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第15話 怒ったんだから

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 ライラパーティーがレセンガ峡谷に足を踏み入れてから半日が過ぎた。エドナはジッタと共に後方を歩きながら、植物や動物を見て夢中になって楽しんでいる。

「……黙っていれば普通の女の子」

 猫族と仲良くしているエドナを見てリズは思わずつぶやいた。

「そうよね。何にもしていなければとってもいい子だし可愛いのに。ランバート村で生まれたエドナにはこの世界がどんな風に見えていたというの?」

 リズの妹であるセリアもリズの考えに同意しているのか、エドナを温かい目で見つめている。

「全て許される世界?」

 セリアの言葉にリズは低い声で疑問を投げた。

「お姉さまから見ればそう見えるの?」
「見える。あの子の無自覚な攻撃と行動は、悪気が一切感じられない。ランバートでエドナを育てたのが精霊だとしたら、曇りなきまなこしか見せていないと思う」
「そうだとしたらあの子の加護……ううん、能力はリズ姉さまよりも強力。それどころか、最強のクリーン魔法が基本なのかも」
「それに加えて四精霊の加護も。賢者としての知識や常識はきっと別として見ないと駄目」

 アドーラ姉妹がエドナのことを冷静に判断する中、ライラから合図が送られる。ライラたちは、以前から声を上げられない状況になった時の為に自分たちだけが分かるような合図を決めていた。

 前方のライラが示した合図は、握りこぶしを作って上下に動かす動き。

「エドナ、ジッタ! この先にゴブリン。ジッタは物陰に、エドナは何もしないで待ってて」
 そう言ってリズもライラがいるところに寄って行く。

「エドナちゃんにはわたくしがつきますわ」
 リズが前へ出たところで、セリアはエドナとジッタに向き直り指示を出すことに。

「え、ゴブリン? それならわたしも――」
「駄目ですわよ。エドナちゃんには、もっとたくさんの敵がいるところで活躍してもらわないと」

 まるでおだてるように言うと、その気になっているのかエドナは嬉しそうに微笑んでいる。

「ニャフ、わたしは待機ですね~?」
「ええ。ライラが先行しておりまので、しばらく現状このままでお願いしますわ」
「分かりました」

 思いの外、エドナが素直になってくれたことをセリアは合図して伝え、そのままライラたちの動きに注視することに。

「そういえばライラさんたちに索敵は?」

 ジッタはセリアに対し、気になったことを訊いてみる。

「ありませんわ。ですけれど、わたくしたちには合図がありますわ。お互い知った仲だからこそ出来るものなのですけれど、今まさにそれを示すことが出来たと感じます」

 セリアの堂々とした態度を見て、冒険者パーティーとして行動するには協調性が無いと上手くいかないんだ――そんなことを思ったようだ。

 その場に待機する時間を過ごしていると、ボゥッ。という炎が点いたような音が届く。その直後、セリアが何かに気づいたらしくその場で立ち上がってみせた。

「上手くいったみたいですわ! ジッタ、それとエドナちゃん。もう大丈夫よ。ライラとリズお姉さまがゴブリンを眠らせたみたいですわ!」
「ニャホホ! 戦わずに眠らせる作戦だったんですね」
「ゴブリンが眠っているの?」

 エドナはいまいちぴんときていないようで、首をかしげている。

「そうね、それなら間近にまで見に行く?」
「うん、見てみたい!」

 エドナにとって魔物は襲ってくるものという認識。動かずに眠らされている状態がどういうものなのか、そこがよく分からなかった。

「ライラ~! 来たよ」
「しっ……。もう少し声を抑えてくれる?」
「う、うん……」
 
 ゴブリンが眠っているとされるところにたどり着くと、そこには確かにぐっすり眠っている数体のゴブリンが横たわっていた。

 興味があるのか、ジッタが真っ先に顔を覗き込ませた。

「ニャハ。穴倉みたいですね。中は確かめました?」
「あぁ、リズは確かめているよ」

 この場にはライラしかいなく、眠らされているゴブリンを見張っているようだ。

「……穴倉って?」
 確か昔のお城とかあった時代の倉庫だっけ?

「穴倉は分かりやすく言えば地下倉庫ですわね。この地面を見てみると分かると思いますけれど、斜めになっているでしょう? そこに横穴を造って物を収納出来るようにしているのですわ」

 ……などと、セリアが詳しく教えてくれた。

「別に調べる意味は無いと思ったんだけど、ましてこんな小さな穴倉にいたゴブリンにね。でも大した物は出てきそうにないけど、この先に待ち受けているゴブリンたちと戦うのに何かのヒントがあるかもしれないからね」

 ライラが言うには、たとえ力が弱いゴブリンでもボス級のゴブリンの手下の可能性があるから無視するわけにはいかないのだとか。

「ニャフ。そうですね、魔物集落は戦い方も変える必要が出てきますし、調べるに越したことはないかもです~」
「そうなんだ。見つけたらやっつけちゃえばいいのかと思っていたよ~」
「魔物相手ですしそうするのが正解とも言えますけれど、時にはこういう手段を取る時があるということだけは知っておいて損はありませんわよ」
「は~い」

