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40 バーナードの領地

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「バーナード様……お客様がお見えです。お断りしたのですが、どうしてもお会いしたいと。会うまでは帰らないとおっしゃっています」

「誰だ……」

ベッドの上で半身を起こし、モーガンに訊ねた。
もう体は思うように動かせない。

肺の病は身体中に影響を及ぼし、長くはないと医者に言われている。
誰にも会いたくはない。何をするのも面倒だった。

他の者は私の部屋に顔を出しもしない。モーガンだけが私を主人だと思っているのだろう。
年老いた執事より、今の自分の方が弱っているのが情けない。

「旦那様いかがいたしましょう」

客が来るなど珍しい。
もう何年も客など来なかった。



「バーナード様!」

女は部屋に強引に入って来て私のベッドの横に跪いた。

「こんな……こんな状態になっているだなんて」

涙を流しながら私の上掛けを握りしめる。彼女は肩を震わせ泣き崩れた。

誰だ。こんな女に見覚えはない。
赤い髪は丁寧に纏められているが、艶はなく、ぱさついている。
日に焼けた肌はシミだらけで、シワが目立つ。

屋敷の下働きの女か。

「バーナード様……アーロンを連れてきました。昔あんなに可愛がって下さった、養子にまでしようと考えて下さった……アーロンです!」

女の後ろに黒髪の少年が立っている。

アーロン……

「バーナード様。アーロンは立派に育ちました。十四歳になりました。今年から王都学園へ入学します」

アーロン……か……

少年は私をじっと見つめているが動こうとしない。

「旦那様。不快に思われるのでしたら、今すぐこの者たちは追い出します」

モーガンはそう言うと、私のベッドに縋りつくマリリンを立ち上がらせた。

「バーナード様が会いたがるはずだと言ったが、そんな様子はない。さっさと屋敷から……」

私はいつの間にか叫んでいた。

「いったいどういうつもりでこの屋敷にやって来た!お前たちは一生ここへは来られないはずだ。マリリン!ケビンは?デクスターは何をしている!」

怒りで血管がふくれ上がり、腹の底から思わぬ声が出る。

騒ぎを聞いたのか、ガブリエルたちが走って部屋に入ってきた。
マリリンたちを確認するとすぐさま彼女を押さえつけた。

「死んだわ!デクスターは亡くなった。もう私は自由よ。旦那様、私は罪を十分償いました。私は旦那様と一緒にいたあの一年のことだけをずっと思い返して、毎日を過ごしています。あの思い出だけが私の心の中にあるんです。アーロンは今でも旦那様のことを本当の父親のように思っています」

涙を流すマリリンの後ろに立つアーロンからは、なんの感情も読み取れない。



「いい加減にしろ!」

ガブリエルがマリリンの肩を強く掴んだ。

「旦那様!もう長くはないのでしょう?アーロンを後継者にして領地を継がせればいいわ。貴方にはもう誰も血縁者はいないのでしょう。ならアーロンを!アーロンがこの邸を継いだらもうあんな山奥に居なくても済むのよ」

「なにを馬鹿なことを!ふざけるな!お前のせいでこの邸はめちゃくちゃになったんだ」

ガブリエルはマリリンにむかい怒りをあらわにする。

「関係ないでしょう!貴方は黙っていてよ。今バーナード様に必要なのは後継者よ!」

何を言っているんだ。
もう十年以上前の話だろう。私はベッドに倒れ込むように横になり、マリリンたちに絶望の視線を向ける。


「……たとえそうであっても、お前などに……与えられるわけがないだろう」








羽交い締めにされるようにマリリンはバーナードの寝室から引きずり出された。

「暴れるな、さっさと屋敷から出て行け!」

「うるさいわね!関係ない人は黙っていなさいよ!」

「だいたいなんで、マリリン、なんでお前がここにいるんだ!」

ガブリエルはマリリンの腕を捻り上げた。

「……あんたなんかに私の苦労がわかるわけないでしょう!」

マリリンはガブリエルを憎しみのこもった眼で睨みつけた。



「この人を拘束して下さい」

まだ声変わりもしていない少年の声が響く。
それはおどおどした物ではない。ちゃんと意志を持ったしっかりした声だった。

「っ!何を言ってるのアーロン!母親に向かってその口の利き方はなに!」

「誰が母親だよ。あんたは俺を育ててなんかいないじゃないか。俺はこんな場所記憶にもないし、あの人のことを父親だなんて思ってない。全く覚えてもいない。あんたは狂ってる」

にわかに屋敷の入り口が騒がしくなる。

何人もの自警団風の屈強な男たちがバタバタと中に入ってきた。

「あの女を捕らえろ!」

「何事だ!」

「こいつは犯罪者です!」

「お騒がせして申し訳ありません。この女にはデクスター様の殺害容疑がかけられています」

「いったいどういうことだ」

ガブリエルが男たちに向かって声を張る。

「デクスター様は先日毒殺されました。そしてこの女はそれを企て実行した」

「そんな証拠もないわ!勝手に罪をでっちあげないで。無実よ!あのオヤジは急に苦しんで、突然、発作か何かで死んだのよ!私は何もしていない」

マリリンは男たちに取り押さえられる。
もがき暴れて、逃げようとするが、あっという間に両腕を後ろで縛り上げられ身動きが取れない。

「それを調べている。お前は容疑者だ!勝手に逃亡を企てアーロン坊ちゃままで連れ出して、誘拐だぞ」

「毒殺なんて知らない。それにアーロンは私の子供よ!何をしようが勝手でしょう」





 

その頃ソフィアはバーナードの邸へ向かっていた。



「前の司教はもうお亡くなりになっていますので司教承諾離婚自体を無かったことにしました」

コンタンは私とバーナードが十三年前に離婚したという事実を消した。

私は現在もバーナードの妻ということになる。


ステラがこの国の王女であり、大国ボルナットの王太子妃であるという立場を利用して離婚した事実をもみ消した。
王は宗教の最高位にあるということから、国の元王族であったステラは今でも強い権力を持っている。

隣国との関係も良好な今、ステラの頼みを断るべきではないと現在の司教は考えたらしい。

その書類の存在はバーナードには伝えていない。
全て内々に行われたことだった。

教会側もあまり問題を大きくはしたくないようだった。

バーナードとの子供であるレオの存在は、この国ではコンタンと私と、司教しか知らない。


「もうバーナードは長くはないのね」

「はい。持って一カ月というところでしょう」

「そう……」


彼はレオを見てどう思うのだろう。
我が子だと気付くのだろうか。

レオは成長していくにつれバーナードに似てきた。
レオの優れた運動能力はバーナードの遺伝子を受け継いだ結果だろう。剣術に長けたレオの姿はバーナードを見ているようだった。



そして私は彼に会い、どう感じるのだろう。

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