26 / 60
26 ケビンの父親
しおりを挟む彼らは、金糸で刺繍が施された仕立ての良い服を着ていた。ギラギラとして趣味は悪いが、金がかかっている物に見える。
ケビンは貧しい暮らしはしていないだろう。
「この度は愚息がとんだご迷惑をおかけしたようで」
頭を下げた太った男は、ケビンの父親のデクスターだと名乗った。
デクスターはガマガエルのような顔にたくさんのシミと皴がある。
「……」
息子だというケビンは黙って俯いている。顔には無数の青あざがあり、殴られたのだなと一目でわかった。
「こら!あやまらんかぁ!」
デクスターはケビンの頭を拳で殴った。
モーガンが驚きのあまりウッと声をあげる。
「す、すみませんでした!」
ケビンは頭を下げた。
腫れあがった瞼の下からアーロンと同じ黒色の瞳が見えた。
「……!知らないわよ!こんな男!」
マリリンが彼の姿を見て、わなわなと震えだした。
ずっと殴られていたのだろう彼の腫れあがった顔面を見て、彼女は恐怖を感じたようだ。
「マリリン……」
「なんであんたがここに来るのよ!」
「俺だって来たくはなかった!お前が妊娠なんてするから悪いんだろう!」
その言葉を聞いて、デクスターがまたケビンを殴った。
この父親は、暴力で人を従わせるタイプの男のようだ。
この場が一瞬で修羅場と化す。バーナードとスコットは黙って成り行きを見ている。
マリリンはもう言い訳できない。
「子供が生まれても面倒をみられないって、あんたが言ったんでしょう!ならずっとおとなしくしときなさいよ!なんで今さらしゃしゃり出てくるのよ」
二人は罵り合う。
ガブリエルは戦場で同じ隊にいたケビンの足取りを追った。
ケビンは終戦後、田舎に帰り家族と共に暮らしていたという。彼はそこまで出向いて行き調査していた。
コンタンは彼の経歴と家業を調べた。
それによっていろんなことが分かった。ケビンがマリリンの子を認知できなかった理由も調べ上げた。
「この子がアーロンか。うちの家系の血を引いて、髪の色も目の色も黒だな。わしと全く同じだな」
二人の様子に動じず、デクスターはアーロンを見る。顔がニヤニヤと笑っている。
「違うわ!この子はケビンの子じゃない!」
「もう、バレたんだし仕方がないだろう!」
バーナードは眉間にしわを寄せた。
悪質な彼らの計画によって、自分は利用されたのだ。
戦争の混乱に乗じ、自らの責任を押し付けようなどと不届きな考えには、まったくもって反吐が出る。
ガマガエルのようなデクスターが話し出す。
「こいつは結婚しているが嫁が歳をくっている。もう子を望めないだろう。だが、事情があって離婚をするわけにはいかない」
ケビンには十歳上の妻がいるらしい。
コンタンとガブリエルの調査でケビンの家族関係は調査済みだ。
妻の実家から多額の金を受け取って、婚期を逃した女を戦前に娶ったらしい。
ケビンの父親デクスターは、アーロンに「おいで」と腕を伸ばした。
アーロンは嬉しそうに出された手の方へよちよち歩み寄る。
「このマリリンとかいう女が妊娠したと知った時には、自分の子じゃないかもしれないと思ったらしい。けれど、この子を見たら一目瞭然だ。お前の子に間違いない」
デクスターはアーロンの頭を撫でると、ニヤニヤ嬉しそうにその小さな体を抱き上げた。
「マリリン。もう逃げられないぞ」
スコットがマリリンにそう告げた。
「二人を引き取ってもらう。結婚してようが自分の子だろう。責任をもって育てろ」
バーナードはケビンに冷たい視線を投げた。
「いや、こちらとしては願ったりかなったりだ。領主様、喜んでアーロンを我が家に迎え入れよう。何ともめでたい話だ」
「では、マリリンは愛人としてケビンの家で世話になることに……」
バーナードが愛人という言葉を発すると、デクスターが驚いたように言葉を被せる。
「まさか、そんなことはしないぞ!」
彼はワハハッ!と大きな声をあげて笑った。
「マリリンはわしの嫁にする。ケビンには妻がいるからな。それに、わしの妻はもうとっくに亡くなっている。今は独り身だ。アーロンは孫だが、わしの子として育ててやる。使えん息子よりよっぽど役に立つだろう」
上機嫌でアーロンを抱き上げながら、ガマガエルの大きな口角が上がる。
太った毛深い腕の中でアーロンは機嫌が良い。
「可愛いのぉ、赤子なんぞ何十年ぶりか。このように愛らしい子ができて、わしも若返るわい。領主様、今まで面倒を見てくださって感謝しておりますぞ」
血のつながりを感じるのか、アーロンは人見知りもせずにケビンの父親に抱かれてキャッキャッとはしゃいだ。
「い……いやよ!いや!なんで私がこんな汚い親父の嫁にならなきゃいけないのよ!アーロンはいらないわ、あなた達にあげるから」
その時、ケビンが平手でマリリンの頬を打った。
「口ごたえするな!親父に逆らったら、酷い目にあうぞ。だいたいおまえが子供なんて産むから、俺がこんな……」
「お前のような駄目な息子でも、子をつくったことだけは誉めてやるぞ」
見ていられない光景だった。
マリリンは何とかこの状況から抜け出そうと、鬼のような形相で叫んだ。
「嫌よ!子供だけ連れていけばいいでしょ!私は……」
バシン!
今度はデクスターがマリリンの頬を殴った。
女性に手を上げる男はクズだ。普通ならば止めに入るだろう。
しかし、誰もその行動に物を申す者はいなかった。
「アーロンは……あげる……から……」
マリリンはビクついて、バーナードに助けを求めるような視線を向ける。
「なになに、悪いようにはせん。何より我が家は養鶏で儲かっているからな。働き手はいくらでも必要だ。夜は私の相手をすればいいだろう。十分自由に暮らしていけるぞ」
「自由なんてある訳ないじゃない!」
ケビンがマリリンを見下した目で見ながら「この、売女が」と呟いた。
マリリンは赤く腫れ上がった頬を抑え、憎しみのこもった目で彼を睨みつけた。
「マリリン。黙れ毒婦め」
バーナードの口から出たのは、侮辱的な言葉だった。
デクスターはバーナード達に向けて宣言する。
「アーロンには乳母をつけ、我が子として立派に育てよう。ご心配には及びませんぞ。何より血を分けた跡取りだ、大切に育てますぞ」
デクスターの言葉に、自分が一緒に暮らすわけでもないのに、ゾワリと悪寒が走った。
なんともおぞましい光景だとモーガンは目を伏せた。
5,745
お気に入りに追加
7,319
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる