上 下
44 / 44

エピローグ

しおりを挟む
 その後。淫魔たちといばらの迷路の魔族たちが話し合い、魔王城はパルマの父親が管理することになった。事実上の魔王襲名である。ヴォルナール率いる勇士たちは元魔王幹部のレリトを捕縛したことと、人間に好意的な立場の新しい魔王の誕生の報を携えて竜骨街に帰還。王たちは会合を繰り返し、戦の元凶であった元魔王の一派を根絶したことによる戦の終結を宣言した。
 人間側から「モンスターを多く産み出し人間の女性を苗床にするという行動で戦の終結を妨げていたレリトを処刑しろ」という声も多く上がったが、現魔王の息子であるクレデントの証言で彼女が元魔王セブレイスに洗脳されて協力させられていたこと、実の父親をセブレイスに殺されていること、セブレイスがいなくなったあとも彼女を保護、治療するものがいないまま放置されていたことなどが考慮され、さらに勇士の一人であるアスティオが「褒美はいらないからレリトを処刑しないでほしい」と申し出たことにより、彼女の覚醒を待って沙汰を出すのでそれまでは保留という判断がなされた。
 レリトは今も魔王城の彼女の部屋で眠り続けている。クレデントは彼女の見ている夢を一緒に見て、その中で根気よく対話を続けているらしい。彼は苗床になった人間の女性たちを助けて、その治療方法を見つけ、実行した功績を考慮してその生活を送ることを許されている。迷路を徘徊していた植物モンスターはレリトの眠りと同時にとてもおとなしくなったので今はひとところに集められ、苗床の呪いの特効薬として栽培を続けられている。

「レリトさんが目覚めた後に洗脳が解けているかどうかは、クレデントさんの頑張り次第ってところですね」
「そうだな」

 そう呟くぴあのの声はあの時吸い込んだ爆弾の花粉の後遺症で低くハスキーな声に変わっていた。初めは高い声が出なくなっちゃった、としょげていたが、今の声も魅力的で好きだとヴォルナールが言ってくれたので最近はそれを受け入れ始めている。ヴォルナールがぴあのを気にし始めた理由はフィオナと声がそっくりだったからだが、今となってはそんなのは関係なくぴあのの声が好きだった。それは彼が心から思っていることだ。

「その声で歌う子守歌は前より落ち着いて眠れる。これからもずっと俺のために歌ってくれ。ぴあの」
「はい! 喜んで!」

 ヴォルナールとぴあの婚姻のお祝いは、ぴあのが手伝いをしていた酒場で行われた。白いドレスを纏ってヴォルナールと共に歌い踊る彼女は誰から見ても世界一幸せな花嫁で、店のおばちゃんも常連の酔っ払いも上機嫌で二人を祝福してくれた。
 二人に続いて、アスティオとパルマも婚姻した。勇士同士かつ魔族と人間の正式な夫婦ということで、二つの種族の新しいありかたの象徴として担ぎ上げられてたまらないとパルマはぼやくが、大好きなアスティオの妻になれてとても幸せそうだった。
 戦にピリオドを打った勇士の代表であるヴォルナールは二人目の勇者と呼ばれるようになった。彼はエルフの里には帰らないことを選択したので、王からの褒章としていばらの迷路の近くの土地の領有権と爵位が与えられた。今後のヴォルナールは辺境伯を名乗り、ぴあのはその夫人ということになる。彼らが治める新しい領地の名前は二人で話し合って「フィオナ」と名付けた。
 フィオナでは人間の街に避難していたコボルトたちなどが新しく街を作っている最中だ。土木作業をする大人たちをよそにコボルトの子供たちがアスティオに剣の稽古を受けている。迷路での戦いで何度もぴあのを守ってくれた男嫌いの妖精剣はコボルトの少女チピの手に握られて心なしか嬉しそうだった。

「戦い、終わったけど全然暇にはならない、ですね」

 ヴォルナールに寄り添ってつっかえつっかえ話すぴあのの首にはもう例の首輪は嵌っていない。こちらの言葉でヴォルナールと話したくて、自分で言葉を学んでいる最中だった。苗床の呪いも地下茎による治療のおかげで快方に向かっており、突然の発作を起こすことはなくなって今はただ愛情のままにヴォルナールと抱き合う日々を送っている。

