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第八章:因果の国

94.薬師イルジナと黒い気配

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 ルティのパンの感想はひとまず置いといた。
 それというのも、

『アックさん! お願いします。一刻も早く進みたいんです!』
 などと、デミリスたちに言われてしまったからだ。

 自分たちの故郷でもある地下都市に、脅威が迫っている。
 そんな不安がつきまとっているんだろう。

 広間のような部屋から壁を伝って行く。
 すると、色が少しだけ薄い壁を見つけることが出来た。

 砦内部の壁の色は、明るい灰みの黄色で統一されている。
 その色が一か所だけ暗い灰みになっているということは、ここに違いない。

 デミリスとアクセリナをすぐ傍に置き、ルティたちを後ろにつかせて進む。

 ◇

 砂地が広がる所に置かれた砦とは一転。
 崩れる心配のない地下洞が続いている。レイウルムへ向けた造りのようだ。

 それもレイウルムと似て、僅かなあかりは整備されている。
 奥へと続いているが、灯りは手前だけ。

「や、やっぱりそうなんだ……」
「ここから地下都市になんて、そんな……そんな」

 ふたりには、行き止まっていることまでは伝えていない。
 だが地下洞の存在には、理解の出来ない戸惑いが生じてしまった。

 あまり興奮されても困るので、
「心配いりませんよ。確かに地下洞から、レイウルムへ向かおうとしているようですが、あと数年はかかりそうです。冒険者をかき集めても、好き好んで鉱夫をやる者はいないかと」

 砦はカモフラージュで、狙いは地下都市の資源狙い。
 そこにていよく集められた冒険者に、地下洞を掘らせるつもりだったようだが……。

「じゃ、じゃあ、この先は行き止まりですか?」
「そうだと思います。それに地下にも魔物がいますから、冒険者頼みなんじゃないですかね」
「そ、そうだったのですね。はぁ~……良かった」

 おれの言葉で大きく息を吐いて落ち着くデミリスたち。
 後ろの方にいるルティたちは、首を傾げる仕草を見せている。

 この先まで歩く意味はないので、戻ろうとした時だった。

『ウゥニャッ!! アック、耳を塞いで身を低くするのだ!』
 シーニャが耳をピンと立たせ、何かを感じ取ったらしい。

 シーニャの言葉通り、デミリスたちと一緒にその場に低くかがんだ。
 何かの衝撃音と、そこから起きた爆風がおれたちを襲う。

「はわわわわ~!? 大変です、大変ですよぉぉ!」
「ルティ、落ち着け!」
「せっかく作ったパンが埃まみれになっちゃいます~!!」

 そっち!?
 考えてみれば、ルティは火山渓谷出身だし驚かないか。

 デミリスとアクセリナは耳を塞いだまま、動けないようだ。
 そうして爆風が収まるのを待った。

 そこに、
『キャアァァァ! お、お助けください~!! どうか、どうか~』

 爆風が起きたとされる奥。
 そこから、灰色のフード付き外套を身に纏った女性が助けを求めて来た。

 普通は奥から人が戻って来るなどあり得ない。
 しかも、何か黒い影に守られているように見える。

 それに気付いたのは、おれとシーニャくらいか。
 気付きつつも、話を聞いてみることにする。

「どうしたんです? 何故こんな所に?」
「は、はい。わたくしは、薬師くすしとして砦に参りましたイルジナと申します……」
「イルジナさん、今の衝撃と爆風は何だったのです?」
「……奥に潜む魔物からわたくしを逃がすために、冒険者の皆様が火薬を投げてくれたのです。そ、そしたら、魔物と共に皆様も崩れた岩の下敷きに……うっ、うぅぅ……」

 確か奥にはキニエス・ベッツが行っていたはず。
 Aランクなら魔物はともかく、崩落から逃れられそうだが……。

 それにしても薬師か。
 フードで顔を隠していて見えないが、砦の薬師……何かあるな。

「話は聞かせてもらいました。オレは、デミリス。彼女はアクセリナ。もしよろしければ、オレたちがあなたを保護しますが?」
「あ、ありがとうございます。あなたたちはどこから?」
「どこからというわけではありませんが、レイウルムに行く予定なんですよ」
「……フフッ、そ、そうなのですね。お言葉に甘えたいのですが、ザーム共和国に戻らなければならないのです。地上までご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」

 デミリスとアクセリナは気付いていないか。
 レイウルムと聞いた一瞬に、雰囲気が変わったことに。

 狙いはレイウルムのようだが、そうすると地下洞の奥で始末したのは……。
 広域スキャンを、と思ったが薬師の気配が気になるのでやめておく。

 地上へ戻る時には、デミリスが先頭になった。
 どうやらここに来て剣士としての自覚が強まったらしい。

 薬師イルジナは、おれやシーニャに近づくことが無かった。
 おれかルティの気配にでも気付いたのか、デミリスの傍につきっきりだ。

「アック、どうするのだ?」

 シーニャがしきりに気にして声をかけて来る。
 目的がレイウルムなのは違い無さそうだが、地下洞での目的は恐らく。

 おれたちがこれ以上関わるのは、避けておくことにする。
 黒い気配ではあるが、敵と決まったわけではない。

 とにかく地上に出て、それからだ。
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