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第2章:目覚めへの道

19.峡谷での遭遇 前編

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 姿が消えたままの俺の話をいいように伝えたルシナは、言い争いを続けていたパナセたちをなだめた。

 そして都合のいいように民に伝え、里の守りは薬師の男たちに任せることで納得させたらしい。

 それにより、パナセとロサはルシナに従うことを決め、里を後にした。

「……俺もルシナ様に従えばいいのか?」
「いいえ、芝居は終いです。わたしは、里の皆に納得させなければなりませんでした。お姿の見えない賢者さまがいない状態で、旅に出ることを決めたのです。お姿が見えなくてむしろ有難かったですよ?」
「は、喰えない女だな。それで、どこへ行くつもりだ?」
「それは賢者さまがお決めになるのでは?」
「ん? それはそうだが、その前に賢者さまと呼ぶのは止せ。俺は外の奴に素性を知られるわけにはいかんのでな」

 弱くなったとはいえ、この先どこで格の違う奴等に会うとも限らない。

 特にベナークの野郎以外の勇者とそのPTが気になるし、どういうつもりをしているのか。

 俺が賢者として勇者を助けていた世界は、少なくとも、魔王にしろ勇者にしろ、複数いていい世界では無かった。

 何故今は、勇者も魔王も途切れの無い世界と化しているのか。

 賢者と呼ばれる者はどうやら俺だけのようだし、なろうとする者もいない。

 もっとも、なるだけなら誰でも出来るが、盟約要素との契約は素質が絡む。

 要素が従っているのも、歪んだ世界を真っ直ぐに戻す為だと聞いている。

 パナセを追い出したPTといい、この世界には無駄PTが溢れすぎているのではないか。

 そう考えれば、世界に勇者は必要ではなく、敵対する魔王も全て消すべきだ。

「アクセリさま、何をぶつぶつ独り言をおっしゃっているのです~?」

 気づくと、パナセの顔が下から覗き込んでいたようだ。

 俗にいう上目遣いも兼ね備えているが、よく俺の位置が分かるものだな。

「俺にも一人で考える時間は必要だからな。パナセこそ、妹と話をしなくていいのか?」
「いいのですよ~。わたしとルシナちゃんは直に話さなくても、心で分かるものなのです! 以心伝心ですよ~」
「ほぅ? それは俺とも可能か?」
「ア、アア……アクセリさまとわたしがですかっ!? そ、そうなるには、そのぅ……」
「どうした、言ってみろ」
「あのぅ……お、お姿が見えないので、今は無理なのですけど……アクセリさまと、結びを……そのぅ」

 何やらパナセは、自分の指を何度もくねらせながら、顔を真っ赤にさせてもごもごしている。

 もしかすれば、俺の要素のような契約が必要ということなのかもしれない。

「いや、無理強いはしない。だが、パナセとそれが出来れば、敵と遭遇した時には不利に働くことが少なくなると考えたまでだ。今すぐでなくとも、後々に出来るものならそうなればいい」
「はわわわわ……のちのちぃ。はぁはぁはぁ……ど、どうしよどうしよ」
「どうした? 息切れか?」
「な、何でもないです~! ルシナちゃんの所に行って来るです~」

 よく分からないが、パナセは顔を紅潮させて息切れを起こしたようだ。

 もしかすれば、今までの緊張の糸が切れ、急な疲労が来たのかもしれない。

『アクさま、駄目ですよ? あんな小娘をたぶらかしては……どうせなら、わたくしを常に誑かして頂いても……あぁ』

 薬師の里を出た後、姿を消したままの俺とパナセたちは、険しい峡谷を目指していた。

 ルシナ曰く、里は外との距離を近づけたくないがために、警戒心を重ねて幾つもの谷を越えて来たらしい。

 つまり、多くの人間がいる町や王が治める城に行くには、峡谷を超える必要があるということだった。

「相変わらず抜け目ない女だな。そして俺の気配にも慣れたか」
「ええ、お姿は見え無くとも、そのお声を間近に受ければ嫌でも慣れますわね」
「嫌なのか……?」
「お声もお姿も遠く離れてしまうことが嫌ですわ。さておき、お気づきですか?」
「まぁな……。深く沈んだ谷は、おおよそ常人が住める場所ではないが、そこが良しとして居着く種族があるものだ。気配からして、人ではないだろう」
「姿が消えていても、要素は使えるのです?」
「問題ない。だが、薬師二人を守れる余裕は無い。もっと強力な仲間が得られればいいが……」

 現状では、パナセの強力な調合薬によってしばらく姿無き者となっている。

 ルシナに関しては、脆弱性はあるが霧の結界を張ることが可能だ。

 谷に囲まれた場所で、薬師を守るには何がいいのか。

「アクさまはご自身の強さを、お取り戻しにならないのですか?」
「それが出来るならしている。だが、かけられた呪詛がそれを阻んでいるのが現実だ。となれば、かつての知識を役立てながら、PTメンバーとなった者たちを育てる方が得だろう?」
「……そうなのですね。だから弱い人間の女を傍に置いて……」
「それもあるが、パナセは俺の恩人でもあるからな。愉快な女だが、育てたいとも思っている」
「それでは、わたくしの得意能力を使って、アクさまの負担を取り除くことに致しますわ」
「頼むぞ、ロサ」
「わたくしにも、結びを頂きたく思いますわ!」

 よく分からんが、パナセとロサとの間で、やり取りでもしたというのだろうか。

 さて、まずは人無き獣どもに浴びせてやるとするか。


 跫音きょうおんが鳴った洞窟と違って、外での歩きは危険を伴うものだと思い出していた。

「ここでは挟撃となるか……」
「薬師の女たちはどうされますか?」
「そうだな、俺の姿は敵には見えていないだろうから、俺の傍に来るように言って来てくれ」
「分かりましたわ」

 俺の姿を敵に晒したとしても、力なき賢者に何が出来るというのか。

 今出来ることは、ロサに動いてもらいつつ、パナセとルシナで混乱をあえて起こしてもらうしかない。

「アクセリさま~、来ました!」
「賢者さま、ルシナも参りました」
「ルシナ、俺のことは賢者と呼ぶなと言っていたはずだが?」
「どうお呼びすればいいんです? パナセと同じ呼び方をしようとしたら、駄々をこねられましたよ?」
「だって、だってぇ~……、アクセリさまって呼ぶのは、パナセ専用なのだ!」
「……だそうですよ」

 どう呼ぼうとどうでもいいことなんだが、今はそんな下らないことをしている余裕が無い。

「ではルシナは、俺のことは呼び捨てで呼べ。俺が許す。お前の素は、小生意気なことと分かったからな」
「えええっ!? アクセリさまを呼び捨て……ルシナちゃん、ずるい~!」
「あーもう! パナ、やかましい! それで、アクセリは危急なのでは?」
「さすがだな。その通りだ」

 パナセは気持ちがオープン過ぎるがゆえに、切り替えも遅い。

 ルシナは妹のはずだが、ハーフエルフなりの愚かなプライドに加えて、長としてやってきた判断力が生きているから、指示を与えるのは楽だ。

「ルシナ、今すぐ霧を張れ! 出来るな?」
「敵ですか。すでに気付いていたのですね」
「そうだ。正体は分からないが、霧を張れば相手の出方が分かるだろう」
「分かりました」

 里にいた時と違って、大げさな発動呪文はしないようだ。

 手の平に風を巻き起こし、そこから大気を濁らせて霧を作り出せるらしい。

「出来上がりました。その代わり、壁より外の様子は見えないですが……」
「今はそれで構わん! よくやった、ルシナ」
「と、当然です! 本当なら、パナが出来てもおかしくないことなんですよ? 全く、アクセリが甘やかすから、パナがどんどん面白くなっているじゃないですか!」
「俺のせいにするな。それが個性なのだとすれば、成長も見込めるということだろう」
「ほえ? アクセリさま? わたし、成長出来るんですか~?」
「それはもう、大いに期待していいぞ! だが、まずは俺の姿を発現させる薬を作り出してくれ」
「はいぃ……それはもう本当にごめんなさいなのです~」

 防御だけは成ったが、相手が見えないどころか仕掛けることも敵わない。

 ロサだけが何かしらの動きで敵を封じているのかもしれないが、それすらも見えぬようではどうにもならない。

 だがここで明らかに、動きが出始めた。

 霧の壁で外側の様子は、俺らからは見えないはずだとばかり思っていた。

 それがどうしたことか、吹き荒れるような砂嵐が霧の壁に迫っている。

「はふぅ~アクセリさま。あのぅ……」
「どうした?」
「さ、寒気がするです……」
「何? ルシナもか?」
「はい……」

 姿が無い俺には、自分の体の変化すら見ることが出来ないわけだが、彼女たちの皮膚が鳥肌立っているのは見えている。

 だとすれば、恐怖を感じるような何かが迫っているということか。

 目に見えない姿と霧に迫りつつある砂嵐、そこからさらに冷気に近いおののきなるモノが、彼女らに圧を与えているようだ。

 くそっ、何なんだ。

 じりじりと砂を巻き上げながら、谷の石を削って来る存在はハイクラスのモンスターなのか?

『ロサ! どうなっている!?』
『アクさま、は、羽根です……とてつもなく大きな竜がアクさまたちを、覗き込んでいますわ』
『なにっ!? 竜だと? 常人じゃないどころか、ハイクラスではないか!』
『わ、わたくしは、竜に紛れて近付こうとする雑魚を狩ることしか敵いませんわ……』
『分かった、ロサはそこで踏ん張れ!』

 まさか、竜のねぐらの道を歩いて来たとはな。

 何の注意も払わずに来たとは、やはり姿が見えないことは俺にとっても良くないことだった。

「アクセリさま……どどど……どうしましょう?」
「心配するな」
「アクセリ、どうするつもりがあるのです?」
「そうだな……」
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