見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ

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40.エイヘッド特別隊到着

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「これどうしても着なくちゃいけないのか?」
 黒い絹に明るい茶色で刺繍ししゅうほどされた、見事な筒着物つつきものを前に、アツリュウは不満げな声で聞いた。

「今日はエイヘッド特別隊が到着する日ですからね、奥様が用意してくださった中でも、特に威厳いげんがありそうなのを選びました」
 エイヘッドで彼の従者を務めるキボネが、この黒がいいんですよと言いながらアツリュウに着付ける。

 彼はミタツルギ家でオルゴンの後任で家令を務めている男の息子で、アツリュウが子供の頃から一緒に遊んで育った幼馴染である。2つ年上のはずなのに、2つは年下のように見える童顔で、頼りなげな雰囲気をいつも漂わせている。

 しかし長い付き合い、キボネという男は頼りない顔でふわりと漂いながら、どこにもするする入り込んで、自分のしたいことはちゃっかりやり遂げるのを知っている。

 領主代行りょうしゅだいこうになることが決まると、父上の奥方は「領主代行に相応しい品格のあるものを!」と着物に履物はきもの冠帽かんぼうに剣帯にと、まあ思い付くありとあらゆるものを、物凄い熱意で準備した。

 俺のため3割、あと彼女の楽しみのため7割に見えつつも、奥方はそれは忙しく動き回って準備万端じゅんびばんたん整えてくれたらしい。そしてキボネの頭によくよくその使い方をねじ込んで、送り出してくれた。

 領主城に着いてから、俺は「領主代行に相応しい品格」とやらのため、毎日筒着物で過ごしている。
 奥方は俺のことをよく分かっていて、普段は腰までの短い着物で動きやすいのだが、今日は足が全て隠れる正装だ。

「これ歩くときに当たるから好きじゃないんだ」
「うーん、本当は剣帯を付けたくないのですが……刺繍ししゅうが隠れるので。でもアツリュウ様帯刀なさいますよね」

「キボネ俺の話聞いてないよね」
「さて、次は冠帽かんぼうです。いつもすぐ取ってしまいますけども、どんなに嫌でも今日は絶対に被っていただきます!」

「なに笑ってんだよ」
「いや、威厳が増すはずが……なんででしょう、これを被ると急に可愛くなって子供みた……ああ!取ってはだめですよアツリュウ様」

「これはやめとく、礼をした時に落ちたらいけない」
「アツリュウ様は頭を下げなくていいんです、これから来るのは全員あなたの部下なんですから」

「あ、そうか……」
 アツリュウは深くため息をつく。朝からものすごい緊張している。一個小隊を俺はどうやって指揮すればいいんだ。オルゴンが兵舎の準備は整えてくれた。これからの事は隊長と相談して、お前が好きに決めろ、と言われたものの……何をどうしていいのかさっぱり分からない。

 出るのはため息ばかり。
「挨拶では何を言うか決めてあるんですか?」
 キボネが冠帽を拒む俺に根負けして、帽を箱にしまいながら聞いた。

「いやもう全然、とにかく短く済ませようと思うんだ。あとは隊長と相談してというか、教えてもらって決めていこうと思う。俺は経験がないことを正直に話してだな」

「隊長はどんな方なんですか?」
「それが、セウヤ殿下は何も教えてくださらないんだ」

「それは会ってのお楽しみですね。良い方だといいですね」
 うん、ヒシダ総監みたいな人だといいなあ……


                 ◇◇◇   ◇◇◇

 目の前にいるこの人の目が怖い。いや何で? 
 セウヤ殿下この人選はやめて……

 名乗られる前から、俺は心の中で泣いた。
「エイヘッド特別隊、隊長セキレイド・スオウ、ミタツルギ領主代行に報告します。全隊到着完了いたしました」

「スオウ団長……」
「その任は解任されました」

 冷たかったスオウ団長の目が、さらに温度を下げた。この人は無駄なことを話されるのが嫌いなんだと知っているのに……
「エイヘッド特別隊隊長のスオウです。代行だいこう

 低い声で、かつての上官に敬礼される。どう己をふるい立たせても、この人に命令口調とか無理だからと、居心地の悪さが胃の中をぐるぐる回る。ちょっと吐きそう。

 領主城の第一門を入ってすぐの広場に小隊が整然と整列している。スオウ隊長が率いているのだ。そこに寸分の乱れも見られなかった。

 スオウ隊長に目線でうながされ、小隊の前に立つ。ああ、この人は隊長になっても言葉で言ってくれないのかも、また視線やら、わずかな体の動きに集中しないといけないのか? この人本当に俺の部下なの? いや本当は上官なのかも、セウヤ殿下にそこのところをよく確認しないと……

