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第一話 目覚めたら下級女官
しおりを挟む蜀の初代皇帝劉備玄徳は将兵の多くを失った心労が重なり、呉への仇討ちを果たせず白帝城で没した。桃園の誓いを果たした張飛、関羽……彼ら両星とともに。
それから――
とある日の宮中でのこと。
――む。むぅぅ……何事が起きたというの?
(どうしたことなのだ、これは……。確か余は白帝で眠ったはずでは? いやに全身が身軽いし手足も弱々しくなっているではないか。それに何故自然と出た言葉が気弱なのだ? まるで女子のように……)
劉備は確かに生を終え、没した。それなのに、目覚めたらか細い女性となっていたのである。
(むむむ。もしや生まれ変わったのか? いやしかし、それにしては……。それにこの身なりは女官のそれなのでは無いだろうか)
「雑仕女!! 雑仕女はおらぬか? いたら返事をせい!」
まさかと思うけど、私のことなの? あぁ、どうすれば……。
女性に変わっていることに慣れないまま、廊下から呼ぶ声が聞こえて来た。今は自分なりに接しなければならない。そう思いながら返事をした。
「わ、私はここにおります!」
声を発して劉備はすぐに驚いた。まさか本当に女性となってしまったのか、と。
「そこにいたか! 早う体を起こし、支度をせい!」
「な、何があるのですか?」
「何を抜かすか。今日は曹操様にとってめでたい日、銅雀台の落成式ではないか! これから連日にかけて大宴会があるのだぞ! お前はお前の仕事を全うしなくてどうする!」
曹操……? そんな馬鹿な。銅雀台となると荊州が安定した時じゃない! この姿といい、女官の姿といい、私は別な人間として甦ったというの? しかも逆行を迎えるだなんて。
皇帝だった劉備からすれば横柄な態度を取る男など、あり得ないこと。しかし青銅の鎧に身を包んだ恰幅のいい男の方が強そうなのは明白。全てを理解するまで、大人しくするしかないと決めた。
「あなた様の官職は……?」
「む? 我は宮中の警備を司る執金吾だ。雑仕女に名など名乗らぬぞ!」
「雑仕女……つまり、私は下級女官なのですか?」
何てことなの……。甦ったはいいとしても、下級女官では曹操の元にすら近づくことが出来ないじゃない。
全てを受け入れるにしても、今のままではあまりに不利過ぎじゃない? そもそも曹操だって生まれ変わった姿かもしれないし、様子を見るしかないかも……。
「ふん、まだ寝惚けが過ぎるようだな。お前がやることは多い。それこそ寝惚ける暇など無いくらいにな! 分かったなら支度を済ませ、草を刈れ!」
「草を……それが仕事なのですね」
「ふん、妙な女よ。雑仕女なのだから当たり前では無いか!」
警護の男はそう言うと、宮中の外へと出て行ってしまった。
生まれ変わったのはいいとして下級女官か。言葉遣いは何とかなるとしても、上役への態度はどうすればいいのか分からないわね。それに名が無いとすればどうやって相手に気付いてもらえるというの。
(この姿でもし義兄弟たちと出会えても、分からぬのではないのか。むうう……とにかく草を刈ることから始めねばならぬな)
曹操のことをいま気にする余裕など無い。
「そこの女!」
(む? 私のことか。まだ慣れぬが、それらしくせねば。もはや出会う者全てが分からぬしな)
「はい。何でしょうか?」
「お前、筵を織れるか?」
(筵とは懐かしいな。母上とともによく生計を立てたものだな)
「織れまする」
「ではお前に任ずる。草刈りなどより、筵を織ることに専念してもらう」
「分かりました。あの……それはどこで行なえばよろしいのですか?」
「……ここを出てすぐの小屋だ。そこに家畜がいるから分かるはずだ。ではすぐに織りに行け」
ふむ、せわしないものね。草刈りかと思えば筵織りとは。ふふ、どれも楽しめば苦では無いだろうけど。
「どれくらい織ればいいのでしょう?」
「ずっとだ。筵道が出来上がるくらいと言っておこう。それが済むまで警護に文句は言わせぬよ」
何とも凛々しい男ね。決して豪侠などでは無いけれど、気遣いが出来る男として好感が持てるかも。鎧を着る警護の男は偉い違いだわ。男で色白な上、すらりとした長身……惚れ惚れしてしまいそう。
(この感情も女としての自覚というやつなのだろうな)
「それでは早速向かわせて頂きます」
「……あぁ、それから小屋近くの森には近づくなよ?」
「森ですか? それは何故?」
「獣が近い。獣が襲って来ても、下級女官などに救いの手は起こらぬことを覚えておくことだ」
(ふむ、立ち入らずの森とは興味深い。今の体でどこまで戦えるか試すも良い。草刈りの鎌を持てば戦えるのではなかろうか)
――とはいうものの、心と体は正直なもの。思っているだけで体の震えが止まらないわね。
いいわ、とにかく小屋に向かいましょ。馴染んだ筵織りから始めて時機を待つしかないわ。
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