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32 if 【マリリン side】
しおりを挟むなんで私があんな気持ち悪いジジイの嫁にならければいけないのよ……
悔しさのあまり爪を噛んだ。
マリリンは養鶏場を営むケビンの実家、デクスターの家に連れてこられた。
ここへ来るまでに二日かかった。バーナードの住む町からかなり離れた、領地の中でも山奥の最果てと言った場所だった。
何百羽もの鶏が飼育されていて、酷い臭いがした。
これで生計を立てているんだから仕方がないのかもしれないけど、こんなところで暮らすなんてまっぴらだ。
ケビンの家は沢山使用人を雇っているようで、かなり広い敷地に大きな家が建っていた。
贅沢なつくりではないが、そこそこお金はありそうだなと少し安心した。
けれど家に着いたとたん、アーロンとは引き離され、私が通された部屋は使用人の住むような狭い部屋だった。小さな窓とベッド、手が届きそうな場所に洋服を入れる古びたチェストが一つ。
荷物はほとんど持って来られなかったし、チェストに入れるような物なんてないわ。「別にいいけど」と嘯いた。
扉には鍵がかけられ、窓には鉄格子がはめられている。
「これじゃぁ、まるで犯罪人じゃない」
苛立ちと怒りのあまり、小さな部屋の粗末なベッドの上で拳を壁に打ち付けた。
陽が傾きかけた時、じゃがいもと野菜のミネストローネ、パンと少しの肉が載った食事が運ばれてきた。
量はそこそこあった。
トレーに載せられた料理は盛り付けが雑だった。
「もっと上品な料理は作れないのかしら」
運んできた使用人に嫌味を言った。
無言で私を一瞥すると彼女は部屋を出ていった。
こんな料理普通だったら口をつけないわ。そうは思えど、お腹が空いていたから、仕方なく食べてあげる。
デクスターは金持ちだ。
私は彼の孫を産んだ女。上手く取り入れば贅沢ができるだろう。気持ち悪いジジイではあるけど、妻にするというんだから、それ相応の対応をしてもらわなければならない。
だいたいこの部屋は何!
デクスターに文句を言ってやらなければならないわ。
アーロンの面倒をみなくて済むのは楽だけど、ちゃんと私専用の侍女をつけてもらわないと、こんな所では生活できない。
さっきの食事を持ってきた女も何なのよ。
愛想も何もあったもんじゃない。
私はここの本妻になるのよね。
奥様なんだから、後で厳しく罰を与えてやるわ。
早くジジイに会えないかしら……
マリリンはズルズルと音をたててスープを直接器からすすった。
◇
しばらくすると、さっきの女とは違う使用人がやって来て、ついてくるように言った。
もし相当気持ち悪かったら、デクスターじゃなくてケビンの方を利用すれば良いかもしれない。
部屋でそう思いついた。
ケビンは戦地で私に夢中だった。
他にもたくさん私のことを狙っていた兵士はいた。
ちょっと色目を使えば簡単に男なんて靡く。
男は単純で馬鹿なんだから、上手く利用すればここから逃げ出すのなんて簡単だわ。
きっと上手くいくわよ。
今までだって、どんな窮地に陥っても何とかなった。私は、頭が良い。
かわいそうな女を演じるのはお手のものだ。
そう考えているうちに目的の部屋へ着いたらしい。
「中に入って、体をきれいに洗いなさい。用意してある服に着替えて化粧をしたらデクスター様の夜のお相手をするのよ」
「は?なによ!その口の聞き方はどうなのかしら。ちゃんと教育を受けていたら、もっとまともに誰が主人なのか分かるでしょうに」
「主人……?」
「そうよ。私はデクスターの本妻としてここへ来たのよ。ちゃんと奥様と呼びなさい。それに湯浴みは誰が手伝うの?髪を自分で洗うなんて嫌だからね」
女はフンと鼻で笑って、私を部屋の中に突き飛ばすとそこから出ていった。
「クソッ!何なのあの女!使用人全員首にしてやるわ」
マリリンは今から何が起こるのか全く理解していなかった。
デクスターは、女性に対して非人道的な行為を行う趣向の持ち主だ。界隈では知る人ぞ知る変態だった。
◇
「旦那様こちらでよろしいでしょうか」
「ああ~、なんて可愛らしい子だ。わしの血を引いているだけあるな。もう歩けるなんて、将来は立派な剣士になるかもしれぬな。あんな阿婆擦れに育てられたら馬鹿になっていただろう」
デクスターは目尻を下げてニコニコ笑いながらアーロンをあやしている。
アーロンはたくさんの使用人たちに囲まれて、世話をやかれるようだ。
乳母だけで三人も雇われていた。
「分かっているだろうが、アーロンに傷をつけたらただでは済まぬぞ。それに、アーロンが懐かない者には罰を与える」
使用人たちはぶるりと震えた。
◇
《乳母視点》
アーロンは間違った愛情で、育てられてしまうかもしれない。
子供を道具としてしか見られない母親に育てられるか、過保護過ぎる祖父に育てられるか、彼にとってどちらが幸せなのだろう。
本当に小さな社会で生きていると、正しいこととそうでないことを知らず、その選択を行わないまま大人になってしまう。
何も知らない子供に、正しいということが何なのかを、誰かが教師となって教えなければならない。
彼の育つ世界が間違いだった時、行き場を失ってしまわないよう、導く人がそばにいることを祈るばかりだと乳母の一人は思っていた。
数年後、アーロンはケビンの妻が引き取り正しくしっかりと教育を受けさせることになる。
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