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第1章:劣弱の賢者
12.旧知の仲を信じる道へ 3
しおりを挟む人里を離れ、人も獣も寄せ付けないダークエルフの住処は、お世辞にも住みやすいとは思えない。
藁を何層も重ねて屋根を隠し、小屋の中は音を立てるような物は一つも置かない。
クリュスとの出会いは決して安穏とした時では無かったが、コイツはあの時から変わらないのか。
「全知全能の智者が、今さら何のご用なのです? それにお供に連れ歩いているのが、人間の女一人とは……まるで隙ばかり見せて、いつでも襲ってくださいと言わんばかりでは?」
「ハハッ! 片腹痛いが、これから俺が言うことを黙って聞いてもらう。その後にどうするかは、お前に任せよう。だがその前に、これだけを言っておく。俺は仲間を求めている! それも腕の立つ奴をだ。この意味が分かるか? 分かるよな?」
パナセは葱を相当口に含んでいたせいで、口を何度濯いでも、強烈なアクのある臭いは解消されなかった。
そのおかげで今の命があり、なおかつ追い出されることもなかったわけだが。
「そこのネギ女は両手で口を塞ぎ、一切話を割って入らないことです。さすれば、刃があなたに届くことはないでしょう……いいですね?」
「ふぐふぐふぐ……!」
口を開いて何かを発言するのがパナセの取り柄なのだが、今回は致し方ない。
それにしてもクリュス……人の心を透かして見るかのような水晶のごとき瞳は、昔と変わらずだ。
少しでも気を緩め、嘘でも並べようものなら、首筋をすぐにでも斬られそうだな。
「――なるほど。今は全知全能の智者などではなく、劣弱賢者と化している……そういうことですか」
「……あぁ。不甲斐ないことだが、俺の強さは消え失せている。幸いにして頭脳だけがまともに働いてくれて――」
「ふ……ふふふっふ……いい気味すぎるわ! 劣弱のアクセリを何度夢見てきたことか! そういうことなら、あんたなんかに優しくする必要は無くなったということね! あっはははは!」
「ふぐー!? フガグリフマー! ふぐっふぐっ!」
パナセが何を言っているか分からんが、ニュアンスは理解している。
俺を助けたい気持ちが目に表れているようだが、薬師ではクリュスには勝てん。
「で、どうする? 俺をその物騒な刃で切り刻むか?」
「冗談も劣弱とは、全てが弱くなったのは本当のことのようね……それで、アクセリは仲間が欲しいと?」
「……ああ、そうだ。見ての通り、俺はおろか薬師の女だけではお前にも手傷を負わせられんだろうし、賊にも身ぐるみを剥がされまくりだろう。だがお前が供にいるだけで変わる。俺はお前を求めている!」
「何ともゾクゾクさせてくれることをほざくことね……アレだけ女に甲斐性の無かったアクセリが、そのセリフをほざくなんてね」
あまり過去のことをベラベラと暴かれたくはないが、俺もあの勇者野郎のことが言えないくらいだったのは確かだ。
黙って従わせることを当たり前として来た俺の被害者と言っていい。
「それを知ってか知らずかはどうでもいいけど、弱くなったアクセリを信じて傍にいる女がいるだなんて、フフッ! 愚かな奴には愚かな女が似合いというもの」
「何度罵ってもらっても構わんが、パナセを罵りの対象にするのは許してやれ」
「へぇ……? ベナークよりマシだったとはいえ、中身はただのタラシな賢者。それが今や、弱者のお味方だなんてねぇ」
「ぷはっ! ア、アクセリさま……パナセが身を盾に~!」
「落ち着け、パナセが口を挟むと面倒だ」
「はひぃ……ごめんなさいです」
アサシンなダークエルフに命乞いなどしても無駄なことは、他の誰よりも俺が良く知っている。
劣弱賢者になっていなくても、油断も隙も無い女だ。
コイツが同行するだけでも、この先の道のりは苦よりは楽を得られるはず。
「フフッフフフ……! 面白い! 弱者を眺めながらベナークをあぶり出し……鳥肌モノだわ!」
「そうか、ならば頼む! 今後はさらに仲間を求めることになるが、クリュスが一番だということを教えておく」
「その名を呼ぶなと言ったはず! 賢者が弱者となった以上、今後はロサと呼ぶことね」
「それでいい、ロサ。薬師のパナセと俺をよろしくな!」
「ふん……そのまま弱者でいてくれても、わたくしは構わなくてよ?」
強き者にはこびへつらい、弱者と分かればサディスティック化。
いろんな意味で薬師に守られたということだな。
「ほえ? アクセリさま、あの~あの人も味方になられたのですか? 怖い方だと聞いておりましたけど、そうではなさそうな……」
「いや、あいつの本性はSだ。ジョブはアサシンだが……厄介なのは性格がややこしくてな。お前がいてくれて良かったと心の底から思うぞ」
「そそそ、そんな勿体ないお言葉です~! Sとはどんな意味なのは存じませんけど、綺麗な銀髪に透き通りの瞳は、やはりエルフそのものなのですね。わたしも整えたいものです……」
「いや、パナセはそのまま成長でいい」
「はぅ~ありがたや~」
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