28 / 47
ムンババ大使
しおりを挟むスノウは体裁を整えるべく、客室でゆっくり話をしましょうとムンババ様を誘導する。
「これは、夫人を虐待しているという事で間違いないようだな」
「何を、とんでもない!そんな事あるはずないでしょう」
スノウがいくら否定しても状況を見れば一目瞭然だ。
「夫人にこのような部屋を与え、庶民が着る物よりもなお粗末な衣服をまとわせている。食事もろくに与えていなかったのではないのか?」
「そのような……事は」
スノウが首を垂れる。
その姿をムンババ様は冷ややかな目で見つめ、厳しい態度で言い捨てる。
「貴殿の目は節穴か」
スノウは悔しそうに眉をひそめる。
今まさに見ているというのに、その物の本質がまるで見抜けていない。
彼は貴族の長子として大事に育てられた人間だ。単細胞で人の事をすぐに信用してしまい、先の見通しが甘く、人の根底に潜む真実を見抜けない。
公爵家の当主として人の上に立ちリーダーシップを取り、まとめられる器が彼にはなかった。
『アイリス、君の侍女のマリーから事情は聴いている。私は君を助けに来た。この屋敷から一刻も早く連れだせる方法を王太子殿下と共に考えた。私の指示に従ってほしい』
スノウにはカーレン語は理解できないだろう。私はムンババ大使に頷いて見せた。
けれど、まさか王太子殿下にまで話が伝わっていたとは思わなかった。
マリーはいったいどうやったのかしら。
あの時マリーはジョンの所へ避難したと思った。ジョンはマリーから事情を聴いたと言っていた。その後ムンババ大使の所にもいったのかしら、凄まじい行動力だわ。
彼女の卓越した手腕に驚かされる。
「ア、アイリス。私はムンババ大使を客室に案内する。用意を整えて後から来るように。君のお気に入りの侍女がいただろう。彼女に手伝わせよう」
スノウはそれでも屋敷の主人の体を必死に保つように私に声をかけた。
「マリーの事でしょうか?彼女ならとっくにメイド長に首にされましたけど」
皮肉な微笑を彼に向け、背筋を伸ばし顎を上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
元いた夫人の部屋へ帰って来た。
清掃はされているようだったがカーテンが引かれ薄暗いままだった。
複数の侍女たちが部屋へ入ってくるとカーテンを開けて、クローゼットから一番見栄えするドレスを出した。
湯浴みを急いでさせられた。
侍女たちは無言で手早く準備を手伝った。彼女たちは私が動く度に怯えたように体を縮こませる。
まるで私が虐めているようだわと思い、声をかけた。
「大丈夫よ、きっと旦那様はあなた達を斬首刑にまではしないと思うわ。田舎の御両親にまで被害が及ばないといいけど」
私の言った意味を理解したらしい一人のメイドが、タオルを持ったまま後ろ向きに卒倒した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
客室ではかなり大きな声で話し合いがされていた。
ドアをノックし中に入っていったが話し合いは白熱していて、私の入室にさえ気が付かない程だった。
「ですから、私は彼女がこういう状態だったという事は知らなかった。屋敷の使用人たちに任せていたが故の過ちだった。彼女は王太子殿下の婚約者だったのだから、私との婚姻は望まぬものだったと分かっていたから、気を遣っていたために屋敷の使用人達との間に齟齬が生まれたのだ。彼女は王命で結婚した私の妻である事に相違はない。ムンババ大使が中に入ってくる問題ではないだろう」
「いや、違う。彼女は話し合う機会を作って欲しいと何度も願い出たはずだ」
「なぜ、関係のないあなたがそんな事に口を挟むのですか、家の中、公爵家の問題なのです貴方にとやかく言われる筋合いはない」
側に控えるマルスタンは首を左右に振った。
何か言いたいことがあるようだ。
「申し上げにくいのですが、私共は奥様の奇行に手を焼いておりました。私共では制御できず。致し方なくこういう事になってしまったのです」
マルスタンはまるで自分が正論を言っているかのように話し始める。
後ろにいたメイド長までもが話に入ってくる。
「そうです。奥様は心を病んでいらっしゃったようです。夢遊病のように夜中に部屋から出られ屋敷内をうろつかれます」
彼らは自分たちの都合のいいように話を作るだろう。まぁ分かってはいたけど。
これではらちが明かない。
「マルスタン、私の奇行とはどういうものなのでしょうか。言った言わないの話になるので、起こった事実だけを報告しなさい。そして、私が何故そういう行動に出たのか、自ら理由を説明します。全てに、ちゃんとした答えがあるわ。けれどね、まずはムンババ様にこの問題にかかわって頂き、多大な心配をかけてしまった事に対して謝罪しなければなりません。大使には大変感謝している事は伝えたいと思います。なぜなら、彼がこの屋敷に来て下さらなければ、私への虐待は続いていたでしょうから」
私はできるだけ威厳を持たせて言葉を発する。これも王妃教育で培った物だった。
マルスタンは私を睨んだ。そして聞こえるか聞こえないかの小さな声で「よその国の大使にまで色目を使うとは」と呟いた。
「言葉を慎みなさい。彼はカーレン国の大使であられます。我が国の者として失礼があってはなりません」
「マルスタンいい加減しろ、立場をわきまえろ!」
スノウが声を荒げ執事に注意する。
どの口が言ってるのかしら。自身の言動は棚に上げるスノウの言葉にあきれ返ってしまった。
その時、扉をどんどんと大きく叩いて家令が焦って入ってきた。
「旦那様、お客様がみえられました。侯爵様が、ハミルトン侯爵がお見えです」
「え、お父様が?!」
