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41 荒天

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領地では雨が続いている。
ここ何カ月も雨が降らず、日照りで作物が育たないと領民は嘆いていたらしい。
彼らにとっては恵みの雨だな。
どこか他人事のような自分の感覚に、感情すら失ってしまったのかと 嫌気がさす。

まだソフィアが邸にいた時の、あの嵐の日のことを私は思い出していた。

あの夜は酷い雨が降っていた。風も強く、このままでは領地は水浸しになってしまう。
私は王都からの帰りを急いだ。道は所々水没し迂回を余儀なくされ、邸に帰ったのは深夜を回っていた。

ずぶ濡れの状態のまま、まだ忙しく動き回る邸の者達を捕まえ領地の様子を訊ねた。
川が決壊しそうになった場所に土嚢を積み、処置を施したという。収穫前の作物を、昼までに半分は収穫し、危険な場所に住む領民たちの避難を終えたという。

邸に仕える者達、そしてソフィアの活躍によって、何とか難を逃れたと報告を受ける。
最低限の対処は終えたということだな。
私はほっとした。

私はずぶ濡れの服を脱ぎ、タオルで体をふき終えると、ソフィアの元に状況確認へ向かおうとした。

「アーロン様が雷に怯えてらっしゃいます」
「マリリン様もブルブル震えて、泣いていらっしゃいます」

メイドから報告を受けた。怒号のような雷が鳴る。
邸の建物もガタガタと震えるほどそれは恐怖に満ちていた。
か弱い女と赤子を放っておくわけにも行かず、私は先にマリリンたちの部屋へ向かった。


その時私の頭の中にはソフィアのことなどなかったのではないか。
彼女は雨の中領地へ出て領民たちの収穫を手伝い、土嚢を積むため危険な川へ自ら立ち入り指示を出していた。
あの時、私は知っていた。コンタンやモーガンから報告を受けた。
邸の者達にソフィアが何をしていたのか、私は聞いていた。

なのに私はマリリンの元へ向かったのだ。


窓を打ち付ける雨音は強くなっていく。

ベッドに横たわり窓から空を見る。
私の犯してしまった罪に、天の神が怒りを表しているかのような黒い雲が、重たい空気をより一層暗鬱なものにした。




その時ドアがノックされた。

「バーナード様、ソフィア様がお戻りになりました」

モーガンの言葉に重たい瞼を上げる。
ソフィア……

そんなはずがない。彼女は出て行った。私の元からいなくなり、どんなに捜しても見つからなかった。
彼女が戻ってくるはずがない。


「バーナード様……お久しぶりです」

「ソフィア……」

本当に彼女なのだろうか。夢にまでみた彼女が戻ってきたのだろうか。神は最後に私の望みを聞き届けてくれたのだろうか。

「バーナード様、肺の病だそうね」

私は彼女の顔を見て頷いた。
ソフィアだ。あの時の彼女のままだ。変わらず美しい、私の愛した女性だ。

「バーナード様、随分辛そうね。体は起こせるかしら」

ゆっくり頷き、情けないところを見せたくないので必死に体を持ち上げた。

そんな動作でさえ、息が上がってしまう。

彼女は苦しそうに眉をひそめた。

「貴方は間違えたわ。その間違いの正し方もまた間違えてしまった。過ちを犯し、失意に陥りそして病に倒れた」

そうか。彼女は私に会いに来てくれたわけではない。私を罵り、あざ笑うためにやって来たのだ。

当たり前だ。彼女にとって私はそれだけのことをしたではないか。
今さら赦してもらえるなんて思う方が馬鹿だ。


「けれど一つだけ貴方に感謝していることがあるの」

ソフィアの言葉に少し驚いて視線を上げる。感謝とはいったいなんだ。思い当たる節はない。
離婚してからも私は彼女を執拗に追い、苦しめた。

「感謝……」

彼女は頷きまっすぐ私を見つめる。

十年ぶりに見る彼女は美しかった。

透き通るような白い肌、つややかな髪、くりんとした大きな瞳。時を経たからか、昔より落ち着いた雰囲気が彼女の魅力を引き立てている。

喉がカラカラだ。声が出ない。けれど目からは涙が流れる。

「バーナード様、貴方は私にとても大事なものを与えてくれた。レオよ」

「……レオ……」

ソフィアはまたゆっくりと頷いた。
私が彼女に与えた、レオ……


ドアを開けて一人の少年が入ってくる。

その子はまるで私の子供の頃に生き写しだった。黒い瞳に黒い髪、端正な顔立ち、まだ少年のあどけなさは残るが間違いなく私の遺伝子を受け継いでいるだろう容姿。

まさか……そんなはずはない。彼女は子供を産めなかった。彼女は……

「いつだ、いつのことだ……」

私は震えた。彼女は妊娠していたのか?いつ子供がいることが分かったんだ。

「貴方がアーロンを養子にしたいと私に告げた日よ」

何度もあの時の言葉を考えていた。彼女は子ができない。だから養子の案を出したんだ。だから……
妊娠していただと?そんなことがあるはずがない。



なぜ……なぜ今なんだ。


「……すまなかった。本当に……申しわけない」

私は声をあげて泣いた。

まだそんな力が残っていたのかというくらい大きな声で、情けない姿を初めて見る我が子の前で晒していた。


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