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第二十五章:約束された世界

564.影支配の残滓

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 シーニャの声を頼りに駆ける途中、辺りを気にすると急に視界がぼやける。
 だがまばたきをした一瞬で、見たことのある場所に足を踏み入れていた。 

 今まであの村を訪れた時、ただの一度も霧の外の景色なんて知る機会は訪れなかった。
 断崖が真下に広がり、何者をも寄せ付けない幻霧――ネーヴェル村の外を。

 薬師イルジナとして長く存在し、記憶に残したのがまさかだとはな。
 外にいるとはいえ、村の人に気づかれてもおかしくないはずなのに辺りは静寂に包まれている。

「アック!! こっちなのだ。アックじゃないときっと止められないのだ!」

 しかしシーニャが指す場所は、ネーヴェル村から離れた所だ。

「どうしたんだ? ルティが何だって?」
「オリカが必死に止めているのだ。シーニャは駄目なのだ。アックがやるしかないのだ」

 ミルシェが止めてる? まさか暴れてるのか。
 それともまだしつこく影が残っていて、ルティを操っている?

 ラファーガが何か言ってたがまさか、な。
 だが予想に反し、着くとミルシェとルティの戦う光景があった。

「ぐぅぅ、お止めなさいってば!! どうしてあたしの声が聞こえてないの?」
「ああああああ……!!!」

 ――なるほど。
 ルティではなく影の残滓残りカスが動いてるな。

 言葉もままならず、暴れるだけで手が付けられない状態だ。
 影のうつわにされてしまったがためとはいえ、それでもまだルティを動かすか。
 
「ミルシェ! 後はおれがやる。ルティから離れておいてくれ!」
「どうするつもりがあるのか、はっきり言ってくれないとどきませんわ!」
「……ルティには影の残滓がついている。そいつを消すにはルティに攻撃を当てる必要がある。だからそこを離れてくれ」
「この子が傷つくわけじゃなく、影を消すだけ……本当にそれで意識が戻るとでも?」
「……」

 意識が戻るかなんて分かるはずも無い。
 だがルティに傷をつけるなんて、そんなのはあり得ないことだ。

「ウニャ……シーニャ、何も出来ないのだ……アック、悲しい。悲しそうなのだ……」
「心配するな、シーニャ。おれが何とかするから、強引にでもミルシェを頼む」
「わ、分かったのだ」

 ルティを妹のように可愛がっていたミルシェは、暴れるルティを見ながらシーニャに引き離された。
 影がルティの中に残っているのは間違いない以上、やることは決まっている。

「フィーサ」
「……承知しました。イスティさまのご意思はしかと受け止めたなの。神の名に恥じぬ剣として小娘を連れ戻してやるなの」
「じゃあ、やるぞ」
「……いつでも」

 フィーサを正面に構え、神聖魔法を詠唱。
 膨大な光属性をフィーサに備わせ、そして――ルティに向けてフィーサブロスを放った。

 鋭さを残す矛先が形を変え、輝きの矢となってルティの心臓付近を目指していく。

「――!? アックさま、あの子に何を!!」

 ミルシェの悲痛な叫びが聞こえる中、光を輝かせたフィーサはルティの中心に命中を果たす。
 するとルティの体から黒い影が消え、彼女はゆっくりとその場に倒れた。

「……上手くいったか」

 すでに本体であるバヴァルが消えた今、ルティに付いた残滓を消すのは難しくはなかった。
 後はルティが目覚めるのを待つのみ。

 ――と思った直後、バシンッ。とした鈍い痛みがおれの頬に直撃していた。

「――っつぅぅ」
「あの子にあんな真似をしておいて、それくらい!!」
「い、いや、気持ちは分かる。でもそうしないと影をかき消すのは容易じゃなかった……ごめん、ミルシェ」
「……あの子に当てたあれの効果は?」
「《ルーセントアロー》だ。神聖魔法の輝きを矢に変えて、ルティに当たれば――」

 ――などと話している間に、ミルシェが真っ先にルティを抱き抱えている。
 フィーサの方はシーニャに拾われて大人しくなっているようだ。

 脅威が無くなったこともあり、おれもゆっくりとルティに近づく。
 すると、ミルシェが何かをおれに見せる。

「それは?」
「アックさま。この子の胸の辺りに石が落ちていましたわ。何かの欠片かけらみたいですけれど、見覚えは?」
「欠片か……。魔石でも無いようだし分からないな。何か文字が刻まれた形跡は?」
「そこまでは分かりませんわ。アックさまが触れれば何か分かるのでは?」

 石に触れて何か分かればいいけど。

「――ぅ、うぅ……」
「! アックさま、ルティが!」
「分かってる。すぐに目覚めそうだな」

 どうやら影は消え、ルティそのものには何も異常は起きなかったようだ。

「悔しいですけれど、すぐにこの子を抱きしめてあげてください」
「そうするよ」

 少しして、ミルシェの腕の中で眠っているルティが目を開ける。
 ミルシェの言葉通り、すぐにでもルティを抱きしめようとしたが……。

「すみません。ここはどこで、あなたたちはどなたでしょうか?」

 ルティらしからぬ言葉遣いで彼女は目を覚ました。
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