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8.魔女と奴隷とおはようのキス

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「ん……ふう……んん……っ、ちゅ……」

 昨夜寝る前にザジに前もって「寝るけど、口淫とかそういうので起こすのはやめておくれ」と言って床につき、息苦しさで目を覚ましたら今朝はキスで起こされていたオーウェンだった。何とも言えないむずがゆさも感じると思ったら両の乳首を小さな手で擦られているし、ふわふわの尻尾で朝の屹立を撫でまわされていた。

(口淫はやめろとは言ったけど、まさかこうくるとはっ……)

 会って数日、それも自分の身柄を金で買った男に抱かれたりするのはいくら奴隷だと言っても嬉しいことではないだろうに、どういうわけだかこのザジという奴隷はオーウェンが自分に手を出すように仕向けようとするのだ。
 昨日苔の花畑の中で小さな体を抱きしめたときにやってきたあの『ズガン』の奴がもう一回来たら、もしかしたら自分は獣欲のままにこの小さな娘を犯してしまうのではないだろうか。そうしてしまいたい気持ちと、自分がそんな風な悪い男になるのは嫌だという気持ちが今日もオーウェンの心の中でせめぎ合い、寝起きの無防備な口の中を蹂躙されている最中も、ザジの小さな背中に回しそうになる手指が虚空をにぎにぎと搔いている。

(もしそうなるんだとしても、アタシはもっとこう、もっとこの娘の体以外のことが知りたいんだよっ……)

 たった一人の庵はとても寂しく空寒いものではあったが、だからといって母や姉弟子と過ごしたあたたかな場所を淫欲の蟲毒の壷のようにはしたくない。せめて愛し合ってそうしたいじゃないか。本の虫で頭でっかちのオーウェンの表現は内省であってもくどい。

(あれ? アタシこの娘と愛し合いたいのか? いやいや。いやいやいやいや……)

 一心不乱にオーウェンの舌をちゅうちゅうと吸う娘はとても可愛い。オーウェンは自分の容姿が女に好かれるタイプのそれではないのを自覚している。うすらでかく陰気で不気味で、夕方に出くわした街の童女に悲鳴を上げて逃げられたこともある。

(そんなアタシがこんな娘と……おこがましいだろうそんなのは)

 だが実際の所、オーウェンの容姿はそれほど悪くはない。特に年上の女がみたら思わずからかいたくなるような何か不思議な魅力のようなものがある容姿ではある。娼婦たちがきゃいきゃいとちょっかいを出すのはそれが理由だが、あの人たちはなんかそういう感じの人たちだから、と思い込んでいるオーウェンは自分のことを醜男だと信じていた。

(こういう可愛い子にはそれなりにお似合いの相手がいるもんだから……。それにもしかしたらそういう相手が故郷にいたのかもしれないし……)

 オーウェンは頭の中を内省でいっぱいにすることによって、ザジの与えてくる刺激で欲望が暴発してしまわないように必死に寝たふりを続けていた。

(しかし随分熱心に続けるもんだねっ……! 口が痺れちまうんじゃないのかいっ……!! あっ、やばい、もう無理っ……!!)

「んぐ!! んウウうううウウ!!!!! ばっ!! ずァア!!!!」
「んきゅう!!」

 耐えきれなくなったオーウェンがおかしな叫び声と共に起き上がると、ザジの小さな体はベッドの上をころころと転がって行った。

「アンタねぇ!! 口淫やめろって言われたからってねえ!! だからキッ、キスならいいとかそういうんじゃないんだよぉ!!!!」
「やーっぱり起きてた。おはようございます♡ オーウェン様♡」
「うるさい!! 小一時間もべろべろべろべろと!! お湯でも沸かして薬湯と朝餉の準備をしな!!」

 おはようの挨拶を返す余裕もなく、寝巻のままオーウェンは勝手口の扉から外に出て便所兼堆肥小屋に駆け込んだ。

「くそっ!! くそっ!! なんだあれは!!! なんだあの……なんか……そのっ……かっ、可愛い……なっ……ああもう!!」

 暴発寸前の陰茎を握ってがしがしと扱く。この硬度をなんとかしないと小便もできない。ああもうああもうと一人喚きながら、オーウェンは暗い穴の中に精を放った。無意識にザジの顔だけを思い出しながら。

