38 / 60
38 その人
しおりを挟む◇十歳 レオ◇
レオが十歳になった。
「母さん、今日は表彰式だよね。ムンババ様も来るの?」
「いらっしゃると思うけど……レオ、あなたまた靴を壊したでしょう。もう何足目なの?もうちょっと大事に履いてちょうだい」
ムンババ様がいらっしゃるということより、レオが月に一度は壊してしまう靴のことが気になった。
レオの壊れた靴を手に取って、修理できるかを確認する。
「今度壊したら、裸足で学校へ行くことになるからね」
「分かった。丁寧に履くよ」
もう小言を言われたくないのか、レオは自分の部屋へ逃げていった。
カーレン国へ来て十年が経った。
外国語を教え、学校をつくり、老若男女にある程度言葉の理解能力が付いたことに対し、私は表彰される。
表彰式は年に一度開催される。
畏れ多いので、辞退したいと申し上げたが認めてもらえず、今日を迎えた。
国王から受彰者に感謝状と勲章が授与され、功績、善行などをたたえられて広く国民に知らされることとなった。
表彰式は滞りなく終わり、私はムンババ様に家まで送っていただいた。
ソフィアをエスコートするのは十歳になったレオだった。可愛らしい少年の姿に皆が微笑み、拍手を送ってくれた。
「母さんより、僕の方が目立ってたんだ。全く意味が分からないよ」
「お前が可愛かったんだろう。良かったじゃないか、目立って」
「よくないから。別に目立とうと思ってないし」
ムンババ様とレオはまるで親子のような掛け合いをしている。
側で見ていると微笑ましい。
「国に貢献した者に与えられる栄誉な物だ。遠慮せず、ありがたく受け取ればいい」
彼は「おめでとう」と私に優しく微笑んでくれた。
「ありがとうございます。とても栄誉なことで大変嬉しいです。これもムンババ様のおかげです」
彼にも感謝を述べた。
その夜、レオの今後についてムンババ大使と二人で話をした。
ムンババ様に恩は返せたのだろうか。カーレンの国のために貢献することは私にとっても恩返しだった。
「この先、カーレンでのびのびと、自由に育てて行くのも勿論いいが、カーレンに囚われることはない」
「と、言いますと……」
「レオはもっと野心を持ってもいいと思う。彼は偉業を成し遂げられる素質がある」
「そう、ですか……」
「本心は、カーレンでずっと暮らしていってもらいたい。後に王を支え国を動かすくらい大物になってくれることを願うが、レオの未知数の可能性を試すのはここではないだろう。勉学にも長けていると聞く」
カーレンでの教育環境には限界がある。より高い学力を身に付けるならばやはりボルナットだろう。
「留学はさせるつもりです。ただ、私がまだ子離れしたくないので……駄目ですね。女親だけだと子供に甘くなってしまうのでしょうか。男の子に強く厳しく接するのが難しいと感じることがあります」
「父親が必要か?」
「……」
その時、部屋にいるはずのレオがリビングにやって来た。
彼は子供らしからぬ真面目な顔で。
「ムンババ様。僕には父親がいます!」
大使は優しい目でレオを見るとこう言った。
「知っているよ」
◇十三歳 レオ◇
「母さん。今日はあの人がくる日だよね?」
「そうよ。港まで迎えに行ってくれる?」
「ああ、分かった。荷物はあるかな?」
「さあ、どうかしら」
「じゃあ、行ってくる!」
レオは何も持たずに家から飛び出していった。
十三歳になるのに、まだまだ子供だわと困ったような顔で彼を見送った。
「まったく困った国だ。そもそも国際銀行がないのが一番の問題だ」
銀行がないので、わざわざこの国まで足を運ばなければならないような言い草だ。けれど実際彼は、レオの成長を見るためにここへやって来ているのだ。
「田舎呼ばわりしないで下さい。結構ここで楽しんでいるじゃないですか、食べ物が美味しいとか、空気が綺麗だとか。国民がみんな幸せそうだとか言ってるくせに」
「確かに、幸せだろうな。この国の国民が羨ましいよ」
そう言うと彼はレオの頭を撫でた。
レオはクイッと首を傾けて、その手をよける。
もう子ども扱いをするなという意味だろう。確かに身長はもう少しで彼に並びそうだ。
半年に一度、必ず彼はこの国にやって来る。
それはもう十三年続いている。
彼はソフィアハウスの収益を必ず私の元へと届けに来てくれている。
そして、領地で起こった出来事、今の領民たちの生活、邸の状況。それを事細かに報告してくれる。
そして私は彼の話を聞き、領地経営について、領民たちの生活についてなど、領地で何をしていくべきか、今後の方針を話し合っている。
彼が滞在する間、レオは彼にくっついて離れない。
彼から学ぶことが多いのだろう。
レオの興味はもうカーレンにはなかった。
将来自分がすべきことに向かい、真っすぐに心を決めているようだ。
今、バーナードの領地は領民たちが干ばつで苦しんでいた。何年も続いた日照りにより、作物は実を付けず井戸は枯れている。
国からの援助で数年は持ちこたえているようだが、領主が役に立たない。領地の舵を取る者がいない状態だ。
スコットが戦地から帰還し、領地経営に携わっているのは聞いているが、一丸となり皆で頑張っていても、今のバーナードが全く仕事をしない状況が足を引っ張り、うまくいっていないようだった。
彼は今、病を患いもう先は長くないという。
後継者がいない場合、領地が国に返還される。新しい領主がやって来るだろうと領民たちは思っていた。
領民たちから信頼を失ったバーナードは、すでに全てを投げているようだ。
自分には跡継ぎもいない。どうせ死んだら後のことはどうなろうが関係ないと思っているようだった。
「準備は整ったようね。コンタン」
「はい。整いました。奥様」
4,613
お気に入りに追加
7,290
あなたにおすすめの小説
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる