上 下
74 / 577
第七章:見えない戦い

74.船上の戦い 

しおりを挟む

「ウゥゥッ!! この人間たちは何なのだ!?」
「そんなことわらわにも分からないなの! でも、襲って来るから敵って分かるなの!!」

 おれとルティがレイウルム半島に漂着していた頃のことだ。
 王国行きの船上で、大変なことが起きていた。

 ルティは巨大なタコ、クラーケンを釣り上げてしまい、そのまま海に転落。
 その場に残されたシーフェルが、事なきを得たかと思われた。

 しかし、
「あ、あたしの魅了が効かないというの!? この姿になって力が弱いと思っていたのだけれど、そういうこと?」

 水棲怪物スキュラだった時の力を失っていた、現シーフェル王女。
 エドラから成り代わった彼女は、タコを制御出来ずにいた。

 そんな状況の中、タコを刺激したのが乗船していた冒険者パーティーだった。
 炎属性魔法を一斉に放ち、タコの動きを止めたかに思えたが……。

「王女様! ご無事ですか?」
「リエンス、あの人間たちは何をなさっているの?」
「ご安心ください。あの者たちは、ザーム共和国に向かう冒険者たちです。乗船していたので、僕が頼んだのです! 攻撃魔法を使う者たちですので、すぐにでも倒してくれるはずです」
「……それにしては人数が少ないわ」
「剣士たちはタコが弱り切るまで、待機しているそうです!」
「それもキナ臭いことですわね」
「――え?」

 シーフェルの疑いは、船室にあらわれる。
 剣士とは程遠い粗暴な男たちが、シーニャたちのいる船室を襲っていた。

「獣人が生意気にも船に乗ってやがんなぁ?」
「おまけに変わったガキもいるぜ。どうする? やっちゃうかぁ?」
「だな。テミドさんへのいい手土産になりそうだ」
「じゃあオレは、外で魔法ぶっ放してるラリーに知らせて――」
「おい、デミリス! ラリーにいちいち言うことでもねえだろ。獣人とガキはここで始末する! 黙っておけよ?」
「……わ、分かった」

 外にいる者と船室を襲っている男たちでは、明らかに素行が違うのか、連携が取れていないようだ。
 そんな連中を前にして、シーニャとフィーサは落ち着いている。

「むぅ~! アック以外の人間は、変なのしかいないのだ! シーニャがやっつけてやるのだ」
「中にはマシな人間も混じっているなの。でも、容赦なんてしないなの!」

 粗暴な男たちの中で剣を手にしているのは、デミリスと呼ばれている男だ。
 その他の男はダガーを片手に持ち、いつでも攻撃が出来るようにしている。

「……ま、そういうわけだ。獣人とガキには悪ぃが、ここで――」

 男のひとりがダガーの剣先を脅しに見せた時、

「「「ぐがあぁっ!?」」」

 複数の男たちの、声にならない叫び声が船室に響く。
 その場に残されているのは、剣を持つ男と脅しをかけた男だけだ。

「――な、何だ!? どうなってやが――ぐげっ!? ……く、くそがっ」
「ひ、ひぃぃ……」
「弱い人間だったのだ。一体何がしたかったのだ?」
「全くですの」
「コイツも倒すのだ?」
「見たところ、そんなに悪そうじゃないなの。手にした剣も、使われたことがないみたいなの」
「それなら、放っておくのだ。シーニャ、後で褒められるのだ!」

 粗暴な男たちはあっさりと、シーニャによって倒されていた。
 ただ一人の弱気な人間をのぞいて、船室を後にするシーニャたち。

 デミリスと呼ばれた男は、ただ一人、船室で呆然と立ち尽くすしか無かった。

「うぅ、助かった……これでレイウルムに帰れる……」

 ◇

『く、くそっ!! 頭足族には炎属性だけでは倒せないのかっ?』
『ラリーさん、そろそろ魔力が尽きます。デミリスは何をしているのですか!?』
『寄せ集めの義勇兵をまとめられないあいつでは、どうしようもなかったようだ……まずい、まずいぞ』

