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幸せな日常 ◇◇美鈴視点
みちしるべ 1
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週始めの月曜、母から電話があった。
タイミングをはかったかのように、うちに帰って来たとたん、携帯電話が鳴った。
用事らしい用事はなく、最近仕事はどうなのか、元気でいるのか、たまには顔を見せなさいなど、多少小言めいてはいたけれど、わたしを心配してるらしいことは、声の調子で窺えた。
とりあえず元気でいること、そのうち帰ることを伝えて、長々とは話さず通話を断った。
実家は、いま住んでいるアパートからそんなに遠くない。帰ろうと思えばいつだって帰れる。
そもそも一人暮らしをするのもはじめは反対されていたくらいだ。今の職場は実家からも通える距離。だけど交通の便が悪く時間がかかるからと、半ば強引に、反対を押し切って家を出た。結果的には両親も認めてくれ、引っ越しの時にはそれなりに手伝ってもらったし、金銭の方も少し援助してもらった。
にもかかわらず、実家にはあまり帰ってない。そういえば、かれこれ半年は戻ってないかもしれない。
こうして電話がかかってきた以上無視はできない。気は重いけれど、近々実家に帰らなくちゃ。
平日……仕事帰りにでも立ち寄ろうかな。できれば長居はしたくないし……。
ぼんやりと思考を巡らせる。何度となくため息がこぼれた。
不意に、窓の外に目を向けた。
日はとうに落ち、夕照の名残もほとんど消えている。
群青の夜闇を背面にしたガラス窓には、途方に暮れたようなわたしの顔が映っていた。
* * *
その翌日のことだった。夜、維月さんから電話がかかってきた。
「週末、買い物に付き合ってくれない?」
維月さんからデートのお誘い自体は珍しくない。けれどショッピングのお誘いは珍しい……気がした。どうやら欲しい物があり、行きたいお店があるらしい。
わたしはもちろんオッケーと二つ返事。お買い物のお誘いはとても嬉しかった。
週末の予定はまだ空白だったし、それを維月さんが埋めてくれたのが、何よりも嬉しい。沈みかかってた気分が一気に上昇した。我ながら、ゲンキンだなって思う。
「ちょっと遠出になるけど、いい?」
わたしが了承すると分かっててのお誘いだったようだけど、維月さんは少し遠慮がちに尋ねてきた。どのあたりまで行くのか聞き返すと、車で一時間半ほどはかかるとのこと。
維月さんがドライブがてら買い物に出かけたいというその場所は、郊外にあるアウトレットモールだった。
そして土曜日。ドライブ日和の快晴だった。
維月さんは朝の九時に、いつものようにわたしのアパートまで迎えに来てくれた。
維月さんの車の助手席に座るのは何度目だろうかと数えることもなくなった。デートの時は大抵車での移動だから。電車を利用することもたまにはあるけど、あまり使わない。もしかして会社の人とばったり会ってしまうと困るのだ。なぜなら、わたしと維月さんは未だに「秘密の社内恋愛」をしているからだ。
隠す必要なんて本当はないのだけど、できれば内緒のままでいたい。気恥ずかしさもあるし、冷やかされたりするかもしれないと思うと、なんというのかちょっと億劫で……。それに維月さんに迷惑がかかってしまうかもしれないのも嫌だから。
それはわたしの勝手な我儘なのだけど、維月さんはわたしの気持ちを尊重してくれ、協力してくれる。
そういう理由もあって、二人でお出かけするときは、大抵維月さんが車を出してくれる。申し訳ないなって思うのだけど、維月さんは車の運転は好きだしまったく苦にならないから気にしないでと言ってくれた。
車を走らせてからすぐに、維月さんが訊いてきた。
「美鈴は山道、平気? そんなに曲がりくねった山奥の道を走るわけじゃないけど」
そこそこ長距離のドライブだけど、高速道路は使わないみたい。
「平気です。車酔いはあまりしない性質ですから。それに維月さんの運転、すごく安心できますもん」
わたしの返事に維月さんはホッとしたような笑みを浮かべた。
ドライブはとても快適だった。街を抜けて、郊外へ。どんどん山へ近づいていく。もともとわたし達の住んでいる街は山地に囲まれた狭い平地で、山は近い。とはいえいつもは遠くに眺めているだけの山がどんどん近付いて、それだけでもう旅行気分に浸れた。
維月さんは走り慣れた道を安全運転で行く。長閑そうな山の麓のドライブは、運転してる維月さんも楽しそうだった。
「まだ紅葉には早いな」
「でも山の景色、すっごく綺麗ですね! さっき通り過ぎたT字路の角にあった大きなイチョウ、見事に黄色に染まってましたし!」
ついついはしゃいだ声をあげてしまう。
両側を急峻な山に挟まれた川に沿って走る道は、前後左右、どこもかしこも景観が素晴らしくて、何度も感嘆の声を上げた。まだ十月半ば、紅葉にはたしかに早いけれど、木々は秋色に染まりつつあったし、山と山の間に覗く青空の美しさは格別だった。
暦の上ではもう秋だけど、日差しのおかげか温かく、車内は半袖でもいいくらい。
それでも目的地が丘陵地ってこともあって、一応長袖の羽織りものは持ってきておいた。
「標高はそんなに高いとこじゃないからそう寒いってことはないと思うよ」
と言う維月さんも、一応ジャケットを車の後部座席に置いていた。
「アウトレットモール、行くの初めてなんです。前から行きたいなって思ってたからすごく楽しみ!けど、やっぱりかなり混雑してるかな……」
「三連休明けての土曜日だから、混み具合は多少マシだと思うけど」
維月さんはハンドルを握り、目線は前に向けたまま、わたしの話を聞いて、応えてくれる。
訊くと、維月さんはそのアウトレットモールには二度行ったことがあるらしい。どちらも母親と妹の「足」として「連行された」とのことだ。
「母親の実家が近いってこともあって、半強制的に連れていかれたというか足にされたというか。オープン当初だったからそれはもう酷い目にあったよ」
と、維月さんは苦々しく笑った。
アウトレットモールの現場まで行くまでの道のりもひどい渋滞で、さらに駐車場に入るまでに一時間はゆうにかかったとため息まじりに語った。
これといったレジャー施設もなかったところに新しくできたアウトレットモールは、当時はそれなりに話題になり、あちこちから買い物客が押し寄せたみたい。観光バスも列を成してやってきたというから相当なものだったろう。
わたしもレジャー雑誌だけじゃなくファッション誌でもそのアウトレットモールの名は見かけて、知っていた。たしか十年くらい前にオープンした……はず。
「オープンしたのは七年前だね。オープンしてから一ヶ月後に行ったんだよ。二度目は三年前。その時はだいぶマシになって、まぁ、かなり混雑してたけど、駐車場に入るのに一時間待ちってことはなかったから」
二度目は妹さんと二人で行ったらしい。
維月さんは、妹さんと仲がいい。最近では会う頻度も減ったらしいけど、以前はよく二人でお出かけしてたみたい。維月さんは「足に使われてるだけだ」なんて言うけど、つきあってあげられるんだから、やっぱり仲良しなんだなと思う。わたしはまだ妹さんにはお会いしたことがないけれど、たまたまタイミングが合わないだけで避けられてるわけではない……らしい。
妹さん曰く維月さんは「シスコン」なんだそうで、妹さんも「ブラコン」を自覚しているらしい。維月さんは苦笑して「それほどじゃない」と言うけど、強く否定もしない。だから、もしかしたら維月さんも、わたしと妹さんを合わせるタイミングを計るのを難しいと思ってるのかもしれない。
お兄さんご夫婦とは何度か面識がある。ご両親とは、……まだ。
維月さんはご両親とマメに連絡を取り合ってるようだし、兄妹とだけじゃなくご両親とも仲がいい。ご兄妹三人ともそれぞれ県内ではあるけど実家を出ている。三人とも学生時代から一人暮らしをしているとのことだ。けど、放任されてるってわけでもなくて、実家には時々帰ったりしてて、程良い距離感が家族間で保たれているんだろう。……うちとは、ううん……わたしとは大違いだなって思う。
わたしときたら、未だに両親とも姉ともうまくつきあえないでいる。嫁いだ姉とはたまにメールのやりとりはしてるけど、一歳になった甥っ子の顔もまだ二度しか見に行ってない。
母は、姉からわたしの近況を聞いているようだった。だからいまわたしに「お付き合い」している男性がいるということは知っている。
家族と、いつまでもこんな状態でいるのはよくないって頭では分かってる。もう思春期の子どもじゃない。避け続けてないでちゃんと関係修復しなくちゃって。――だけど、どうすればいいのか分からない。
車が停まった。前に目をやると、信号がちょうど赤に変わったところだった。
「――美鈴?」
維月さんがわたしの様子を窺ってきた。
うっかりぼうっとして黙りこんでいたわたしを心配そうに見つめてくる。「どうかした?」と問う維月さんに、わたしは慌てて笑顔を向け返した。
「あ、その、ちょっと考え事してて。アウトレット、サイトでお店のチェックをしておいたんですけど、気になるお店がたくさんあって、それでなんだかすごく散財しちゃいそうな予感がして、お財布の紐締めておかなくっちゃとか、ランチは何が良いかなぁとか……」
楽しみすぎてついぼうっとしてしまったのだと、笑ってごまかした。つくり笑いはどうしてもぎこちなく、維月さんはもしかしたら何か感ずるところがあったかもしれない。一瞬何か言いたげに口唇が僅かに開いたけれど、信号が青に変わり、維月さんの視線はまた前へと戻された。
いけない。どうしてこんなこと考えちゃうんだろう。せっかく維月さんとお出かけなのに。しかも目的地は行ってみたかったアウトレットモールなのに。
左手で、こっそりと自分の頬を軽く抓った。気持ちを切り替えなきゃ。
せっかくのショッピングデート。維月さんと一緒に、おもいきり楽しみたいもの!
「あ、そうだ、維月さん」
「うん?」
「今日のランチはわたしの奢りで! お勧めのお店とか行きたいお店とかあったら教えてくださいね」
「うん、じゃぁ遠慮なくごちそうになるよ。ランチは向こうで決めよう。ああでも、ラーメンとかうどんとか麺類系が多めだった気がするな。昼からラーメンとかうどんとかでも美鈴は平気?」
「平気です。あ、そういえばカレーうどんで有名なお店が入ってたような。うーん、なんだかカレーうどんが食べたい気持ちになってきたかも。って、そういう時に限って白い服を着てきちゃうなんて、もうっ!」
「ははは。そりゃ食べる時タイヘンだ。たしか紙エプロンサービスしてくれるんじゃなかったかな」
「それでもかなり気をつけないと飛ぶんですよね、隙間を縫って。……うーん、でもやっぱり食べたくなってきた」
「じゃぁ昼はカレーうどんにしようか。スープ飛ばさないチャレンジってことで」
「ですね!」
そんな他愛ない話を交わしているうちに、目的地はもう目前となっていた。
タイミングをはかったかのように、うちに帰って来たとたん、携帯電話が鳴った。
用事らしい用事はなく、最近仕事はどうなのか、元気でいるのか、たまには顔を見せなさいなど、多少小言めいてはいたけれど、わたしを心配してるらしいことは、声の調子で窺えた。
とりあえず元気でいること、そのうち帰ることを伝えて、長々とは話さず通話を断った。
実家は、いま住んでいるアパートからそんなに遠くない。帰ろうと思えばいつだって帰れる。
そもそも一人暮らしをするのもはじめは反対されていたくらいだ。今の職場は実家からも通える距離。だけど交通の便が悪く時間がかかるからと、半ば強引に、反対を押し切って家を出た。結果的には両親も認めてくれ、引っ越しの時にはそれなりに手伝ってもらったし、金銭の方も少し援助してもらった。
にもかかわらず、実家にはあまり帰ってない。そういえば、かれこれ半年は戻ってないかもしれない。
こうして電話がかかってきた以上無視はできない。気は重いけれど、近々実家に帰らなくちゃ。
平日……仕事帰りにでも立ち寄ろうかな。できれば長居はしたくないし……。
ぼんやりと思考を巡らせる。何度となくため息がこぼれた。
不意に、窓の外に目を向けた。
日はとうに落ち、夕照の名残もほとんど消えている。
群青の夜闇を背面にしたガラス窓には、途方に暮れたようなわたしの顔が映っていた。
* * *
その翌日のことだった。夜、維月さんから電話がかかってきた。
「週末、買い物に付き合ってくれない?」
維月さんからデートのお誘い自体は珍しくない。けれどショッピングのお誘いは珍しい……気がした。どうやら欲しい物があり、行きたいお店があるらしい。
わたしはもちろんオッケーと二つ返事。お買い物のお誘いはとても嬉しかった。
週末の予定はまだ空白だったし、それを維月さんが埋めてくれたのが、何よりも嬉しい。沈みかかってた気分が一気に上昇した。我ながら、ゲンキンだなって思う。
「ちょっと遠出になるけど、いい?」
わたしが了承すると分かっててのお誘いだったようだけど、維月さんは少し遠慮がちに尋ねてきた。どのあたりまで行くのか聞き返すと、車で一時間半ほどはかかるとのこと。
維月さんがドライブがてら買い物に出かけたいというその場所は、郊外にあるアウトレットモールだった。
そして土曜日。ドライブ日和の快晴だった。
維月さんは朝の九時に、いつものようにわたしのアパートまで迎えに来てくれた。
維月さんの車の助手席に座るのは何度目だろうかと数えることもなくなった。デートの時は大抵車での移動だから。電車を利用することもたまにはあるけど、あまり使わない。もしかして会社の人とばったり会ってしまうと困るのだ。なぜなら、わたしと維月さんは未だに「秘密の社内恋愛」をしているからだ。
隠す必要なんて本当はないのだけど、できれば内緒のままでいたい。気恥ずかしさもあるし、冷やかされたりするかもしれないと思うと、なんというのかちょっと億劫で……。それに維月さんに迷惑がかかってしまうかもしれないのも嫌だから。
それはわたしの勝手な我儘なのだけど、維月さんはわたしの気持ちを尊重してくれ、協力してくれる。
そういう理由もあって、二人でお出かけするときは、大抵維月さんが車を出してくれる。申し訳ないなって思うのだけど、維月さんは車の運転は好きだしまったく苦にならないから気にしないでと言ってくれた。
車を走らせてからすぐに、維月さんが訊いてきた。
「美鈴は山道、平気? そんなに曲がりくねった山奥の道を走るわけじゃないけど」
そこそこ長距離のドライブだけど、高速道路は使わないみたい。
「平気です。車酔いはあまりしない性質ですから。それに維月さんの運転、すごく安心できますもん」
わたしの返事に維月さんはホッとしたような笑みを浮かべた。
ドライブはとても快適だった。街を抜けて、郊外へ。どんどん山へ近づいていく。もともとわたし達の住んでいる街は山地に囲まれた狭い平地で、山は近い。とはいえいつもは遠くに眺めているだけの山がどんどん近付いて、それだけでもう旅行気分に浸れた。
維月さんは走り慣れた道を安全運転で行く。長閑そうな山の麓のドライブは、運転してる維月さんも楽しそうだった。
「まだ紅葉には早いな」
「でも山の景色、すっごく綺麗ですね! さっき通り過ぎたT字路の角にあった大きなイチョウ、見事に黄色に染まってましたし!」
ついついはしゃいだ声をあげてしまう。
両側を急峻な山に挟まれた川に沿って走る道は、前後左右、どこもかしこも景観が素晴らしくて、何度も感嘆の声を上げた。まだ十月半ば、紅葉にはたしかに早いけれど、木々は秋色に染まりつつあったし、山と山の間に覗く青空の美しさは格別だった。
暦の上ではもう秋だけど、日差しのおかげか温かく、車内は半袖でもいいくらい。
それでも目的地が丘陵地ってこともあって、一応長袖の羽織りものは持ってきておいた。
「標高はそんなに高いとこじゃないからそう寒いってことはないと思うよ」
と言う維月さんも、一応ジャケットを車の後部座席に置いていた。
「アウトレットモール、行くの初めてなんです。前から行きたいなって思ってたからすごく楽しみ!けど、やっぱりかなり混雑してるかな……」
「三連休明けての土曜日だから、混み具合は多少マシだと思うけど」
維月さんはハンドルを握り、目線は前に向けたまま、わたしの話を聞いて、応えてくれる。
訊くと、維月さんはそのアウトレットモールには二度行ったことがあるらしい。どちらも母親と妹の「足」として「連行された」とのことだ。
「母親の実家が近いってこともあって、半強制的に連れていかれたというか足にされたというか。オープン当初だったからそれはもう酷い目にあったよ」
と、維月さんは苦々しく笑った。
アウトレットモールの現場まで行くまでの道のりもひどい渋滞で、さらに駐車場に入るまでに一時間はゆうにかかったとため息まじりに語った。
これといったレジャー施設もなかったところに新しくできたアウトレットモールは、当時はそれなりに話題になり、あちこちから買い物客が押し寄せたみたい。観光バスも列を成してやってきたというから相当なものだったろう。
わたしもレジャー雑誌だけじゃなくファッション誌でもそのアウトレットモールの名は見かけて、知っていた。たしか十年くらい前にオープンした……はず。
「オープンしたのは七年前だね。オープンしてから一ヶ月後に行ったんだよ。二度目は三年前。その時はだいぶマシになって、まぁ、かなり混雑してたけど、駐車場に入るのに一時間待ちってことはなかったから」
二度目は妹さんと二人で行ったらしい。
維月さんは、妹さんと仲がいい。最近では会う頻度も減ったらしいけど、以前はよく二人でお出かけしてたみたい。維月さんは「足に使われてるだけだ」なんて言うけど、つきあってあげられるんだから、やっぱり仲良しなんだなと思う。わたしはまだ妹さんにはお会いしたことがないけれど、たまたまタイミングが合わないだけで避けられてるわけではない……らしい。