「代行挨拶……」
 後ろに控えていたキボネが小声でささやいてくれたので、我に返った。彼が代行は背が低いから、絶対あった方がいいと失礼な物言いで準備してくれた式台に登った。

 小隊全員の目ががっつり俺だけに注目している。顔ぶれを眺め渡すと、当然のことながら自分がこの中で一番若いことは間違いない。

「遠路ご苦労だった。今日はこれで休んでくれ。今後の動きは明日以降指令する。以上」

 できる限りの大声をだしてそれだけ告げ、式台を降りた。
 アツリュウが連れて来た兵がスオウ隊長に、兵舎について説明している。

「アツリュウ様、良かったのですか?名乗らないで」
 キボネが小声で聞いた。

 あ! 己の名を名乗るのを忘れた。見ると小隊は裏の兵舎に整然と移動を始めていた。
 スオウ隊長の顔を見て、考えた言葉も全部飛んで、さらに名乗るのも忘れ……
 がっかりな出だしとなってしまった。

 オルゴンが差配さはいしてくれた通りに、城に小隊が納まったことをスオウ隊長が報告に来た。分かりましたと返事をした。

 城中に入り、キボネがスオウ隊長やその他副隊長など士官たちに、彼らの居室など、城を案内して回るのを無言のまま見守りながら、付いて回った。
 
 キボネが城の使用人がとにかく少なくて、様々なことに手が回らず迷惑をかけることになるとび、その場を離れた。
「ご指示を」
 スオウ隊長に静かな声で問われた。

「スオウ隊長……私はその、このような立場になるのはご存じのことと思いますが初めてで」
 冷ややかに見える彼の目がさらに冷たくなった気がした。
「ご相談しながら、今後のことを決めていきたいのです。私は分からないことも多く……」

「相談は無用。代行が出すのは指示のみ。私たちの考えを参考にしていただくことに問題はない、その時はどう思うかと問われればよい」

「そうですが、私は未熟で、小隊の動かし方もよく分からず。教えていただかないと」

「教える?」
 明らかに苛立ちを含んだ冷たい言い方だった。

「あなたは士官学校を卒業したと聞いてますが」
 
「そうなのですが、隊を指揮するのは初めてで」

「私は海賊討伐の為にこの任についたと理解していましたが、あなたは私に小隊の指揮の指導をして欲しいのか?」
 自分より背の高い彼は、わざわざ目線を合わせるためにかがんで、いつもは表情を載せない顔に、軽蔑けいべつの笑い顔をつくって言い放った。

「あなたが欲しいのは一個小隊ではなく、士官学校の教本でしたか。これは失礼、すぐに知らせてここに送らせますよ。代行は随分ずいぶんと小隊の扱いがご不安なようだ。その不安を、隊長としてすぐに解消いたしましょう」

 スオウ隊長はアツリュウの頭をすごい力でぐりぐり撫ぜた。
「明日になったら、エイヘッド特別隊を全体連れてモーリヒルドに帰ります。そうすれば代行の心配事も消えてなくなる。それでよろしいかアツリュウ坊や」

 言い終わると同時に彼にがっつりつかまれていた頭が、後ろに弾かれアツリュウはよろめいた。
 そのままはスオウ隊長は自分の居室に行ってしまった。


                 ◇◇◇   ◇◇◇

 それから2刻ほど過ぎて、アツリュウの執務室の扉を叩く音がした。応えずにいると、キボネが入ってきた。

「なんでそんなところで倒れているんです」
「死んだ……」

「執務室の机の上は、インクびんとか載ってるんですから、やめてくださいよ。高いところに乗りたがる癖は知ってますけれども……今日の着物に染みを付けたらさすがの私でも鬼になります……って聞いてるんですかアツリュウ様、起きてくださいよ。机の上に倒れるのはやめてください!」

 アツリュウはうなだれたままずるずると机から落ちるように降りた。

「朝から決めていた会議をここで始めますので、準備に来ました。よろしいですか始めても。それともお茶でも飲みますか?」
「なにか……究極に甘いものを……くれ」
 キボネはここの厨房ちゅうぼうにそんなものは一切存在しないと冷たい。

「しょうがないなあ、私が都から持ってきたとっておきですよ。1個だけ」
 彼はふところから飴玉の包みを出して手渡してくれた。
「はい坊ちゃん元気だして」
「あああ、その呼び方は今はやめて」
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