40 / 60
40 バーナードの領地
しおりを挟む「バーナード様……お客様がお見えです。お断りしたのですが、どうしてもお会いしたいと。会うまでは帰らないとおっしゃっています」
「誰だ……」
ベッドの上で半身を起こし、モーガンに訊ねた。
もう体は思うように動かせない。
肺の病は身体中に影響を及ぼし、長くはないと医者に言われている。
誰にも会いたくはない。何をするのも面倒だった。
他の者は私の部屋に顔を出しもしない。モーガンだけが私を主人だと思っているのだろう。
年老いた執事より、今の自分の方が弱っているのが情けない。
「旦那様いかがいたしましょう」
客が来るなど珍しい。
もう何年も客など来なかった。
「バーナード様!」
女は部屋に強引に入って来て私のベッドの横に跪いた。
「こんな……こんな状態になっているだなんて」
涙を流しながら私の上掛けを握りしめる。彼女は肩を震わせ泣き崩れた。
誰だ。こんな女に見覚えはない。
赤い髪は丁寧に纏められているが、艶はなく、ぱさついている。
日に焼けた肌はシミだらけで、シワが目立つ。
屋敷の下働きの女か。
「バーナード様……アーロンを連れてきました。昔あんなに可愛がって下さった、養子にまでしようと考えて下さった……アーロンです!」
女の後ろに黒髪の少年が立っている。
アーロン……
「バーナード様。アーロンは立派に育ちました。十四歳になりました。今年から王都学園へ入学します」
アーロン……か……
少年は私をじっと見つめているが動こうとしない。
「旦那様。不快に思われるのでしたら、今すぐこの者たちは追い出します」
モーガンはそう言うと、私のベッドに縋りつくマリリンを立ち上がらせた。
「バーナード様が会いたがるはずだと言ったが、そんな様子はない。さっさと屋敷から……」
私はいつの間にか叫んでいた。
「いったいどういうつもりでこの屋敷にやって来た!お前たちは一生ここへは来られないはずだ。マリリン!ケビンは?デクスターは何をしている!」
怒りで血管がふくれ上がり、腹の底から思わぬ声が出る。
騒ぎを聞いたのか、ガブリエルたちが走って部屋に入ってきた。
マリリンたちを確認するとすぐさま彼女を押さえつけた。
「死んだわ!デクスターは亡くなった。もう私は自由よ。旦那様、私は罪を十分償いました。私は旦那様と一緒にいたあの一年のことだけをずっと思い返して、毎日を過ごしています。あの思い出だけが私の心の中にあるんです。アーロンは今でも旦那様のことを本当の父親のように思っています」
涙を流すマリリンの後ろに立つアーロンからは、なんの感情も読み取れない。
「いい加減にしろ!」
ガブリエルがマリリンの肩を強く掴んだ。
「旦那様!もう長くはないのでしょう?アーロンを後継者にして領地を継がせればいいわ。貴方にはもう誰も血縁者はいないのでしょう。ならアーロンを!アーロンがこの邸を継いだらもうあんな山奥に居なくても済むのよ」
「なにを馬鹿なことを!ふざけるな!お前のせいでこの邸はめちゃくちゃになったんだ」
ガブリエルはマリリンにむかい怒りをあらわにする。
「関係ないでしょう!貴方は黙っていてよ。今バーナード様に必要なのは後継者よ!」
何を言っているんだ。
もう十年以上前の話だろう。私はベッドに倒れ込むように横になり、マリリンたちに絶望の視線を向ける。
「……たとえそうであっても、お前などに……与えられるわけがないだろう」
◇
羽交い締めにされるようにマリリンはバーナードの寝室から引きずり出された。
「暴れるな、さっさと屋敷から出て行け!」
「うるさいわね!関係ない人は黙っていなさいよ!」
「だいたいなんで、マリリン、なんでお前がここにいるんだ!」
ガブリエルはマリリンの腕を捻り上げた。
「……あんたなんかに私の苦労がわかるわけないでしょう!」
マリリンはガブリエルを憎しみのこもった眼で睨みつけた。
「この人を拘束して下さい」
まだ声変わりもしていない少年の声が響く。
それはおどおどした物ではない。ちゃんと意志を持ったしっかりした声だった。
「っ!何を言ってるのアーロン!母親に向かってその口の利き方はなに!」
「誰が母親だよ。あんたは俺を育ててなんかいないじゃないか。俺はこんな場所記憶にもないし、あの人のことを父親だなんて思ってない。全く覚えてもいない。あんたは狂ってる」
にわかに屋敷の入り口が騒がしくなる。
何人もの自警団風の屈強な男たちがバタバタと中に入ってきた。
「あの女を捕らえろ!」
「何事だ!」
「こいつは犯罪者です!」
「お騒がせして申し訳ありません。この女にはデクスター様の殺害容疑がかけられています」
「いったいどういうことだ」
ガブリエルが男たちに向かって声を張る。
「デクスター様は先日毒殺されました。そしてこの女はそれを企て実行した」
「そんな証拠もないわ!勝手に罪をでっちあげないで。無実よ!あのオヤジは急に苦しんで、突然、発作か何かで死んだのよ!私は何もしていない」
マリリンは男たちに取り押さえられる。
もがき暴れて、逃げようとするが、あっという間に両腕を後ろで縛り上げられ身動きが取れない。
「それを調べている。お前は容疑者だ!勝手に逃亡を企てアーロン坊ちゃままで連れ出して、誘拐だぞ」
「毒殺なんて知らない。それにアーロンは私の子供よ!何をしようが勝手でしょう」
◇
その頃ソフィアはバーナードの邸へ向かっていた。
「前の司教はもうお亡くなりになっていますので司教承諾離婚自体を無かったことにしました」
コンタンは私とバーナードが十三年前に離婚したという事実を消した。
私は現在もバーナードの妻ということになる。
ステラがこの国の王女であり、大国ボルナットの王太子妃であるという立場を利用して離婚した事実をもみ消した。
王は宗教の最高位にあるということから、国の元王族であったステラは今でも強い権力を持っている。
隣国との関係も良好な今、ステラの頼みを断るべきではないと現在の司教は考えたらしい。
その書類の存在はバーナードには伝えていない。
全て内々に行われたことだった。
教会側もあまり問題を大きくはしたくないようだった。
バーナードとの子供であるレオの存在は、この国ではコンタンと私と、司教しか知らない。
「もうバーナードは長くはないのね」
「はい。持って一カ月というところでしょう」
「そう……」
彼はレオを見てどう思うのだろう。
我が子だと気付くのだろうか。
レオは成長していくにつれバーナードに似てきた。
レオの優れた運動能力はバーナードの遺伝子を受け継いだ結果だろう。剣術に長けたレオの姿はバーナードを見ているようだった。
そして私は彼に会い、どう感じるのだろう。
4,013
お気に入りに追加
7,320
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる