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不甲斐なさ

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王太子殿下が出ていったドアを見つめ、キャサリンが悔しそうに眉を寄せながら走り寄ってきた。

「スノウ様!きっと殿下はアイリス様の事に嫉妬してあんな冷たい言い方をされたんです。話の矛先を仕事に変えて攻めるなんて酷いと思います」

それは違う。

王太子殿下に返す言葉がなかった自分に、ただ悄然とする。
殿下は議論の焦点や攻撃の方向を変えたわけではない。ただ間違いを正しただけだ。

「殿下は妻を、アイリスをもっと大事にするようにおっしゃった。屋敷に帰るように忠告されたんだ」

嫉妬なんかじゃない。

「けれど、自分の大事な人だと言ってらした……」

「違う!そうじゃない」

殿下は自分の立場をちゃんとわかってらっしゃる。アイリスの事を大事に思っていることは間違いないだろうが、浮ついた感情で個人の考えを簡単に口に出す方ではない。この国の王になられる方だぞ。


それに……

「キャサリン、君の職務経歴書、学園の成績表と卒業証書を持ってきてくれ」

「え?……きゅ、急に何故ですか?私のことよりアイリス様……」

「今は君のことを話しているんだ!アイリスは関係ない」

いつもアイリスの考えをキャサリンから聞かされていた。
彼女は妻と直接接点がないのに、なぜ私は彼女の言う事を信じていたんだ。

「今すぐには用意できません。今、ここにはありませんし、私のことを疑ってらっしゃるのですか?幼い頃から公爵家に遊びに行っていました。前の公爵様にも可愛がって頂いていましたのに」

キャサリンはまるで被害者のように怯え肩を震わせる。
涙目で同情を誘う視線は、どうやって誤魔化そうかと焦っているように見えた。

今まで私は何故あんなに妻の事を敵視していたんだろう。
話し合いたいと仕事場まで会いに来てくれた妻を冷たく追い返し、屋敷に帰ると言っておきながら放置している。

「アイリスは殿下と逢瀬を重ねているといったな。実際それは直接君が見たのか?誰かが言ったのか……それともただの噂話か?」

キャサリンは驚いたように大きく目を見開いた。

「何を今さら、みんなが言っています。アイリス様は結婚していながら、節操なしに殿下といまだに会っていると」

「殿下は分刻みのスケジュールで行動されている。アイリスと隠れて会える時間なんてないだろう。それに今は婚約者がいるとおっしゃった」

「なら、何故アイリス様は隠れて屋敷から外出されたんですか!」

そんな事は……そんな事は知らない。
何か理由があったのだろう。

だが、殿下と会っているとは思えない。

「そもそも、外出した彼女に理由を直接聞いていない。話し合いたいと彼女は言っていたのに時間をつくらなかったのは私の方だ」

「外出したいのなら屋敷の従者に頼めば、馬車だって護衛だって用意できるはずでしょう?」

それはその通りだ。
マルスタンやメイド長は、長年しっかり屋敷を管理してくれているし、アイリスの為に本来公爵家の夫人がするべき仕事までしてくれている。

信頼できる使用人たちが嘘をつくはずはない。

今は……アイリスの事は後だ。先にやるべき事がある。
取り敢えず一つずつ片付けなければならない。

縋るキャサリンの視線を、振り切るよう更に続けた。

「今までの君の経歴書をすぐに持ってくるんだ。伯爵家に置いているなら早急に取り寄せるか自ら取りに帰れ」

私はキャサリンに上司として命令し、執務室を出た。

調べなければならない。キャサリンの出自を……



それに殿下が指摘された事は全くもってその通りだ。外交大臣としての自分の不甲斐なさを痛感するしかなかった。

少なくとも自分に期待して与えてくださった職務であり、信用されて決まった結婚だった。

殿下にちゃんとした報告ができるよう、しっかりと職務を全うしなければならない。

今一度外交とは何かを外交官たちに再認識させ教育し直さなければならない。

重臣の中でも極めて速い出世だった。
一番若い外交大臣だった。
対外的に我が国の代表という立場を任された。

若さ故の過ちでは済まされない。



部下の中でも外国留学の期間の長い者たちを集め、急遽会議を開いた。

古参の外交官たちには発言を許さず、若い者の考えを聴いた。
長年外交を職務としてきた年長者、自分より年上で扱いづらい部下たちが必ずしも必要だとは感じない。
彼らは大臣である私を軽んじて、職務怠慢でもはや害悪でしかなかった。


何故今まで変えようとしなかったんだろう。

今夜は徹夜になるが、仕方あるまい。今が自分にとっての正念場だ。



その頃公爵邸で何が起こっているか私は知る由もなかった。

翌朝、もっと大変な事態に自分が陥るとは思ってもみなかった。

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