私は、驚き淑女とは思えない声をあげてしまった。
644
お気に入りに追加
6,268
あなたにおすすめの小説
私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます
神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。
【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。
だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。
「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」
マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。
(そう。そんなに彼女が良かったの)
長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。
何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。
(私は都合のいい道具なの?)
絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。
侍女達が話していたのはここだろうか?
店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。
コッペリアが正直に全て話すと、
「今のあんたにぴったりの物がある」
渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。
「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」
そこで老婆は言葉を切った。
「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」
コッペリアは深く頷いた。
薬を飲んだコッペリアは眠りについた。
そして――。
アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。
「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」
※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)
(2023.2.3)
ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000
※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)
利用されるだけの人生に、さよならを。
ふまさ
恋愛
公爵令嬢のアラーナは、婚約者である第一王子のエイベルと、実妹のアヴリルの不貞行為を目撃してしまう。けれど二人は悪びれるどころか、平然としている。どころか二人の仲は、アラーナの両親も承知していた。
アラーナの努力は、全てアヴリルのためだった。それを理解してしまったアラーナは、糸が切れたように、頑張れなくなってしまう。でも、頑張れないアラーナに、居場所はない。
アラーナは自害を決意し、実行する。だが、それを知った家族の反応は、残酷なものだった。
──しかし。
運命の歯車は確実に、ゆっくりと、狂っていく。
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
生まれたときから今日まで無かったことにしてください。
はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。
物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。
週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。
当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。
家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。
でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。
家族の中心は姉だから。
決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。
…………
処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。
本編完結。
番外編数話続きます。
続編(2章)
『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。
そちらもよろしくお願いします。
(完)愛人を作るのは当たり前でしょう?僕は家庭を壊したいわけじゃない。
青空一夏
恋愛
私は、デラックス公爵の次男だ。隣国の王家の血筋もこの国の王家の血筋も、入ったサラブレッドだ。
今は豪商の娘と結婚し、とても大事にされていた。
妻がめでたく懐妊したので、私は妻に言った。
「夜伽女を3人でいいから、用意してくれ!」妻は驚いて言った。「離婚したいのですね・・・・・・わかりました・・・」
え? なぜ、そうなる? そんな重い話じゃないよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる