上 下
12 / 52
第1章:劣弱の賢者

12.旧知の仲を信じる道へ 3

しおりを挟む

 人里を離れ、人も獣も寄せ付けないダークエルフの住処は、お世辞にも住みやすいとは思えない。

 わらを何層も重ねて屋根を隠し、小屋の中は音を立てるような物は一つも置かない。

 クリュスとの出会いは決して安穏とした時では無かったが、コイツはあの時から変わらないのか。

「全知全能の智者が、今さら何のご用なのです? それにお供に連れ歩いているのが、人間の女一人とは……まるで隙ばかり見せて、いつでも襲ってくださいと言わんばかりでは?」
「ハハッ! 片腹痛いが、これから俺が言うことを黙って聞いてもらう。その後にどうするかは、お前に任せよう。だがその前に、これだけを言っておく。俺は仲間を求めている! それも腕の立つ奴をだ。この意味が分かるか? 分かるよな?」

 パナセは葱を相当口に含んでいたせいで、口を何度濯いでも、強烈なアクのある臭いは解消されなかった。

 そのおかげで今の命があり、なおかつ追い出されることもなかったわけだが。

「そこのネギ女は両手で口を塞ぎ、一切話を割って入らないことです。さすれば、刃があなたに届くことはないでしょう……いいですね?」
「ふぐふぐふぐ……!」

 口を開いて何かを発言するのがパナセの取り柄なのだが、今回は致し方ない。

 それにしてもクリュス……人の心を透かして見るかのような水晶のごとき瞳は、昔と変わらずだ。

 少しでも気を緩め、嘘でも並べようものなら、首筋をすぐにでも斬られそうだな。

「――なるほど。今は全知全能の智者などではなく、劣弱賢者と化している……そういうことですか」
「……あぁ。不甲斐ないことだが、俺の強さは消え失せている。幸いにして頭脳だけがまともに働いてくれて――」
「ふ……ふふふっふ……いい気味すぎるわ! 劣弱のアクセリを何度夢見てきたことか! そういうことなら、あんたなんかに優しくする必要は無くなったということね! あっはははは!」
「ふぐー!? フガグリフマー! ふぐっふぐっ!」

 パナセが何を言っているか分からんが、ニュアンスは理解している。

 俺を助けたい気持ちが目に表れているようだが、薬師ではクリュスには勝てん。

「で、どうする? 俺をその物騒な刃で切り刻むか?」
「冗談も劣弱とは、全てが弱くなったのは本当のことのようね……それで、アクセリは仲間が欲しいと?」
「……ああ、そうだ。見ての通り、俺はおろか薬師の女だけではお前にも手傷を負わせられんだろうし、賊にも身ぐるみを剥がされまくりだろう。だがお前が供にいるだけで変わる。俺はお前を求めている!」
「何ともゾクゾクさせてくれることをほざくことね……アレだけ女に甲斐性の無かったアクセリが、そのセリフをほざくなんてね」

 あまり過去のことをベラベラと暴かれたくはないが、俺もあの勇者野郎のことが言えないくらいだったのは確かだ。

 黙って従わせることを当たり前として来た俺の被害者と言っていい。
 
「それを知ってか知らずかはどうでもいいけど、弱くなったアクセリを信じて傍にいる女がいるだなんて、フフッ! 愚かな奴には愚かな女が似合いというもの」
「何度罵ってもらっても構わんが、パナセを罵りの対象にするのは許してやれ」
「へぇ……? ベナークよりマシだったとはいえ、中身はただのタラシな賢者。それが今や、弱者のお味方だなんてねぇ」
「ぷはっ! ア、アクセリさま……パナセが身を盾に~!」
「落ち着け、パナセが口を挟むと面倒だ」
「はひぃ……ごめんなさいです」

 アサシンなダークエルフに命乞いなどしても無駄なことは、他の誰よりも俺が良く知っている。

 劣弱賢者になっていなくても、油断も隙も無い女だ。

 コイツが同行するだけでも、この先の道のりは苦よりは楽を得られるはず。

「フフッフフフ……! 面白い! 弱者を眺めながらベナークをあぶり出し……鳥肌モノだわ!」
「そうか、ならば頼む! 今後はさらに仲間を求めることになるが、クリュスが一番だということを教えておく」
「その名を呼ぶなと言ったはず! 賢者が弱者となった以上、今後はロサと呼ぶことね」
「それでいい、ロサ。薬師のパナセと俺をよろしくな!」
「ふん……そのまま弱者でいてくれても、わたくしは構わなくてよ?」

 強き者にはこびへつらい、弱者と分かればサディスティック化。

 いろんな意味で薬師に守られたということだな。

「ほえ? アクセリさま、あの~あの人も味方になられたのですか? 怖い方だと聞いておりましたけど、そうではなさそうな……」
「いや、あいつの本性はSだ。ジョブはアサシンだが……厄介なのは性格がややこしくてな。お前がいてくれて良かったと心の底から思うぞ」
「そそそ、そんな勿体ないお言葉です~! Sとはどんな意味なのは存じませんけど、綺麗な銀髪に透き通りの瞳は、やはりエルフそのものなのですね。わたしも整えたいものです……」
「いや、パナセはそのまま成長でいい」
「はぅ~ありがたや~」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

転生賢者の異世界無双〜勇者じゃないと追放されましたが、世界最強の賢者でした〜

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人は異世界へと召喚される。勇者としてこの国を救ってほしいと頼まれるが、直人の職業は賢者であったため、一方的に追放されてしまう。 だが、王は知らなかった。賢者は勇者をも超える世界最強の職業であることを、自分の力に気づいた直人はその力を使って自由気ままに生きるのであった。 一方、王は直人が最強だと知って、戻ってくるように土下座して懇願するが、全ては手遅れであった。

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...