。球種はストレートとカーブ。制球が抜群というわけでもなければ、とくに荒れているのでもない。ようするに「打ちごろ」のピッチャーだ。この回は一点だけだったけど、いくらでも点が取れそうな雰囲気。
 声を出す一年生のかたわら、上級生たちが無言でグローブを手にグラウンドに出て行く。
 小学生のころは野球ってのは声を出すもんだと教えられてきたら、違和感しかないけど。
 まあ、大人っぽいといえば、そうなのかなあ……。
  
  かささぎ中の先発、エースの寛太さんが投球練習を始める。
  右のサイドハンド。うっとりするようなボールを投げる。ストレートはサイドから投げるのに回転が良くて、ボールが浮き上がってくる。右打者の外側から巻いてストライクゾーンに入ってくるツーシームなんて、ぼくには絶対に打てない。それを胸元に投げられたらと思うとぞっとする。
 加えてスライダー、シンカー。どれも鬼みたいに切れる。
 成岡中の先頭は左打者。
 初球、二球目とストレートを見送った。三球目。真ん中から外へ逃げる低めのツーシームを打って弱いゴロ。バットの先だ。三遊間の難しい当たりになったが、佐伯さんが鋭い出足で前に出て華麗に捌いた。正確な送球をファーストの八神さんが受けてワンアウト。
「ナイスショート!」
「ワンアウト! ワンアウト!」
 平然としたグラウンドに対して、ベンチの中、正確には一年生だけがあざやかなプレーに盛り上がる。まあ、他にベンチにいるのは二年生の松木洋介さんと監督だけなんだけどね。
  聞いたところでは監督は大学まで野球をしていたそうだ。今は難しい表情でグラウンドを見ているけど、このかささぎ中の静かな野球をどう思っているんだろう?
 打席に二番の右バッターが入る。
 内角にツーシームを連投。

「キャッチャー……誠也さんなんだけどさ……」
 隣にいた一年生の相羽拓弥が話しかけてきた。
  拓弥は小学生の時はキャッチャーだった。ぼくのボールもよく受けてくれた。
「なに?」
「あの人、サイン出してないよね」
「ああ、そうだね」
 サインを出していないどころか、いつも真ん中に構えている。それでボールに合わせてミットを動かすから、見ている方は球種がわかりやすい。
「ピッチャーからサインが出ているふうでもないし、それで捕れるってすごいよね。しかもきちんとフレーミングしていて、ミットが流れない。神業だよ」
「だよね」
 フレーミングというのは、ストライクならストライクゾーンにミットを固定して捕球する技術だ。それによってストライクの判定をもらいやすくなる。ノーサインではボールの変化を追いかける捕球になるから、ストライクでもミットが流れて捕球後はボールゾーンになりがちなんだけど、誠也さんはそうならない。ボールの回転が手に取るように見えて、変化を先読みできるのだろう。とてつもない動体視力と反射神経だ。そういえば、ぼくと八神さんとの「勝負」のときも、誠也さんはずっと真ん中に構えていたけど、まさか試合でもそうだとは思わなかった……。
「すげえよな、中学生って」とぼくが言うと、
「いやあ、中学生じゃなくて、かささぎ中がすごいんだよ」
「そっか、そうだよな。でも、投球の組み立ては全部ピッチャー任せってことか。それってピッチャーがたいへんなんじゃない? 真ん中に構えてるけど、そこを狙って投げるわけにもいかないし」
「寛太さんだからかな」
「かもね」
 隼士さんや優羽結さんが投げるときはどうなんだろう? ちょっと楽しみ。

  さて、さくっと追い込んだ寛太さんは、もう一つツーシームを投げ込んだ。追い込まれたバッターはスイング。かろうじてバットに当てたが、ボテボテのサードゴロ。これを久喜さんが軽快に捌く。
 「ツーアウト! ツーアウト!」
 これも一年生の声。ふつうはグラウンドの選手が確認の意味で言うものだけどね。
 続く三番バッターは、外のボールゾーンからストライクを掠め取るシンカーで見逃し三振。
「ナイスボール!」
「ナイスピッチャー!」
 ぼくたちの声に、寛太さんだけはかすかに反応して、にこっと笑みを浮かべた。寛太さんすごくいい人。
 