(ボクちゃん、結構根性あるなぁ……)

 ケイト族の大きな耳は、危険を察知して逃げやすいようにとても鋭敏に音を拾う。なので、ああもうと喚きながら自涜に耽るオーウェンの様子は見ていなくても手に取るようにザジにはわかった。
 もしかしたら人間からしたら幼く見える自分の体はあの男の射程範囲外なのだろうかとも思ったが、あの猿具合から見ればそんなこともなさそうだ。ということは、なんか矜持とか、ロマンとか、そういう自分が蹂躙されて奪われて捨てさせられたキラキラした脆いものが彼を律しているのだろう。

(うらやましいな……ああやって綺麗でいられるの)

 そんなふうに考えながらオーウェンに教えられた手順で入れた薬湯を冷まして飲むとやっぱりものすごく苦くて、ザジは今の気持ちにぴったりの顔になった。

「くあ……くああ……」
「……またくわくわ言ってる……ほら」

 手を洗って戻ってきたらしいオーウェンが高い棚の飴玉を口に放り込んでくれて、ザジは涙目でそれを必死にしゃぶった。

「まあ確かにこいつは苦いね。アタシはもう慣れたけど。おはよう」
「おあようごじゃいましゅ……」

 片手で難なく薬湯を飲み干すと、オーウェンはさっさと卵を焼いて食卓に運ぶ。パンとミルクを用意してザジもその後ろに続いた。

「さて。今日はスライムを獲りに行くからついてきな」
「スライムですか?」
「ああそうさ。スキンもパッドもあいつらがなきゃどうにもならないからね」
「ザジはスライムを見たことがありません。干したものは奴隷市場で見ました。生きた物なのですか? 森にいるのですか?」

 食事を終え、洗い物をするザジに、オーウェンは今日の予定を告げた。ザジの目の前の男が作っているというスライムスキンは、調教の時に何度も使われたのでザジもどういうものか知っている。薄い青色を帯びた透明の素材で、使っているうちにぷよぷよと柔らかくなってきて、なぜかそれで粘膜を擦られるとびりびりとした快感が走って、狂わされてしまうのだ。

「森の湿地にいる生き物だよ。元々媚薬を作るために獲っていたんだが、娘時代のアタシのかあさんが搾りかすを素材に使うことを思いついたらしくてね。今は媚薬よりもそっちのほうが需要があるね」
「媚薬も取れるのですね」
「ああ、そのころのかあさんが間違って川に流してしまって、その年の川下の街の女が同時に大勢孕んじまって大変なことに……んんっ、そんな話はいいんだ。アタシが無力化したスライムを網ですくって集めるのを手伝ってくれるだけでいい」

 庵の中にたくさんある棚をガサゴソと漁ったオーウェンが、先端に網のついた長い棒をザジに手渡した。

「これと、袋と……帰りはアンタも獲ったスライムを抱えておくれね」

 オーウェンは背負子のように改造された樽をローブの上から背負う。

(人さらいっぽい……)

 黒いローブに身を包んででかい樽を背負ったでかい男を見てザジは思わずそう思ってしまう。

「アンタ今アタシを見て人さらいみたいとか思ったろ」
「ん! いーえ! いーえ!!」
「いいよ……慣れてるから……。それ持って箒に乗りな」

 昨日と同じく、箒はオーウェンの指笛でぴょんと定位置に着く。今日の荷物は重そうだが、この箒は意識とかあるのだろうか? ザジは素朴な疑問を抱くが、どうでもいいことなので口には出さずに箒の前の方に腰を下ろした。

「それじゃ行くよ。ちゃんと掴まって……今日は重いの持ってるから、変なことで心を乱さないでおくれね……」
「善処します」
「よし」

 オーウェンが後ろに飛び乗ると、箒は湿地に向かって出発した。
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