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第二十四章:影の終焉
534.影払いの光剣
しおりを挟む「ハァァッ――!!」
特に力を込めるでもなく、目の前にいるイルジナに向けて剣を振った。
だが、
「ふふふ、無駄……ですよ」
単純な振り下ろしでは、影すら乱れず手ごたえをまるで感じない。
影として現れている以上、ここで本気でやるつもりもないが、"感触"だけ試しておく。
「一見すると実体にも見えるが、おれたちに見せているその姿は影の一部だな?」
「ふふふ……意外に冷静な男。部下として欲しいくらいに……。半々といったところと答えておきますわ」
「……薬師だった魂はどこにある?」
薬師イルジナのことは、幻霧の村ですでに聞いている。
確かな話では無かったが薬師イルジナは、確かに1人の人間として存在していた。
そして今、目の前に見えている女の姿は闇黒の髪、漆黒の瞳、全身を黒衣でまといながらも艶めかしさを残す体……。耳に届く声も、くぐもっていてよく分からない。
「おかしなことを聞く……魂などとうに――……ふふふふ」
この影といい地下で出会った影を見ると、もはや生身の肉体が失われているような気さえ感じる。
名前だけを残しザームを掌握、それを利用して兵士を使っているといった風に思えてならない。
「――それで、おれとはいつ真面目に戦ってくれるんだ? ザームの兵士を犠牲にすることが目的か?」
黒竜だけはザームのというより、純粋な魔物として襲って来た感じがあった。
だがこれから出て来る魔物は、魔王が作り出したと同様な合成獣が大半を占めるはずだ。
傭兵や魔導士軍団も同様に、すでに正気そのものが失われているだろう。
「兵士? この期に及んで、まだ人間が残っていると思っているのかしら? あれらはこちらにとって、いい材料。アンデッド軍団を見て気づかない?」
女と思わせる話しぶりも、おれに対する"武器"にしてるな。
「アックさま! ここで動くのは正しいとは思えませんわ! 今はそれを追い払うべきです」
影に動きを封じられていたミルシェがおれの元に来た。
「! 平気か? ミルシェ」
ダメージなどは負って無く、一時的に身動きが出来なかっただけのようだ。
「あたしは平気ですわ。それよりも、今あなたさまが見ているそれに時間を割く必要はありませんわよ!」
ミルシェが気にしているのは、どちらかというとルティたちだろうか。
「……何故だ?」
「それはただの影。こんな狭い牢獄で戦おうと現れるなんてあり得ませんもの」
おれも思っていた。戦うにしても狭い牢獄の中では動きが限られてしまう。
それにイルジナを見ると、目の動きがいやに慌ただしい。
――何の時間稼ぎだ?
「ふふふ、水棲怪物にしては上出来な答え。この影はあくまでアック・イスティを挑発するだけのもの。この姿さえ見せれば、わたくしに意識が行くのだから……」
「何?」
まさかルティたちの方に?
それがミルシェの予感だとすれば、確かにこの影に付き合う必要は無い。
「アックさま、あたしが先に!」
「頼む」
ミルシェが動いても、イルジナはおれの前から動きを見せないでいる。
おれをここに留めてルティたちが狙いか。
「…………全てが無駄、全ては無駄に……そしてアック・イスティはここから逃れられない!!」
――何だ? 影が足下に伸びて来る?
痛みを伴う攻撃でも無く、イルジナの影がおれの元に迫って来る感じだ。
「ちぃっ!」
「イスティさま、わらわを地面に突き刺すなの!」
「ええ?」
「とっととやれー! なの!!」
いやに急かすな。
しかし現状、フィーサの言うとおりにした方が良さそうだ。
言われるがままに、おれはフィーサを足下に向けて突き刺す。
「んんん~……うりゃっ!!」
地面と言いつつ、牢獄の中は全て石造り。
いくら廃墟と化していても、そう簡単に穴が開くものでも……。
「ギャァァァッ――!? お、おのれ……」
そう思ったがフィーサは意外に頑丈で硬さがあり、簡単に突き刺さった。
そしておれが何をしたでも無く、影のイルジナは悲鳴を上げながら地下へと消えていた。
「フィーサ、今のは?」
「イスティさまはわらわがどういう剣なのか忘れたなの?」
「神剣と魔剣ルストが一体化した剣だな」
「それだけじゃないなの!! わらわは神剣。光神様によって打ち直しをされた剣なの。あんな影ごときには、わらわが光だけで問題無く追い払えるなの!」
あぁ、そうか光剣ってことになるのか。
確かに光なら影を打ち消す力があるけど……。
「だったらイルジナが現れた時にやるべきだったんじゃ?」
「イスティさまにその気が無ければわらわだって働きようがないなの!! 全く全く、やる気を見せない主もそれはそれで問題があり過ぎるなの!」
「ご、ごめん」
「分かればいいなの! とにかくシーニャはともかく、小娘が心配なの。早く動け~! なの!!」
まさかフィーサに叱られるとは。
とにかくルティたちがいるところに急ぐしかないな。
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