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二章・もどかしい二人

48.はらぺこサキュバス、再び人間の世界へ

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 あの後わたしは家につくなり倒れてしまって、朝まで目覚めなかった。起きてくると今日はおかあさんとロスアスタさんも家に居て、家族が全員揃っているようだった。みんなにおはようを言うと、みんな優しくおはようを返して来てくれる。そこにリルカが配達に来た。

「おはよーっす!! ヨーグルトお届けに来ましたーっ!! ねー、シルキィ合格したんだって!? しかも兄貴のこと叩きのめして!! 兄貴昨日帰ってから『くっそ!! サキュバスに負けた!!』って言ったきりずっと部屋にこもって降りてこないわ。おもしろっ。それよりおめでとう!!」

「リルカおはよう。ありがとう。アルベリオ大丈夫かな……やったのわたしだけど」

 ついでに言うと自業自得だとも思うけど。

「へーきへーき。あいつ最近調子くれてたからこのくらいが可愛くていーわ。ああ見えて真面目だから仕事の時間になれば降りてくるでしょ。シルキィは大丈夫そうだね。良く寝たって感じの顔してる。ねえ、もうまたあっちの世界に行っちゃうの?」

「うん、そのつもり。次はいつ帰るのかわからないけど、しばらく帰ってこないと思う」

「そっか。寂しいけど、あたしはいつでもシルキィの友達だからね。応援してる」

「ありがとうリルカ。リルカも元気でね……あ痛った!」

 リルカはにかっと笑うとわたしのおでこに頭突きした。これ、小さいころによくやられたリルカの挨拶だ。

「じゃああたし配達途中だから! 元気でねーっ!!」

 おでこをさすって顔を上げると、リルカはもう走り出していて、ずいぶん遠くで振り向いてこちらに手を振った。わたしはこの故郷と離れている間に頭の中で居場所がないという思いを募らせていたけど、リルカがいてくれたことでずいぶん助けられたこともあったなって思う。それでも、わたしが居たいのはレイモンドさんの隣だ。

「シルキィちゃん。朝ご飯食べたら出発しましょ。レイモンドくんが待ってるでしょ」

 気が付くとうしろにおかあさんが立っていた。そうだ。はやくレイモンドさんの狂化を治してあげなくちゃ。わたしははやる気持ちを抑えて朝ご飯を食べた。

「おっし、ちゃんシル、忘れ物ないか? もう一人で行けるだろうけど、俺ちゃんのふわふわプリンちゃんが心配だっていうからよ、途中まで一緒に行ってやるぜ」

「ロスアスタさん、ありがとう。おかあさんも」

「ちょっとちょっと~、シルシル、おねえちゃんは~?」

「おねえちゃんもありがとう、おねえちゃんがいなかったらこんなに早く試験に合格はできなかったと思う」

「えへへ……。あのさシルシル。とんとん拍子とはいかなかったけどさ。シルシルはきっと幸せになれるよ。おねえちゃんの妹だもん。だから、頑張ってね」

「……!! うん。うん!!」

 おねえちゃんは今日も留守番だ。午後から仕事に行くみたいだから。わたしはロスアスタさんとお母さんと一緒に家を出て、昔から住んでいる我が家を見上げた。またしばらくここには帰らないけど、この家は確かにわたしの居場所だったと思う。少なくとも、レイモンドさんにとってのエルフの里よりは。わたしもこの家みたいにレイモンドさんの居場所になりたい。だからもう行かなきゃ。

「気が済んだかい? ちゃんシル。また空から異境界領域に入るからな。羽出して飛んでいくぞ~っと」

 言いながらロスアスタさんは羽を広げて浮き上がる。おかあさんも既に飛び始めていた。
 わたしも慌てて飛び上がり、二人について空の中にある境界が薄くなっているポイントに飛び込むと、光り輝く線が縦横無尽に張り巡らされた異境界領域に入り込む。

「この青緑の線があっちの世界への道な。似たような色の世界もあるけど、サキュバス界と人間の世界は近いからこの場所で固定されてるのよ。間違うことはそうそうないってワケ。ちゃんシルの住んでた街にでる分岐も決まってるからしっかり覚えな。ここから四十八番目の枝を辿っていくんだぜ」

