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39 【コンタンside】
しおりを挟むソフィア様が邸を出てから、バーナード様の、理解に苦しむような行動が始まった。
領地は活気を失い、何とか私とモーガン、ガブリエル、そしてスコット様で盛り立てていこうとした。けれど肝心の旦那様が領地に興味を示さない状態が続き上手くはいかなかった。
領民たちにとってソフィア様は苦楽を共にした同志のような存在で、なにより皆から信頼されていた。
彼女の持って生まれた性格や特性もあり、ソフィア様が居ることにより、この人のためになら頑張ろうと思えたのだろう。
バーナード様がソフィア様を追う様子は狂気じみていた。
いくら邸の者が諦めるように説得しても、彼は応じず、その姿は執拗で陰湿だった。
私は遠くからソフィア様を見守ることしかできなかった。
まさかお腹にレオがいるなんて思いもせずに。
カーレンに移住してから、私はソフィア様に会いに行けるようになった。
バーナード様の妻であった時は、領主の主人を立てフォロワーシップの能力に優れていて、尊敬の気持ちが大きかった。
あそこまで蔑ろにされても、妻としてバーナード様に尽くそうとする健気な姿は痛々しく、我慢の人だなと私の目には映っていた。
しかしカーレンで彼女がレオを育てている姿は、とても生き生きとしていた。自然に恵まれたこの美しい国で、太陽の光を浴びて輝く彼女の姿に私は心を奪われた。
のびのびと自由に生活している今の状況を決して邪魔してはいけないと思った。
陰ながらずっと彼女を支えていこうと決めた。
レオの成長も楽しみの一つだった。
あまり感情移入してはならないと自分を律していたが、側で成長を見守ることができればどんなに幸せだろうと思わずにはいられなかった。
レオが五歳の頃一緒に海岸へ散歩に出かけた。
「砂の城を作るんだ」
レオは湿った砂を集めて城を作り出した。
「乾いた砂では上手く城は作れない。けれど波の近くだと大波が来たら一気に崩れてしまうよ」
私がそう言うと、大丈夫だとレオは言った。
砂の城は、波にさらわれて、せっかく作った城が崩れていくのを見る遊びだ。諸行無常を幼い頃から学ぶための物なのか、現実を知るための勉強の一つなのか。
幼子にそんなことなど分かるまいと思いながら一緒に城を作った。
レオは城が出来上がると波打ち際に山を作り出した。
「これで波が来ても大丈夫だ。防波堤っていうんだ」
「そうか、なるほどな。津波や高潮の被害から陸を守ることもできるな」
私は笑ってレオの頭を撫でた。
レオは海から水を引いて城の周りに川を作り、敵を足止めする堀を作った。
この子は戦略的思考に優れている。どんな大人になるんだろう。とても興味深かった。
学校へ通うようになると、私が話すことをスポンジのように全て吸収した。けれど私が教えられることは限られている。
机上の知識だけではきっと物足りなくなるだろうと感じた。
そして彼のずば抜けた運動能力には目を見張るものがあった。
ここでずっと幸せに暮らしていくのが、ソフィア様にとってはいいのかもしれない。しかし勿体ないと思った。
彼はここを出て、もっと大きな世界を見るべきだ。
だが私には口出しできないことだった。
ただ彼女たち親子を見守ることしかできない自分の不甲斐なさが辛かった。
「これはボルナットの港町で有名だという魚肉のビスケットだ。日持ちするらしく、人気のお菓子らしい」
私はソフィア様にビスケットを渡した。明け方から行列を作る人気店の物で、私も店が開く二時間も前から並んで購入した。
「魚肉の?甘いのかしら。とても……珍しいわね」
ソフィア様はそのビスケットを見つめ匂いを嗅いだ。とても面白いわと喜んでくれた。
良かったと思った。
ソフィア様には「自分は平民になったのだから、敬語はやめて」と言われたので、友人のように気軽に話すようになった。
打ち解けた気がして嬉しかった。
だが、彼女の周りには男の影があった。
ムーン・ババール様という、この国の高位貴族だ。今は大使としてボルナットに住んでいるらしいが、ちょくちょく国に帰って来てはソフィア様の元に顔を出しているようだった。
悪い虫がついてしまったら困ると思い、彼のことを調べた。
彼は立派な大使だった。それに彼女がボルナットからカーレンへ移住する時に手を貸してくれたらしい。
仕事も世話をしてくれて住まいも提供してくれた。
なんて素晴らしい、徳の高い方なんだと感謝した。
そして自分が手を貸せなかったことにショックを受けた。
私にはそんな力はない。資産があるわけでもない。結局は彼女にしてあげられることなど大してないのだと思うと、少し悔しい気分になった。
人間というのは欲が出てくるもので、陰の存在でいいと思っていても、それ以上を求めてしまう。
彼女にその大使より役に立つ男だと思われたかった。
感情は表に出さない。
そう教育されていたから、自分の気持ちは墓場まで持って行くつもりだ。
ソフィア様が困っていることがあれば、何でも手を貸すつもりだった。
彼女が外国語学校を作ることになったという時には、予算の計画書に漏れがないか確認し、効率的に進められるように助言した。
建築資材に対して自国の物を使うという彼女に対して、今後外国との取引が多くなることを見越して、安く手に入る海外の資材を輸入することをすすめた。
長い目で見れば、ある程度国外の物を取り入れるのは、自国の輸出量を上げることに繋がるから必要だといった。
私の存在は仕事仲間というだけなのかもしれない。
それでもいいか。
彼女たち親子が幸せでいるならと自分の気持ちに蓋をした。
レオが十歳の頃だった。
「いや……バレバレだから」
レオと二人で釣りをしていた時に、彼が私にそう言った。
「何が?」
私は焦ったが、冷静な表情を崩さなかった。
まさか……私の感情が十歳の子供に見破られているとは思いもしなかった。
「応援はしないから。母さんモテるから。自分で頑張りなよ」
「別に、頼んでない……」
その後はずっと二人とも口をきかず、いつまでもしならない釣り竿を見つめていた。
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