妹さん曰く維月さんは「シスコン」なんだそうで、妹さんも「ブラコン」を自覚しているらしい。維月さんは苦笑して「それほどじゃない」と言うけど、強く否定もしない。だから、もしかしたら維月さんも、わたしと妹さんを合わせるタイミングを計るのを難しいと思ってるのかもしれない。
お兄さんご夫婦とは何度か面識がある。ご両親とは、……まだ。
維月さんはご両親とマメに連絡を取り合ってるようだし、兄妹とだけじゃなくご両親とも仲がいい。ご兄妹三人ともそれぞれ県内ではあるけど実家を出ている。三人とも学生時代から一人暮らしをしているとのことだ。けど、放任されてるってわけでもなくて、実家には時々帰ったりしてて、程良い距離感が家族間で保たれているんだろう。……うちとは、ううん……わたしとは大違いだなって思う。
わたしときたら、未だに両親とも姉ともうまくつきあえないでいる。嫁いだ姉とはたまにメールのやりとりはしてるけど、一歳になった甥っ子の顔もまだ二度しか見に行ってない。
母は、姉からわたしの近況を聞いているようだった。だからいまわたしに「お付き合い」している男性がいるということは知っている。
家族と、いつまでもこんな状態でいるのはよくないって頭では分かってる。もう思春期の子どもじゃない。避け続けてないでちゃんと関係修復しなくちゃって。――だけど、どうすればいいのか分からない。
車が停まった。前に目をやると、信号がちょうど赤に変わったところだった。
「――美鈴?」
維月さんがわたしの様子を窺ってきた。
うっかりぼうっとして黙りこんでいたわたしを心配そうに見つめてくる。「どうかした?」と問う維月さんに、わたしは慌てて笑顔を向け返した。
「あ、その、ちょっと考え事してて。アウトレット、サイトでお店のチェックをしておいたんですけど、気になるお店がたくさんあって、それでなんだかすごく散財しちゃいそうな予感がして、お財布の紐締めておかなくっちゃとか、ランチは何が良いかなぁとか……」
楽しみすぎてついぼうっとしてしまったのだと、笑ってごまかした。つくり笑いはどうしてもぎこちなく、維月さんはもしかしたら何か感ずるところがあったかもしれない。一瞬何か言いたげに口唇が僅かに開いたけれど、信号が青に変わり、維月さんの視線はまた前へと戻された。
いけない。どうしてこんなこと考えちゃうんだろう。せっかく維月さんとお出かけなのに。しかも目的地は行ってみたかったアウトレットモールなのに。
左手で、こっそりと自分の頬を軽く抓った。気持ちを切り替えなきゃ。
せっかくのショッピングデート。維月さんと一緒に、おもいきり楽しみたいもの!
「あ、そうだ、維月さん」
「うん?」
「今日のランチはわたしの奢りで! お勧めのお店とか行きたいお店とかあったら教えてくださいね」
「うん、じゃぁ遠慮なくごちそうになるよ。ランチは向こうで決めよう。ああでも、ラーメンとかうどんとか麺類系が多めだった気がするな。昼からラーメンとかうどんとかでも美鈴は平気?」
「平気です。あ、そういえばカレーうどんで有名なお店が入ってたような。うーん、なんだかカレーうどんが食べたい気持ちになってきたかも。って、そういう時に限って白い服を着てきちゃうなんて、もうっ!」
「ははは。そりゃ食べる時タイヘンだ。たしか紙エプロンサービスしてくれるんじゃなかったかな」
「それでもかなり気をつけないと飛ぶんですよね、隙間を縫って。……うーん、でもやっぱり食べたくなってきた」
「じゃぁ昼はカレーうどんにしようか。スープ飛ばさないチャレンジってことで」
「ですね!」
そんな他愛ない話を交わしているうちに、目的地はもう目前となっていた。
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