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幸せな日常 ◇◇美鈴視点
Girl’s talk(ゆりちゃんとふたたび・ぷらす)
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維月さんは、わたしの唐突に質問に目を瞬かせた。
「なんでそんなことを?」とわたしを見る目が語ってて、わたしは正直に、昨日ゆりちゃんに言われたことを話した。もちろん、ゆりちゃんに他意はなく、わたしもそうなのだけど、「ただなんとなく気になったから」と付け加えるのも忘れなかった。
「ああ、そういえば、美鈴はそういうとこがあるね」
と、維月さんは少しからからかうような色を笑みにのせた。
「そういうところ……って?」
わたしは首を傾げる。
「きっちりと線引きしてるところがあるな、と。排他的、というのではないよ。親しき仲にも礼儀あり、というのを守ってるって感じかな?」
たとえば、浅田さんに対してもそうだろう? と、維月さんは言う。
「線引きというと堅苦しいかもしれないけど、美鈴なりのケジメなんだと思ってたけど?」
「ケジメってほどのことでも……」
「うん、だからごく普通のことというか。普通の処世術だよ。美鈴は自然とそうしてる」
「…………」
できてるのかな?
自分では、ちゃんとできてる自信はないけど、「線引き」は必要かなと思って、気をつけるようにしている。最低限の、社会人的な常識というか。職場の上司や先輩に馴れ馴れしい口はきけないかなって。周りにつられて、つい狎れ合った態度や口調になってしまうことはあるけど、それもつきあいの一環で度を越さなければ大丈夫かなと思っている。
話し方は、とくに意識しているわけじゃない。
なんとなく今の話し方で落ち着いてしまった。
敬語というほどきちんとはしてなくて、謙譲語を用いた喋り方はしてない。どっちつかずの喋り方をしてるのかなって、妙に恥ずかしくなってしまった。
「なんだか中途半端な喋り方してるなって、言われるまであんまり気にしてなかったんですけど……変じゃないですか? 直した方が……いい、とか……」
「変じゃないよ」
維月さんは小さな笑みをこぼした。
気にし過ぎなわたしを笑って、けれどその笑みに嫌味な感じはなくて、慰めてくれるような優しさがある。維月さんの鷹揚な微笑みは、わたしをふんわりと包み込んでくれるみたい。
「だいたい、話し方のことだけど、美鈴に言われるまで気づかなかった。いや、気づいてはいたけど、直してほしいとか、そんな風に思ったことはないよ。美鈴が話しやすい話し方でいい」
むしろ俺の方から「敬語でなくてもいいよ」と言うべきだったかな、なんて維月さんは笑う。
維月さんはさりげなくわたしとの距離を縮めてきた。わたしと維月さんの間に置かれていたクッションを維月さんは反対側に置く。わたしもなんとなく体を維月さんの方に向けて、維月さんと顔を見合わせた。
ただ、それだけ。
何を言うでもなかったけれど、目と目があって、それだけで不思議と心が繋がり合ってる気がする。
維月さんは腕を伸ばし、ソファーの背もたれに腕を置いた。わたしの肩を抱くのではなく、わたしの肩にさがってる髪をつまんで弄る。すぐそばに維月さんの顔があって、吐息もかかりそうなくらい。それがじれったくて、落ち着かず、持っていたグラスをテーブルに置いて、維月さんの手から逃れた。
ゆりちゃんが手土産に買ってきてくれた夏の季節限定高原ビール六缶は、わたしと維月さんで二缶空けてしまった。残りは、維月さん用に取っておこう。それに明日は月曜だから、お酒も控えめにしておかなきゃ。
維月さんのマンションから通勤するのは、何度目になるかな、なんてことをぼんやり考えながら、再びソファーに背を預ける。
「美鈴は」
維月さんは笑みを湛えてわたしを見つめる。今度はちゃんとわたしの肩を抱いてくれた。
「前に、俺が"僕"と"俺"を使い分けてるのを感心してただろ?」
「そういえば、そうですね」
維月さんは職場にいる時とプライベートで一人称を替える。"私"という一人称も場合によっては使うはずだ。その器用さにつくづく感心している。社会人としては当然かもしれないけれど、ごく自然にできているのだから、きっともう癖みたいになってるんだろう。
「それを美鈴は変に思う?」
「ううん、そんなこと、全然!」
首を横に振って答える。維月さんのプライベートの顔を知ったのは浅田さんを含めた「飲み会」がきっかけで、その時はちょっと驚いたけれど、そんなものなのかなって自然に受け入れられた。変に思ったことなんて一度だってない!