 クラーケンの動きを止めるだけが精一杯の魔道士たち。
 ラクルでパーティーを結成した剣士の加勢も無いまま、力尽きようとしている。

 巨大なタコにはレベル不明の強さも相まって、表面に僅かな焦げがついているだけ。
 3人の魔道士からは炎属性攻撃だけしか放っていないようで、致命傷を与えられないままだ。

「……やはりこのまま魔法を撃ち続けても、ジリ貧ですわね」
「そんな……」
「リエンス。あなたは王国の騎士なのではなくて? あの者たちに加勢するのは、いけないこと?」
「ぼ、僕は見習いの身。い、いえ、僕には戦う力は……」
「ふぅ……。どうしたものかしら」
「――アックさんやレティシアさんがいてくれたら……」
「あたしもそう思いますけれど、仕方のないことですわ。タコを片付けないことには、王国へもたどり着けないのですもの」

 クラーケンを従わせられなかった誤算。
 そしてアックの漂流。

 これには、さすがのシーフェルもお手上げである。
 どうしようもなく、魔道士の苦戦も見ることしか出来ない。

 そんな時だった。
 シーフェルとして何もやれることがないと、思わずめまいを覚えていると、

『ウガウゥゥッ!!』
 
 ロインクロスから、隠れようのない尻尾が見えた。
 そうかと思えば、その主からは強烈な一撃が入っていた。

「じゅ、獣人の……!? 王女様、彼女はアックさんと一緒にいた……」
「ええ、そうですわ。彼女の強さであれば、ある程度焦げついたタコにも、攻撃が届くでしょうね」
「そ、そして彼は剣士の……」
「ウフフ……隠れるばかりで出て来ないかと思っていましたけれど、宝剣に魅せられての行動なのかしらね。それにしてもあの方以外に言葉を伝えるなんて、意外でしたわ」

 シーニャの攻撃から遅れること数秒後。
 人化の宝剣フィーサと共に、剣先の鋭い両手剣を手にした剣士が姿を見せる。

 剣士デミリスは、自分自身の精神的緊張がほぐれたことで、意を決しやる気を出したようだ。
 宝剣の言葉を聞き入れ姿を見せたデミリスには、魔道士の面々も驚きを隠せない。

『デ、デミリス!? ひとりだけ……いや、誰だ? まぁいい、元Sランクの剣士がいれば何とかなる!』
『もう少し踏ん張りましょう!!』
『獣人の邪魔をすることなく、炎を出し尽くすんだ!』

 剣士の姿とシーニャの加勢によって、魔道士たちは残った魔力を放ち続ける。
 表面がやわらかく攻撃もままならないタコ。

 だが、何度も焦げをつけられ静止した状態だ。
 シーニャの爪により表面の皮も引き裂かれていくタコは、次第に弱まって行く。

『よしっ、デミリスに交代だ!』
『や、やってやる! ラリー、悪かったな』
『やる気を出しただけで十分だ』

 魔道士ラリーたちは後退し、剣士デミリスが前に出る。
 そして重厚そうな両手剣を振り下ろし、弱り切ったタコに突き刺した。

「ウニャ? 強い気配が消えて行くのだ」
「やっぱりそうだったなの。イスティさまに似た意志を強さを持つ剣士なら、何とかなると思っていたなの!」
「タコが海に落ちて行ったのだ~!」
「元々船を襲ったタコじゃなかったなの。倒せなくてもいいなの」

 フィーサの言葉通り、巨大なタコ、クラーケンは気配を弱めながら海へと沈んで行く。
 それを見たデミリスは、途端に腰を砕き、その場にへたり込んでしまった。

「はあぁぁ~……よ、よかった」
「ウニャ、お前人間のくせに強い」
「え? あ、ありがとう」
「シーニャのあるじと合うぞ。きっと合うぞ!」
「あ、あぁ……あるじがいるんだね?」
「シーニャ、お前を解放する。早く行け」

