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39 if バーナードの決意
しおりを挟む流石に夜中に彼女のアパルトマンへ行くのは無礼が過ぎる。
まんじりともせず朝を迎えた。
明け方ドアを誰かが叩く音がした。
ボルナットへ来たときの定宿にしているホテルは、そこそこ警備の行き届いているホテルなのだが、予定のない客が早朝やってくるとは……怪しい。
ドアを開けず返事をした。
「バーナード様、ダミアです」
ドアの向こうから聞き馴染んだ声がする。
私は驚いてすぐにドアを開けた。
そこには二カ月ぶりに見るダミアの姿があった。
ダミアは私が来ていることを知っていたのか。
「旦那様は、考えずに行動なさる癖があります。特にソフィア様に限っては顕著にその癖が現れます。ですから私が先に話をしなければと思い、早朝ですがお邪魔しました」
「ダミア……ソフィアの子が私の子だと知っていたのだな」
ダミアはため息をつくと首を横に振った。
「いえ。存じませんでした。ボルナットへ来て知りました」
ダミアはテーブルセットのソファーに腰を下ろすと、息を整え話し始めた。
「旦那様は奥様が離婚を申し出た時のことを、よく思い出されて下さい」
離婚を申し出た時。あの時のことは何度も考えた。忘れたくとも忘れられない。夢に出てくるほど何度も思い出した。
「彼女が離婚届を差し出してきた。それはアーロンを養子にしたいと言った数日後だったと思う。原因はマリリンを私がいつまでも邸に置いていたからだ、アーロンを……」
いや、アーロンの養子の話をした時、彼女は自分も話したいことがあると言っていなかっただろうか。
そうだ、彼女は私に『大切な話がある』と……
「彼女は、私に話したいことがあると言った。私も話があると言った」
「ソフィア様の話は何でしたか?」
「ソフィアの話は……聞かなかった。私が先に話をした。アーロンの件だ」
「その時ソフィア様は何を話そうとなさったか、旦那様は考えられましたか?」
原因はマリリンとアーロンだった。私は原因を取り除こうとした。彼女の話が何だったのか、そのことは考えていなかった。
「今更だが、彼女の話は……もしかしたらお腹の子供のことだったのか?」
そうか、その時……ソフィアは……
「奥様は自分に子供ができたことを旦那様に話そうとされていたと思います。ですがその前に旦那様にアーロン様の養子の件をお聞きになった」
「彼女に酷いことを言った。妊娠しなくても、跡継ぎが産めなくてもアーロンを養子にすれば気が楽だろうと言った。確かそのようなことを彼女に言ってしまった」
「旦那様は、ご自分のお子をソフィア様が産んで下さって、どう思われましたか」
「驚いた、けれど凄く嬉しかった。眠れない程、嬉しかった」
「旦那様はこれからどうされたいのでしょう。そしてソフィア様は何を望んでいらっしゃるとお思いですか?」
「私はソフィアに戻ってきて欲しい。だが……ソフィアはそんなことは望んでいないだろう」
「ソフィア様は……そうでしょうね」
ならばどうすればいい。
「旦那様の行動には責任が伴います。ソフィア様のことを考えて、ソフィア様の立場に立ってよく考えてご英断を」
ダミアが去った後、私は立ち上がることができなかった。
頭の中にはあの日の彼女との会話が繰り返し蘇る。
反省し、自分がダメだととことん落ち込み、ソフィアの為だと自らを律し、陰から見守ろうと、それが自分にできる唯一のことだと納得しそうしなければならない。
ダミアもコンタンも邸の皆もそう思っているだろう。
それが一番ソフィアの為になるし、彼女の望みだと。
けれど……
それは違う。
そうか!そうだったのか!私はひらめいた。考えが瞬間的に思い浮かんだ。
私は間違えた、失敗もした。けれどそもそも私に足りなかった物がある。
そして、ソフィアにも。
私たち夫婦に最も欠如していた物、それはお互いが話し合わなかったことだ。
思っていることをちゃんと話し合っていない。
嘘や偽りでない、本当の気持ち、真実は一つだ。
相手を思いやり、言えずに呑み込んだ言葉を、ぶつけ合う必要があった。
そして私は彼女に対して謝罪すらしていない。
喧嘩をしたことはなかった。彼女が何でも許容してくれていたから、許されていると思っていた。それがそもそもの間違いだった。
腹を割って、思っていることを話さなければ相手に伝わらない。
そうと決まれば、今すぐソフィアに会いに行こう。
誠心誠意謝罪して、そして話し合おうと言おう。
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