 エドナにとって魔物は見つけたら倒す、叩き潰すといった考えがいつの間にか頭の中にあって、その考えだけで行動するようになっていた。

 それというのもエドナの前世では汚れているものを自分の敵とみなし、見つけ次第容赦なく取り除く使命感みたいなものがあった。

 その根強い気持ちが転生してしばらく経ってからよみがえったのだから、無理も無いかもしれない。

 それにしてもよく眠っている。ゴブリンがこんなに眠るものなのだろうかとじっと見つめていると、地下倉庫から骨の数珠らしきものを手にしてリズが戻ってきた。

 すると、気のせいかゴブリンの尖った耳が動いた。そんな気がしたエドナは、ライラにそのことを伝えてみるが。

「え? ゴブリンの耳が? そんなはずないよ。リズのスリープは強力なものだからね」

 ライラはリズの魔法効果を信じているようで、エドナの言葉をあまり気にかけてくれなかった。

「動いてるのに~……何か今にも目を覚ましそうな気がするんだけどなぁ」

 予感がしたエドナのつぶやきを聞いて、ジッタもゴブリンを見てみると――。

「に、逃げ――逃げましょう、みなさん!!」

 ジッタが後ずさりしながら逃げる姿勢を取った直後だった。

「グフフフ……ニガサナイゾ!」

 ジッタの動きが止まったと同時に、彼女の尻尾を掴むゴブリンがエドナたちの間に立っていた。

「ニャアアア!! はーなーせ!」
「ニガサナイゾ!」

 目を覚ましたゴブリンに続くようにして鈍い動きをさせながら、眠っていたゴブリンたちが体を揺らし始める。

「くっ、目を覚ますのが早すぎる! セリア!」
「分かっていますわ! 今すぐここから出ますわよ!!」

 地下倉庫から出てきたリズが、丘の上でライラたちに手を振って誘導している。そこに行こうとしているのか、穴倉から出ようとするが。

「え、ジッタは?」

 ジッタは目を覚ましたゴブリンに尻尾を掴まれたまま、上手く逃げることが出来ないでいる。

「まずはこの狭い穴倉から出ないと何も出来ない! それにジッタを捕まえているゴブリンは彼女をどうにか出来るほど強くは無いんだ。だからエドナ。素直に言うことを――」

 そう言いながら、ライラとセリアが急いで丘の上に移動していくのを見て。

「ジッタだって仲間なのに、どうして見捨てることが出来るっていうの!」 

 エドナの悲痛な叫びが辺りに響いた。
 
「グフ? マダニンゲンイタノカ? オマエモツカマエル! ソコヲウゴクナ」

 エドナだけがまだこの場に留まっていることに気づいたゴブリンが、ジッタを捕まえたままエドナに近寄るが。

「……ジッタ、耳を塞いで息を少しだけ止めてね?」
「ニャフ? 息を……?」
「ライラたちが逃げた辺りまでお仕置きしてやるの……じゃあ、やるよ~!」

 エドナの言うことを信じて、ジッタはつながれていない手を使って自分の耳を抑えて、思いきり息を吸い込んだ。

「ゴブブ……シッポガナイオマエモ、ツカマエルゾ。オトナシク――ゴブッ!?」

 ゴブリンがエドナに近づこうとした、その時だった。

「えーと、唱えの言葉は……くらえ~!! 《ハイドロショット》~!!」

 エドナの唱えの直後。ジッタを捕まえているゴブリンや、穴倉で動こうとしているゴブリン全てに大きな水膜が発動していた。
 
 水の膜は膨らんだ状態で空中を移動したかと思えば、ライラたちがいる場所にまで到達し、弾けて一帯ごと勢いのある水流で木々や岩ごと押し流している。

「あれぇぇぇぇぇぇぇ!? な、何で滝みたいな水がいきなりーー」
「こ、これはあの子の……? 予想外……このままだと流されてしまう」

 ライラ、リズは突然の流水に驚いたのか、近くの木に掴まりながらかろうじてその場に残っていた。

「……対象はライラ、リズ。狙いは大木ですわ。いきますわよ、バインド!!」

 セリアはいち早く異常事態に気づいたのか、彼女たちが掴まっている大木に拘束魔法をかけ、難を逃すことに成功する。

「この水、やはりあの子の……どうやら怒らせてしまったのね」

 セリアが気づいた時には一帯全てが水に流されていた。そしてエドナの近くにいたゴブリンはすでに下流深くへ流され、ジッタは全身を濡らしながら息を整えているようだった。

「いけないっ、わたくしが行かなければ! お姉さま、ライラはそこでしっかり反省していてね」
「……そうする」
「セリア、頼んだよ。うう、それにしても私としたことが~」

 ライラの後悔とリズの反省を見ながら、セリアは一人でエドナのいる所に向かう。

「エ、エドナちゃん、大丈夫?」
「あれ? セリアだ~。どうしたの? ジッタが体を濡らしちゃってるけど、何ともなってないから大丈夫だよ」
「あ、あら?」

 セリアの心配をよそに、エドナはまるでさっきまでの怒りが消えたかのような態度に変わっていた。
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