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第二十五章:約束された世界
560.虚ろの魔物
しおりを挟む対決にもなっていない属性魔法の繰り出し。
バヴァルはその度に黒霧を出し、おれの魔法をかき消す動きを見せている。
もっとも、威力を伴わない魔法を連続して出しているだけに過ぎないが。
しかしどうやらそれで正解なようで、黒霧を出すごとにルティに残していた影が次第に薄れていく。
影が器となる人間を完全なものとするには相当の影をまとわりつかせる必要があるのだが、アクセリナの場合は魔力と回復スキルだけを奪ったに過ぎず、彼女を器にしなかった。
だがルティがたまたま過去に行ったことでバヴァルはルティに目をつけた。バヴァルはイルジナという薬師に成り代わり、後にネルヴァと名乗って長く存在。
そして今、意地でもルティを手に入れようとしている。
「どうした、バヴァル。無駄撃ちの魔法は効かないんじゃなかったのか? 影を出す度に焦りが見えているぞ?」
「そうかね? 私にはお前こそ哀れでちっぽけに足掻く存在としか見ていないけどねぇ……哀れなお前には影をたっぷりと与えてやろうかね」
「――!」
おれの属性魔法を払う黒霧の影がバヴァルの手から離れ、蟲のように襲って来た。
避けるまでも無く手をかざして様子を見るつもりだったが――。
指先をかすめた影から若干だが、"テラー"に似た状態異常を感じた。
恐怖状態にこそならないものの、指先に巨岩を乗せられたような重さがある。
バヴァルの影には、身動きが取れなくなる束縛効果があるとみていい。
ルティはおそらくこれのせいで封じられたはずだ。
「影で動きを封じようとしても無駄だ! 気付かれずこそこそと弱体させる……さすがはエドラの師匠なだけあるな」
「ふん、気づいたか。シャドウバインドに先に気づくだけでもそこのドワーフとは違うようだねぇ」
「そういうせこい真似をする奴には慣れてるからな」
「それならそろそろアックには、闇世界へ招待してやるとするかね……キヒヒヒ」
「何だ、魔法対決はもういいのか?」
見せかけの魔法対決などに元から意味など無かっただろうが、先にしびれを切らしたのはやはりルティから長く離れてしまっていることへの焦り。
ルティは虚ろ状態のまま立ち尽くしているが、そろそろ正気を取り戻してもおかしくない。
「お前の企みなどお見通し。そんな余裕などすぐに消えるだろうさ!!」
そう言うとバヴァルは両手を地面に向ける。どうやら地下に眠らせていた何かを顕現させるようだ。見た目は異形の魔物、しかし目は無くただそこにいるだけの存在にしか見えない。
生命反応を感じ取る力があるようで、ルティに近づいたりおれの方に体の向きを変えたりしている。
「それでそいつは何だ?」
闇世界に招待と言っていたのに、バヴァルは地下から異形の魔物を出した。
動きはかなり鈍そうで全く脅威を感じないが、闇から呼んだだけあって全身が闇黒だ。
「ヒヒ、虚ろなる魔物……ウィーパーさ。生ある存在に近づき、折れ曲がった触手を鋭き鎌に変えて絶命させる可愛い奴さ。そこのドワーフに反応したがそれはもうすぐ私のもの。そうなるとそいつの敵はアック。お前しかいないわけだ」
なるほど。やはり自らは戦闘状態にならず、別の何かを出して襲うわけか。
そうしないとルティを束縛状態にしておけないからだろうな。
異形の魔物に集中させれば奴の思惑通りの結末となる。
おれの方でも何か呼び出せるが、ルティに近づく彼女たちを間近に感じた以上、おれもとっととバヴァルを始末するしかないな。
「……ふぅ。イルジナの影の方がまだ面白さがあったが、こんなのしか出せないとは」
戦闘の楽しさでいえば魔導士や傭兵との戦いの方がマシだった。
しかし影の親玉がこんなものとはな。
「抜かすな、ガキめが! お楽しみはこれからだ。お前も呼び出すがいいさ! 出せるのだろう? 召喚の数々を!! それともそこのドワーフを――!?」
ルティに視線をやるバヴァルだったが、そこにいたのは。
「仕方が無いのだ。シーニャが運んでやるのだ」
「アックさま、ご存分に暴れていいですわ! この子はあたしたちが!」
不服そうなシーニャがルティを抱え、ミルシェは防御魔法を展開。
黒霧やウィーパーに気をつけながら、その場から離れようとしている。
「任せた! ありがとう、二人とも!!」
ミルシェたちの気配は近くに感じていた。
おれとバヴァルの魔法展開の一方、ルティにまとわりつく影が薄まるのを彼女たちはじっと待っていた。そして今、その隙が生じて動いたということになる。
「アックが言うならそうするのだ。ウニャッ!」
「どうなるかは何とも言えませんけれど、この子の状態がどうであれあなたさまの懸念は無くなったはずですわ! どうぞ存分に」
人質のような状況を若干気にしていたが、これで何も問題は無くなった。
「バヴァル。お前と影も終わりだ! 何もかも終わらせてやるよ」
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