「うん、だから、さっきも言ったけど、美鈴の話しやすい話し方をしてくれたらいいよ。俺も、変になんて思ってないから。それに、……――」
「……っ」
維月さんはわたしの耳に唇をあてて囁く。息がかかって、思わず肩がびくっとして、鳥肌が立ってしまった。維月さんの声が、ひどく甘い。
「美鈴は、――してる時、言葉、くだけてるからね」
「し、してる、時って……っ」
なっ、何をいきなり言いだすのかと思ったら!
赤面してるのが自分でも分かる。
してるって、何をなんて、訊けやしない。ましてや、体中が疼いて、今、それを求めてるなんて……っ。
けれど、察しのいい維月さんのことだ。きっとわたしの気持ちなんてお見通しだと思う。というか、そう仕向けてきてる……よね?
耳たぶを噛んだり息を吹きかけたりしてわたしを煽ってくるんだもの。
「あ、あのっ、明日は月曜日なんです、けどっ」
「うん」
維月さんの手は如才なく動いて、気づけば服の中にもぐりこんで、やわやわと肌をさすってくる。思わず体を捩っても、もちろん逃がしてはくれなくて。
「だから、あのっ」
「うん、だから、無理はさせない。……たぶん」
「たぶんって、も、もうっ、ん、ぅ……」
唇を塞がれて、文句も言えない。下唇を舐められて、途端に体の力が抜けてしまう。熱りは増すばかりで、もう抗いようがない。
「あ、あしたは、ちゃんと起こしてください……っ! 遅刻とか、いやですしっ」
「美鈴が二度寝をしなければね」
「……っ」
二度寝しちゃうほど疲れさせなければいいわけなんですけど!
なんていう反抗はできないほど、もうすっかり体中が熱く蕩けてきてる。
「美鈴の喘ぎ声、可愛いよ。……堪らない」
耳元で、そんな甘い言葉を囁く維月さんの方がずっとずっと堪らない!
「し、しらないっ、もう……っ」
どうなったって。
言葉も、気づけばくだけてきてて。
そして維月さんはまた笑う。ちょっぴり意地悪そうに。けれど、とても満足げに。
「なんでそんなことを?」とわたしを見る目が語ってて、わたしは正直に、昨日ゆりちゃんに言われたことを話した。もちろん、ゆりちゃんに他意はなく、わたしもそうなのだけど、「ただなんとなく気になったから」と付け加えるのも忘れなかった。
「ああ、そういえば、美鈴はそういうとこがあるね」
と、維月さんは少しからからかうような色を笑みにのせた。
「そういうところ……って?」
わたしは首を傾げる。
「きっちりと線引きしてるところがあるな、と。排他的、というのではないよ。親しき仲にも礼儀あり、というのを守ってるって感じかな?」
たとえば、浅田さんに対してもそうだろう? と、維月さんは言う。
「線引きというと堅苦しいかもしれないけど、美鈴なりのケジメなんだと思ってたけど?」
「ケジメってほどのことでも……」
「うん、だからごく普通のことというか。普通の処世術だよ。美鈴は自然とそうしてる」
「…………」
できてるのかな?
