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34 ムンババ大使の登場
しおりを挟む「私はカーレン国大使のムーン・ババール・ポゼッサーと申す。ソフィア様はボルナット王太子妃ステラ様の御友人であられる。今はボルナットの国民になり身分は平民ということなので、ここからはいつも通り、ソフィアと呼ばせてもらうよ」
ムンババ大使はバーナードとミラ、そして私に向かい話し出した。
「私はこの国の王太子殿下と、公私ともに仲良くさせていただいている。勿論仕事上の付き合いがあるのは当然なんだが、それ以上に友人としてだ。それ故にステラ様とも話をする機会もある。ステラ様からソフィアのことを宜しくと頼まれている。だから大使館での外国語教師の仕事もソフィアに任せた。彼女たちがこの国で苦労しないように見守るつもりでいる」
「ステラから頼まれたのですか……だから……」
なるほど大使館での仕事がすんなり決まった訳が分かった。
大使館で働く者は皆ちゃんとした身分や経歴を持っている。たいした知り合いでもない外国人を雇い入れるなんて、おかしいと思っていた。
バーナードはムンババ様の話に苛立っている。
「そんなことはどうだっていい。とにかくソフィアは国へ連れて帰る。私たちは話し合う必要がある。だが、それはこの国でなくともできるだろう。ゆっくり邸に帰ってからお互いの今後を考えていこうと言っているんだ。そもそも、ここでの生活を長く続けることが君にできるのか?収入は?持ってきた金だけでは生きてはいけないだろう」
よほど贅沢をしなければ暮らしていける。彼からの慰謝料を期待してもいない。
とにかく何もいらないから、私の前から消えて欲しかった。
「ステラ王女がこの国、ボルナットに母子専用の施設を建てる計画をされている。そこでソフィアに、その手伝いをしてもらうために、王宮へ出仕して欲しいという打診があった。今後は王宮内に住まいを移し、そこでステラ王女の側近となり仕事をしていくことになるだろう。勿論、ソフィアの考えを訊いてから返事をもらえればいいとおっしゃっていたが」
ステラが王宮で仕事をするように言っている?王宮に私を囲う?
「ステラ様が……そうですか」
私はムンババ大使の言葉の意味を考えた。
「バ、バーナード様は王宮へは来られませんよね?他国の王宮へ足を踏み入れるなんて無理です。そんな権力は持ってらっしゃいませんし、謁見を願い出たってステラ様が断られるわ」
「ミラ、少し黙っていて」
ステラは私を王宮で働かせる?私はもうあと四カ月もすれば子供が生まれる。それから少なくとも半年くらいはまともに仕事なんてできない。
今の私の身分は平民。その私の面倒を宮殿でみるというの?
ありえない。
「元夫である……バーナード。君はもう、彼女に会うことはできないだろう。あきらめて国へ帰りなさい」
「クソッ……!ソフィア!それでいいのか?一緒に帰ってはくれないのか?もう二度と私は間違いは犯さない。マリリンには騙されていただけだ。領地の者は君の帰りを待っているんだ。邸の使用人達も君のことを心配している。帰ってくることを望んでいるんだぞ!」
バーナードは悔しそうにテーブルを叩いた。
「バーナード。貴方はどうやってここの住所を知ったの?コンタンに教えてもらった?それともモーガン?ダミアかしら」
「私はここのことを調べるのに苦労したんだ。君が思っているよりずっと手間がかかった。ここの住所はその侍女の実家とメイドの手紙で情報を得て、それから調査員も使い調べたんだ。金も随分かかった」
要は邸の使用人は教えてくれなかったということだ。コンタンは言わなかった。他の者もバーナードを助けなかった。
彼の信頼は地に落ちている。
「貴方はご自分で調べられてここまでいらっしゃったのよね?ということは、コンタンやモーガンは私の居場所を教えなかった。貴方は、屋敷の者から私の居場所を聞き出せなかったということですね」
邸の使用人たちは彼を見限ったのかもしれない。
「とにかく!ソフィア様は国へは帰りませんし、ステラ様の御友人なんですからここで十分暮らしていけます。旦那様の心配には及びません」
「ミラ……」
多分ムンババ大使は私に助け舟を出してくれている。
ステラから『私を頼む』と言われたのは事実だろうけど『王宮に出仕する』というのは嘘の可能性がある。
ムンババ様は先程の会話から、妊娠をバーナードに隠していることに気が付いているだろう。
けれど彼はステラから、私の妊娠についての詳しい事情を聞いていない可能性が大きい。
万が一、ステラが司教を騙すことに手を貸した事実が知られたら、彼女に汚点が付き、ステラの王太子妃としての立場が危うくなる。
妊娠の事実をバーナードに知られるのは時間の問題だろう。それまでに私は……逃げなければならない。
急いで決断しなければ。
「ミラが言うように、私はステラの元へ行きます。宮殿に住まいを移し、そこで母子のための施設を作る手伝いをするわ。以前やっていたことだから、誰よりもその仕事の適任者だと思うし、ステラに求められているのなら私は応えるまでよ。そして、ミラ。あなたは国に帰りなさい。これは命令よ。王宮への出仕に侍女はついてこれないの。私が働くためにメイドがついてきたらおかしいでしょう?私は平民なんだし」
ミラはハッと驚いて、急に泣き出しそうな顔になる。
ここで情に流されてしまっては駄目だ。少なくとも私の居場所を話してしまうミラは、お腹の子のことも黙っていられないと思う。
「バーナード、ミラは国に帰るわ。そして私はステラの元に行きます。もう、バーナード、貴方とは二度と会わない。領主であるなら領民たちのことを一番に考えて。私を探すことに時間を取られて、領地は人任せにしているのなら、それは間違った行動よ。領民たちからの信頼を完全に失う前に、自分で取り戻す努力をするべきだわ」
領民を飢えさせないために、私がどれだけ尽くしていたかバーナードは知らないだろう。
領主であるならその職務を全うし、領地を発展させて領民たちを幸せにする義務がある。
私が領地に帰ったら自分の立場が良くなるだろうと考えること自体が怠慢だ。
良い人間関係を築けるように努力し、自身の成長を促進するべきなのに分かっていない。
そこに私に対する愛はない。
今の彼は自分の為に行動しているだけ。自己中心的な思考が極端になり、他人の視点を全く考慮できてない。
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