「ママたちはそこまで一緒にいくわね、シルキィちゃん」

 わたしが一人で行き来できるようにロスアスタさんは詳しく行き方を教えてくれる。枝と呼ばれる分岐をひとつひとつ数えながら、わたしたちは異境界領域を飛んだ。

「ここだぜ。この枝を辿って行けば前回入った路地裏に出るってワケよ。もうここまでで充分だよな? チェルっち


「そうねロスりん。本当はあっちまでついていきたいところだけど、シルキィちゃんはもう立派なレディだものね。ママたちがエスコートするのはもうおしまい。ここから先は一人で行きなさい」

 二人は枝の別れ道にとどまったままわたしを見ていた。とても仲良しで幸せそうな二人。わたしはわたしの手で幸せを掴まなきゃ。

「あ、そうだ。おかあさん。わたしとレイモンドさんの淫紋ってどうやったら解凍されるのか聞いてなかったんだけど……」

「ああ、淫紋のことね。それはね、うふふ♡ 契約の時とおんなじ。ふたりが『出会え』ばきっと、また繋がるわ♡♡♡」

 それって……。今更だけど顔が熱くなるのを感じた。

「さあシルキィちゃん! いってらっしゃい!! お姫様が王子様を迎えに行っていけないってことはないわよ!!


「大人になったちゃんシルの魅力でレイのことドロッドロの腰砕けにしてやれってばよ!!」


「ありがとう! 二人とも、ありがとう!! 元気でね!!」


 二人に別れを告げてわたしは枝を辿る。夜空のような領域の先に、うっすらと光が見えた。あそこだ。


「ま……っぶし……」


 空間に開いた穴を通り抜けると、足元にすぐ地面が見えた。トンと着地すると、そこは来たことのある路地裏だ。やった。ダンジョンの街にたどり着けた。


「あ、いけない。サキュバスのかっこのままだった。えーっと。こうかな」


 わたしは意識を集中させる。すると体の周りに幻惑でできた服が出現した。やっぱりこれ便利~。レイモンドさんの虚像を作るために頑張ったから、アルベリオみたいな凄いことは気軽にはできないけどこれくらいならできるようになっていた。
 カバンからマントだけ出してこれは本物を羽織る。ずっとポケットにしまっていた小鳥のマント留めをつけたら、みんなが知っている『人間』のシルキィの出来上がりだ。はやく、はやくレイモンドさんに会いに行かなくちゃ。わたしはレイモンドさんが住んでいる宿へと急いだ。


「あれ? 留守だ。今日はダンジョンに入る日なのかな」


 宿のドアを叩いたけど、返事はなかった。ギルドの受付さんなら知ってるかなと思ってそのままギルドに向かう。


「こんにちわぁ……」


 ドアを開けると、今日はなんだかいつもより人が少ないような気がした。


「あら、シルキィさん。しばらく見ませんでしたね。レイモンド班だったら今ダンジョンに潜っていますよ」


 ドアを開けたわたしを見つけて、受付さんが声をかけて来た。


「あ、やっぱり今日は潜る日なんですね。六番目のダンジョンの続きでしょうか」


「実は昨日、一番目のダンジョンの奥で巨大なローパーの目撃談が複数あって。なんでも質の悪い狂化の後遺症をもたらすとかで、万が一でもダンジョンから出てきてしまったらまずいのでギルド長が依頼を出して、今日は皆それの討伐に行ってるんです」


「えっ」


 今なんて言ったの? 巨大なローパーが出たって? それの討伐にレイモンドさんが?


(ちゃんと自分が呑まれた相手のローパーがわかって、そいつに食われに行くんだぜ。見てみ)


 ローパー農場のおじさんの言葉が頭をよぎる。


「わ、わたし。わたしも行かなきゃ!!」


「待って! シルキィさん!! 地図!! 今週の地図買っていって!!」


 助けに行ったわたしが迷子になっちゃ仕方がない。お財布からお金を出す間ももどかしかったけど、わたしは最新の地図を買うとそのまま急いでダンジョンへ向かって走った。
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