自分では、ちゃんとできてる自信はないけど、「線引き」は必要かなと思って、気をつけるようにしている。最低限の、社会人的な常識というか。職場の上司や先輩に馴れ馴れしい口はきけないかなって。周りにつられて、つい狎れ合った態度や口調になってしまうことはあるけど、それもつきあいの一環で度を越さなければ大丈夫かなと思っている。
話し方は、とくに意識しているわけじゃない。
なんとなく今の話し方で落ち着いてしまった。
敬語というほどきちんとはしてなくて、謙譲語を用いた喋り方はしてない。どっちつかずの喋り方をしてるのかなって、妙に恥ずかしくなってしまった。
「なんだか中途半端な喋り方してるなって、言われるまであんまり気にしてなかったんですけど……変じゃないですか? 直した方が……いい、とか……」
「変じゃないよ」
維月さんは小さな笑みをこぼした。
気にし過ぎなわたしを笑って、けれどその笑みに嫌味な感じはなくて、慰めてくれるような優しさがある。維月さんの鷹揚な微笑みは、わたしをふんわりと包み込んでくれるみたい。
「だいたい、話し方のことだけど、美鈴に言われるまで気づかなかった。いや、気づいてはいたけど、直してほしいとか、そんな風に思ったことはないよ。美鈴が話しやすい話し方でいい」
むしろ俺の方から「敬語でなくてもいいよ」と言うべきだったかな、なんて維月さんは笑う。
維月さんはさりげなくわたしとの距離を縮めてきた。わたしと維月さんの間に置かれていたクッションを維月さんは反対側に置く。わたしもなんとなく体を維月さんの方に向けて、維月さんと顔を見合わせた。
ただ、それだけ。
何を言うでもなかったけれど、目と目があって、それだけで不思議と心が繋がり合ってる気がする。
維月さんは腕を伸ばし、ソファーの背もたれに腕を置いた。わたしの肩を抱くのではなく、わたしの肩にさがってる髪をつまんで弄る。すぐそばに維月さんの顔があって、吐息もかかりそうなくらい。それがじれったくて、落ち着かず、持っていたグラスをテーブルに置いて、維月さんの手から逃れた。
ゆりちゃんが手土産に買ってきてくれた夏の季節限定高原ビール六缶は、わたしと維月さんで二缶空けてしまった。残りは、維月さん用に取っておこう。それに明日は月曜だから、お酒も控えめにしておかなきゃ。
維月さんのマンションから通勤するのは、何度目になるかな、なんてことをぼんやり考えながら、再びソファーに背を預ける。
「美鈴は」
維月さんは笑みを湛えてわたしを見つめる。今度はちゃんとわたしの肩を抱いてくれた。
「前に、俺が"僕"と"俺"を使い分けてるのを感心してただろ?」
「そういえば、そうですね」
維月さんは職場にいる時とプライベートで一人称を替える。"私"という一人称も場合によっては使うはずだ。その器用さにつくづく感心している。社会人としては当然かもしれないけれど、ごく自然にできているのだから、きっともう癖みたいになってるんだろう。
「それを美鈴は変に思う?」
「ううん、そんなこと、全然!」
首を横に振って答える。維月さんのプライベートの顔を知ったのは浅田さんを含めた「飲み会」がきっかけで、その時はちょっと驚いたけれど、そんなものなのかなって自然に受け入れられた。変に思ったことなんて一度だってない!
「うん、だから、さっきも言ったけど、美鈴の話しやすい話し方をしてくれたらいいよ。俺も、変になんて思ってないから。それに、……――」
「……っ」
維月さんはわたしの耳に唇をあてて囁く。息がかかって、思わず肩がびくっとして、鳥肌が立ってしまった。維月さんの声が、ひどく甘い。
「美鈴は、――してる時、言葉、くだけてるからね」
「し、してる、時って……っ」
なっ、何をいきなり言いだすのかと思ったら!
赤面してるのが自分でも分かる。
してるって、何をなんて、訊けやしない。ましてや、体中が疼いて、今、それを求めてるなんて……っ。
けれど、察しのいい維月さんのことだ。きっとわたしの気持ちなんてお見通しだと思う。というか、そう仕向けてきてる……よね?
耳たぶを噛んだり息を吹きかけたりしてわたしを煽ってくるんだもの。
「あ、あのっ、明日は月曜日なんです、けどっ」
「うん」
維月さんの手は如才なく動いて、気づけば服の中にもぐりこんで、やわやわと肌をさすってくる。思わず体を捩っても、もちろん逃がしてはくれなくて。
「だから、あのっ」
「うん、だから、無理はさせない。……たぶん」
「たぶんって、も、もうっ、ん、ぅ……」
唇を塞がれて、文句も言えない。下唇を舐められて、途端に体の力が抜けてしまう。熱りは増すばかりで、もう抗いようがない。
「あ、あしたは、ちゃんと起こしてください……っ! 遅刻とか、いやですしっ」
「美鈴が二度寝をしなければね」
「……っ」
二度寝しちゃうほど疲れさせなければいいわけなんですけど!
なんていう反抗はできないほど、もうすっかり体中が熱く蕩けてきてる。
「美鈴の喘ぎ声、可愛いよ。……堪らない」
耳元で、そんな甘い言葉を囁く維月さんの方がずっとずっと堪らない!
「し、しらないっ、もう……っ」
どうなったって。
言葉も、気づけばくだけてきてて。
そして維月さんはまた笑う。ちょっぴり意地悪そうに。けれど、とても満足げに。
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