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ムンババ大使

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スノウは体裁を整えるべく、客室でゆっくり話をしましょうとムンババ様を誘導する。

「これは、夫人を虐待しているという事で間違いないようだな」

「何を、とんでもない!そんな事あるはずないでしょう」

スノウがいくら否定しても状況を見れば一目瞭然だ。

「夫人にこのような部屋を与え、庶民が着る物よりもなお粗末な衣服をまとわせている。食事もろくに与えていなかったのではないのか?」

「そのような……事は」

スノウが首を垂れる。

その姿をムンババ様は冷ややかな目で見つめ、厳しい態度で言い捨てる。

「貴殿の目は節穴か」

スノウは悔しそうに眉をひそめる。
今まさに見ているというのに、その物の本質がまるで見抜けていない。
彼は貴族の長子として大事に育てられた人間だ。単細胞で人の事をすぐに信用してしまい、先の見通しが甘く、人の根底に潜む真実を見抜けない。

公爵家の当主として人の上に立ちリーダーシップを取り、まとめられる器が彼にはなかった。



『アイリス、君の侍女のマリーから事情は聴いている。私は君を助けに来た。この屋敷から一刻も早く連れだせる方法を王太子殿下と共に考えた。私の指示に従ってほしい』


スノウにはカーレン語は理解できないだろう。私はムンババ大使に頷いて見せた。

けれど、まさか王太子殿下にまで話が伝わっていたとは思わなかった。
マリーはいったいどうやったのかしら。


あの時マリーはジョンの所へ避難したと思った。ジョンはマリーから事情を聴いたと言っていた。その後ムンババ大使の所にもいったのかしら、凄まじい行動力だわ。

彼女の卓越した手腕に驚かされる。


「ア、アイリス。私はムンババ大使を客室に案内する。用意を整えて後から来るように。君のお気に入りの侍女がいただろう。彼女に手伝わせよう」

スノウはそれでも屋敷の主人の体を必死に保つように私に声をかけた。

「マリーの事でしょうか?彼女ならとっくにメイド長に首にされましたけど」

皮肉な微笑を彼に向け、背筋を伸ばし顎を上げた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

元いた夫人の部屋へ帰って来た。
清掃はされているようだったがカーテンが引かれ薄暗いままだった。
複数の侍女たちが部屋へ入ってくるとカーテンを開けて、クローゼットから一番見栄えするドレスを出した。

湯浴みを急いでさせられた。
侍女たちは無言で手早く準備を手伝った。彼女たちは私が動く度に怯えたように体を縮こませる。
まるで私が虐めているようだわと思い、声をかけた。


「大丈夫よ、きっと旦那様はあなた達を斬首刑にまではしないと思うわ。田舎の御両親にまで被害が及ばないといいけど」

私の言った意味を理解したらしい一人のメイドが、タオルを持ったまま後ろ向きに卒倒した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




客室ではかなり大きな声で話し合いがされていた。
ドアをノックし中に入っていったが話し合いは白熱していて、私の入室にさえ気が付かない程だった。

「ですから、私は彼女がこういう状態だったという事は知らなかった。屋敷の使用人たちに任せていたが故の過ちだった。彼女は王太子殿下の婚約者だったのだから、私との婚姻は望まぬものだったと分かっていたから、気を遣っていたために屋敷の使用人達との間に齟齬が生まれたのだ。彼女は王命で結婚した私の妻である事に相違はない。ムンババ大使が中に入ってくる問題ではないだろう」

「いや、違う。彼女は話し合う機会を作って欲しいと何度も願い出たはずだ」

「なぜ、関係のないあなたがそんな事に口を挟むのですか、家の中、公爵家の問題なのです貴方にとやかく言われる筋合いはない」

側に控えるマルスタンは首を左右に振った。
何か言いたいことがあるようだ。

「申し上げにくいのですが、私共は奥様の奇行に手を焼いておりました。私共では制御できず。致し方なくこういう事になってしまったのです」


マルスタンはまるで自分が正論を言っているかのように話し始める。

後ろにいたメイド長までもが話に入ってくる。

「そうです。奥様は心を病んでいらっしゃったようです。夢遊病のように夜中に部屋から出られ屋敷内をうろつかれます」


彼らは自分たちの都合のいいように話を作るだろう。まぁ分かってはいたけど。

これではらちが明かない。


「マルスタン、私の奇行とはどういうものなのでしょうか。言った言わないの話になるので、起こった事実だけを報告しなさい。そして、私が何故そういう行動に出たのか、自ら理由を説明します。全てに、ちゃんとした答えがあるわ。けれどね、まずはムンババ様にこの問題にかかわって頂き、多大な心配をかけてしまった事に対して謝罪しなければなりません。大使には大変感謝している事は伝えたいと思います。なぜなら、彼がこの屋敷に来て下さらなければ、私への虐待は続いていたでしょうから」

私はできるだけ威厳を持たせて言葉を発する。これも王妃教育で培った物だった。

マルスタンは私を睨んだ。そして聞こえるか聞こえないかの小さな声で「よその国の大使にまで色目を使うとは」と呟いた。


「言葉を慎みなさい。彼はカーレン国の大使であられます。我が国の者として失礼があってはなりません」

「マルスタンいい加減しろ、立場をわきまえろ!」


スノウが声を荒げ執事に注意する。
どの口が言ってるのかしら。自身の言動は棚に上げるスノウの言葉にあきれ返ってしまった。

その時、扉をどんどんと大きく叩いて家令が焦って入ってきた。

「旦那様、お客様がみえられました。侯爵様が、ハミルトン侯爵がお見えです」


「え、お父様が?!」

私は、驚き淑女とは思えない声をあげてしまった。

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