 二回の表の攻撃。六番のセンター天河玲音さん。
 もう一人の女子選手。髪が長くて後ろでまとめている。
 校内では美人で有名。
 嘘か本当か知らないが、八神さんの彼女だとか。
 その玲音さんは初球を打ってセンター前にゴロで抜けるヒット。この人は守備も上手だし、男子にまったく引けを取らない。
 続く隼士さんは三振に倒れたものの、八番の誠也さんがライト線へのヒット。玲音さんが一気に三塁まで進む好走塁を見せて、一、三塁になった。
 打席には優羽結さん。左投げ右打ち。けっこうめずらしいタイプだ。
 監督はいったんスクイズのサインを出したのだが、取り消した。
 三塁ランナーの玲音さんが、サインを見ていなかったのだ。
  ――どうなの、それって。
 見たところ三年生にはサインを出さないし、そもそも三年生は監督を見ない。だから、バッターが二年生でも、三年生がランナーにいたらスクイズのサインが出せない。これはひどい。よほどの事情があるんだろうね。
  結局「打て」のサインを出す。優羽結さんが頷く。
  追い込まれてから、外角のカーブを打った。バットの先だが振り切った。センター前へ抜けようかというゴロに、セカンドが追いつく。優羽結さんは一塁でアウトになったが、玲音さんは本塁へ生還。しかし、これはむしろセカンドが良く守った。
 結果としてはスクイズ成功と同じで、一点入って二―〇。二死二塁になった。

「優羽結さん、ナイバッチです!」
 ベンチに帰った優羽結さんに声をかけると一瞬目が合って、「ドヤ」という笑みを浮かべた。
「お前、優羽結さんと仲いいの?」
 拓弥が隣から聞いてきた。
「いや、そんなことないよ」
「ふうん?」と疑わしそう。
 さすがキャッチャーらしい観察眼だが、まあ、仲がいいってわけでもないよね。

 打順はトップに帰って佐伯さん。センター前に鋭いライナーを放ってシングルヒット。二塁から誠也さんが帰ってもう一点。三点目。続く知多さんは見逃し三振に倒れて、この回の攻撃が終わったが、この先発投手は「捕まえた」という感じだよね。まだまだ点が入りそう。

 二回の裏、成岡中の攻撃は四番の右打者から。
 さすがに体格がいい。
 二球目。ストレートが甘く入ったところを捉えた。左中間へ大きな当たり。センターの玲音さんが、大きなストライドでボールを追う……途中、ボールから目を切るという技も見せ……快足を跳ばしてランニングキャッチ。すげえ。
「ナイスセンター!」
 カッコイイと、一年たちが口々に言う。純粋に憧れるプレーだ。

 雰囲気がおかしくなったのはここからだった。
 続く五番打者。スライダーを引っかけて緩いサードゴロ。
 ダッシュして久喜さんが捌くが、送球が大きく逸れて八神さんが捕球できない。ボールが一塁側のぼくたちのベンチに入ってボールデッド。ランナーが二塁に進む。
 悪送球もよろしくないが、誠也さんのバックアップがなかった。たぶん、キャッチャーが悪送球に備えて本気で走っていれば捕れた。二塁への進塁は防ぐことはできたんだ。
  しかし、監督はそのことには触れず――、
「久喜! 捕ってから投げるまでの間に、左ひじを投げたい方向にしっかり向けるんだ!」
 ――とまあ、これはこれで的確なアドバイスなんだろうけど……監督も三年生に対して遠慮がありそうだなあ……。

 さて、初めてのランナーが出た。
「サード! 切り換えていこう!」とぼく。
「おう」と久喜さんが応える。――が、
「はあ? そんなもん切り換えられても困るんだよな! しっかり反省しろ!」
 ショートから佐伯さんが怒鳴った。うはあ……そんなこと言うかな。
「はい! すみません!」
 それでも、久喜さんは素直にあやまった。
 ちぐはぐなやりとりに調子を崩したのか、寛太さんは続く六番打者にフォアボールを出してランナー一、二塁。

 不穏な空気が漂い出す。
 七番の右打者はバントの構え。
 投球と同時に八神さんがダッシュ。
 ランナーは一、二塁。
 この場面でのかささぎ中の守備は極力ファーストが打球を処理するのが約束だ。三塁に張り付いたサードに送球してホースアウトを狙う。だからかささぎ中としてはバントをファースト前に転がしてほしい。よって寛太さんは外角に速球を投げている。この辺の守備の連携はできている。
 一方バッターは逆にサード前に転がしたい……。
 思惑と思惑のせめぎ合いの結果――打球はピッチャー前に転がった。
 しかし、見事に死んだ打球。八神さんが素手でつかんで三塁を見るが間に合わない――。
 これは仕方がない。
 反転して一塁へ……と、そこには誰もいなかった。
 投げられない! 満塁! 
 ミスだ……。
 このパターンの練習は繰り返しやってきている。八神さんが前に出て開いた一塁に入るのは、セカンドの知多さんの役割だ。なのに知多さんは打球に反応して前に飛びだしてしまった。
 セーフティバントならともかく、あきらかな送りバントでこれはまずい。
 集中を欠いた凡ミスだ。

「知多! テメエ! なにやってんだ!」
 八神さん激怒。
 まあ、怒るのも無理ないんだけど、その前から雰囲気悪すぎなんだよねえ……。試合に集中できていないんだ。
「セカンド! 切り換えていこう!」とぼく。
「はあ? そんなもん切り換えられても困るんだよ! 反省させろ!」
 八神さんに怒鳴られた。
 まあ、そうは言っても知多さんだってわかってるんですらね? ね?
  ――ぼくは心の中でつぶやいた。
 八番バッターを満塁で迎える。
 下位打線だったのは幸い。寛太さんなら抑えてくれる……と思ったが甘かった。真ん中高めに入ったストレートをセンターにはじき返される。ややレフトよりのライナー。
 でも玲音さんなら捕れる……と思いきや、異様に反応が悪い。
 ボールが背後で弾んでから、ようやく走り出した。先に優羽結さんが追いつきそう……。
「もう! 玲音さん、また寝てたんですか?」
「いやあ、優羽結。悪い悪い!」

 ……なに、その会話。「寝てた」ですと? しかも「また」?

 優羽結さんから、ショートにボールが返ってくる。バッターランナーは三塁にらくらく到達。走者一掃。三点が入って三―三の同点。

 さらに「スクイズ警戒! エンドラン警戒!」と一年生が訴えているにもかかわらず、あっけなく九番打者にスクイズを決められて逆転を許した。三塁ランナーのスタートが悪かったし、ピッチャー前に強めの打球が転がったから、ホームでアウトにできそうだったが、誰もバックホームを指示をしないのだ。
 続くバッターを三振にとって、ようやく長い攻撃が終わった。
 あっというまに別の試合になってしまった。
 その後は、八神さんが本塁打を打って同点に追いつくが、まずい守備もあって一点を失い、四―五で敗れた。

 さぎさか中はキラ星のような才能の集まりだ。間違いない。それがごくふつうの中学生に負けた。こんなにがっかりすることって、なかなかない。

 試合終了の挨拶すら声はまばら。
 ベンチに引き上げてきた選手たちに監督が話をする。
 パイプイスにどっかり座り足を組んだ監督を、選手たちが半円を描いて囲む。
 まず二年生の知多さんと久喜さんが叱られた。
 普段の練習から集中していないからこういうことになるのだ。
 さらに、寛太さんが叱責される。ピンチの時でも冷静にベストのピッチングをするのがエースだ。それなのにお前はピンチになればなるほどボールが甘く入るじゃないか!
  ……たしかにそれは寛太さんの課題なのだろうけど、孤立無援のなかでゲームを作ったのが寛太さんだ。もっと他に言うことがあるでしょう? しかし、みんなは何の疑問も持たないみたいにうなだれて、だまって話を聞いたのだった。
  
「世の中間違ってるよな!」
 木陰にベンチを広げ、昼食のおにぎりをほおばりながら、白井が言った。ごはんつぶがほっぺについている。
「やけに主語がでかいな」
「自分の身は自分で守らないといかん。主語をでかくしてぼかすことも必要だ。俺らはそうやって大人になる」
「そんなんだから、世の中がよくならないんだろうな」
「お! 言うじゃん。さすが八神さんに勝負を挑むだけのことはある」
「いやいや、あれは若気の至り。もうない。二度とない」
「なんだそれ……。まあ、いっか。どうせ時は流れ、人は替わる」
「そういうことなんだよな」

 たぶん一年生はみんな、練習に参加しはじめたころから薄々と感じていて、そして今日はっきりとわかったのだ。このチームは、三年生が抜けないと良くならない。
 どうせそれまで試合で出番なんてないんだし……一年生には関係ない……。

 しかし……、しかしですよ? 三年生たちがみんな、キラキラ光る宝石のような、ぼくたちをわくわくさせるような才能の持ち主だというのも、疑いようがない事実だ。
 今年の夏が終わったら、彼らが一つのチームで、しかも、ぼくたちと同じチームで野球をすることなんて、もう二度とないんだ。
 それってどうなの? もったいないでしょ。
 宝石のような才能がどぶを流れていくのを、ぼくたちは黙ってみているしかないんだろうか?
 なんとかならないのかなあ……。
  
 午後にもう一試合が行われたが、まあ似たような試合。
 三年生は身勝手で何を考えているのかよくわからず、二年生は萎縮し、一年生はベンチで戸惑った。

 先発ピッチャーは隼士さん。剛速球で相手をねじ伏せるスタイルだ。スライダーの切れもすごいが、四死球も多い。それで八神さんに罵倒されるが、隼士さんが偉いのはそれでストライクを置きに行ったりしないところだ。自分のピッチングを変えない。まあ、たんに不器用なのかもしれない。
 結果は、四回を投げて三失点。バックに足を引っ張られながらも、試合を作った。
 五回からは優羽結さんが投げた。キレのあるストレートと、サウスポーらしい斜めに曲がるスライダー、そしてスクリューボールが武器だ。球速はそれほどないけど、制球がいい。低めにボールを集めて打たせてとるピッチング。
「打たせるぞー」とマウンドにあがるなり優羽結さんは宣言したが、
「いや、打たせんなよ。なに威張ってんだよ!」とショートから佐伯さんが言い返した。
「ピッチャーはできるだけ打たせないように工夫するもんだろうが! それでも打たれたら守ってやるが、はなから抑える気がないんじゃ話になんねえ!」
 理屈はあってるのかも知らんが、野球ではめずらしい議論だ。そんなことを言う野手は初めて見た。
 対して優羽結さんはにっこりと笑みを返し、佐伯さんがぷいっと目を逸らした。
 ――優羽結さん、強い!

 結果、三回を投げて二失点。二人合わせて五失点。攻撃の方は八神さんが三打席連続の申告敬遠で封じられたが、それでも四点を奪った。結局、二試合とも四―五で敗戦。接戦にはなったが、いい勝負とは言いがたく、なんだかかささぎ中の独り相撲みたいだった。

 ちなみに誠也さんはピッチャーが誰でも真ん中に構えるみたいだ。隼士さんは真ん中めがけて投げればボールが適当に散らばる感じだけど、優羽結さんにはきちんとコースに構えるのがいいんだろうなあ。
  
 日が傾くころ、成岡中の選手たちがマイクロバスで帰っていく。今日のは相手に対して微妙に失礼な試合だったのではあるまいか? 独り相撲は試合とは言いがたいし、そもそも野球ですらない。
 小学生のころ、ぼくは、はるかに低レベルの野球をやっていたわけだが、それでももうちょっと野球していた気がする。
 そんな気持ちに通じるものがあったのかどうか、八神さんがバッターボックスに立って怒鳴った。
「おい! 森野! 出てこい! 勝負だ!」
 まあ、単純に打ち足りないんだろうね。敬遠ばっかだったからな。
 はいはい、わかりましたよ。打たせてあげますよ。
 ――でも、ちょっとは抵抗したいよね。

 昼休み明けにキャッチボールはしたが、時間が経っていたので誠也さんに長めにボールを受けてもらった。
 そして初球。優羽結さん直伝のフォーシーム。八神さんに見せるのは初めてのボールを、内角高めに投げ込んだ。ちなみに投球練習では、昔から投げていたスライダー回転のボールを、全球外角低めに投げ込んでおいた。目くらましだ。
 ――これなら、どうよ!
 バットが、グリップエンドからコンパクトに振り出される。爆発的に加速したヘッドがボールを捉え……打球はセンター方向……が、伸びがない。センターがいたら少しバックして捕っただろう。
  打ち取った!
 小躍りして喜びたいのを必死でこらえ、誠也さんが投げてきた新しいボールを受けた。フォーシームは初見だから、さすがにつまってくれたけど、ここまでやってもあそこまで飛ばされるのか。やっぱ、この人すごい。しかも、同じ手は二度と使えないしねえ……。
「やるじゃねえか、おもしれえ! さあ、次こいよ!」
 うなずいて、再び振りかぶる。
 次のボールは、外へのスライダー(?) ずっと投げているボールだけど、曲がっているという意識はなかった。でも曲がってるとわかれば、使い方も変わる。いままでは外に投げても、曲がって甘く入ってたんだ。だから、もっと外からストライクを掠め取るイメージで!
 ――投げる!
 外から入ってくる低めのボールにバットが出る。逆らわずレフト線へはじき返した。バットの先……しかし低く強いライナー。フェアゾーンでバウンドした。
 試合ならツーベースだ。
「今のはなんだ? スライダーにしちゃ、曲がりが微妙だな。でも、ストレートとの球速差が小さいから、面白いボールだぞ? カットボールってやつか?」
「ああ、カットボール。なるほど」
 ――じゃ、そういうことで。
「よっしゃ、次いこうぜ!」
 こうして「勝負」10球ほどつづいた。すぐにフォーシームも見切られてホームランを打たれたが、それでも三本で収まった。前回に比べたらなかなかの進歩だ。優羽結さんのおかげだね。
「やっぱ、いいぜ、お前。またやろうぜ!」
 八神さんは言った。
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