「随分言葉がうまくなったな、ぴあの」
「ふふ、毎晩いっぱい、ヴォルナールさんがお話、してくれるから」
「お前の言葉なら俺はいくらだって聞いてやる。どんなに忙しくてもお前と話す時間はなくしたくないからな。何か気がかりなことや不安に思っていることはないか?」

 剥き出しのぴあのの首にくちづけながらヴォルナールは優しく尋ねる。その言葉に、少し迷ったあと、彼女はハスキーな声であることを話し始めた。

「今、私は幸せいっぱいだから、不安なことなんかない、です。でも、時々気になってしまうことは、あります」
「なんだ? なんでも言ってみろ」

 ぴあのは、ヴォルナールの隣でふいに目覚めた深夜や、言葉の勉強の合間に一息ついた瞬間などに、自分と入れ替わりにこの世界から出て行った元魔王セブレイスの行き先に想いを馳せることがあるのだと言う。彼はどこへ行ってしまったのか。自分と入れ替えになったということは今頃自分の元居た世界にいるのだろうかと思うことがあるとヴォルナールに打ち明ける。

「元の世界が心配か? もしかして、帰りたいとか思う時もあるのか?」

 少し不安そうにそう尋ねるヴォルナールの様子を見て、ぴあのは微笑みながら首を横に振った。

「いいえ、私が今、一番居たい所はあなたの隣」

 そんなぴあのをぎゅっと抱きしめながら、「お前を愛さなかった世界なんか魔王に滅ぼされてしまえばいいんだ」と言った。

「どうせどうなったかなんて俺たちには知る方法がないのだから、そういうことにしておけばいいんだ」
「……そうですね。どうなっていたとしても、私にはもう知る方法がない。だからわからない」
「俺たちは自分が見えるところまでしかよくできない。だからそっちの世界のことはそっちの奴らに任せておけ。俺たちはただ、二人で一緒にこの街を良くして行こう」
「はい……、私、あなたと一緒ならどこでだって、笑って生きていけると思う」
「それでいい。ずっと俺の側で笑っていてくれ。最後まで」

 ヴォルナールはもう何度目だか数えきれないキスをぴあのの唇に落とす。死が二人を分かつまで、そのキスはこれからも繰り返しふたりのつながりを強くしていくのだろう。彼女がヴォルナールに注がれないと生きていけないのは精ではなく、今となっては彼からの愛だった。
 こうしてかつて不幸に愛された女、音無ぴあのはこの上ない幸福を手に入れた。その幸福を二人で抱きしめながら、彼女の唇は未来を紡いでいく。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる

一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。 そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。 それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

私、異世界で監禁されました!?

星宮歌
恋愛
ただただ、苦しかった。 暴力をふるわれ、いじめられる毎日。それでも過ぎていく日常。けれど、ある日、いじめっ子グループに突き飛ばされ、トラックに轢かれたことで全てが変わる。 『ここ、どこ?』 声にならない声、見たこともない豪奢な部屋。混乱する私にもたらされるのは、幸せか、不幸せか。 今、全ての歯車が動き出す。 片翼シリーズ第一弾の作品です。 続編は『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』ですので、そちらもどうぞ! 溺愛は結構後半です。 なろうでも公開してます。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

絶対、離婚してみせます!! 皇子に利用される日々は終わりなんですからね

迷い人
恋愛
命を助けてもらう事と引き換えに、皇家に嫁ぐ事を約束されたラシーヌ公爵令嬢ラケシスは、10歳を迎えた年に5歳年上の第五皇子サリオンに嫁いだ。 愛されていると疑う事無く8年が過ぎた頃、夫の本心を知ることとなったが、ラケシスから離縁を申し出る事が出来ないのが現実。 悩むラケシスを横目に、サリオンは愛妾を向かえる準備をしていた。 「ダグラス兄様、助けて、助けて助けて助けて」 兄妹のように育った幼馴染であり、命の恩人である第四皇子にラケシスは助けを求めれば、ようやく愛しい子が自分の手の中に戻ってくるのだと、ダグラスは動き出す。

処理中です...