 弱っていたタコへの攻撃ではあったが、シーニャは人間である剣士を見直していた。
 同時に、あるじのアックと合いそうな気配を感じたようだ。

「リエンスはあの者たちに褒美を取らせなさい。あたくしは、この子たちと話をしますわ」
「はっ。かしこまりました」

 リエンスをデミリスたちの元に行かせたシーフェルは、シーニャたちと相対する。

「……その姿で、そのまま人間として生きるつもりがあるのなの?」
「どうかしらね。少なくとも、あたくしはあの方の傍に仕え続けるつもりがありますわ。スキュラを捨てただけで、そのまま王国の王女になる予定はありませんわ」
「今度は、人間に乗っ取られるようなことがないようにして欲しいなの」
「小娘に言われるまでもありませんわ」
「むっ! 妾はこう見えても900……」
「ウフフ……あたしはもっとですわよ? 口の利き方にお気を付けあそばせ」
「ムカつくなの~!!」

 フィーサとシーフェルの相性は最悪のまま、仲直りをしたようだ。

「ウニャ~アックに会いたいのだ~……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神とモフモフ(ドラゴン)と異世界転移

龍央
ファンタジー
高校生紺野陸はある日の登校中、車に轢かれそうな女の子を助ける。 え?助けた女の子が神様? しかもその神様に俺が助けられたの? 助かったのはいいけど、異世界に行く事になったって? これが話に聞く異世界転移ってやつなの? 異世界生活……なんとか、なるのかなあ……? なんとか異世界で生活してたら、今度は犬を助けたと思ったらドラゴン? 契約したらチート能力? 異世界で俺は何かをしたいとは思っていたけど、色々と盛り過ぎじゃないかな? ちょっと待って、このドラゴン凄いモフモフじゃない? 平凡で何となく生きていたモフモフ好きな学生が異世界転移でドラゴンや神様とあれやこれやしていくお話し。 基本シリアス少な目、モフモフ成分有りで書いていこうと思います。 女性キャラが多いため、様々なご指摘があったので念のため、タグに【ハーレム?】を追加致しました。 9/18よりエルフの出るお話になりましたのでタグにエルフを追加致しました。 1話2800文字~3500文字以内で投稿させていただきます。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載させて頂いております。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

箱庭のエリシオン ~ゲームの世界に転移したら美少女二人が迫ってくるんだが?~

ゆさま
ファンタジー
新作ゲームアプリをテストプレイしてみたら、突然ゲームの世界に転送されてしまった。チートも無くゲームの攻略をゆるく進めるつもりだったが、出会った二人の美少女にグイグイ迫られて… たまに見直して修正したり、挿絵を追加しています。 なろう、カクヨムにも投稿しています。

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

追放の破戒僧は女難から逃げられない

はにわ
ファンタジー
世界最大の力を持つドレーク帝国。 その帝国にある冒険者パーティー中でも、破竹の快進撃を続け、今や魔王を倒すことに最も期待が寄せられると言われる勇者パーティー『光の戦士達』。 そこに属する神官シュウは、ある日リーダーであり勇者として認定されているライルによって、パーティーからの追放を言い渡される。 神官として、そして勇者パーティーとしてそぐわぬ素行不良、近年顕著になっていく実力不足、そしてそんなシュウの存在がパーティーの不和の原因になっているというのが理由だが、実のところは勇者ライルがパーティー内で自分以外の男性であるシュウを追い払い、ハーレム状態にしたいというのもあった。 同じパーティーメンバーである婚約内定者のレーナも既にライルに取られており、誰一人として擁護してくれず失意のままにシュウはパーティーを去る。 シュウは教団に戻り、再び神官として生きて行こうとするが、そこでもシュウはパーティー追放の失態を詰られ、追い出されてしまう。 彼の年齢は20代後半。普通の仕事になら就けるだろうが、一般的には冒険者としては下り坂に入り始める頃で伸びしろは期待できない。 またも冒険者になるか?それとも・・・ 拠り所が無く、愕然とするシュウはだったが、ここで一つのことに気が付いた。 「・・・あれ?これで私はもう自由の身ということでは!?」 いい感じにプラス思考のシュウは、あらゆる柵から解き放たれ、自由の身になった事に気付いた。 そして以前から憧れていた田舎で今までの柵が一切ない状態でスローライフをしようと考えたのである。 しかし、そんなシュウの思惑を、彼を見ていた女達が許すことはなかった。 ※カクヨムでも掲載しています。 ※R18は保険です。多分

処理中です...