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19 領主様のお子

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 私は執務室へ行った。
 ソフィアが今まで使った夫人の予算を知りたかった。
 彼女はずっと貴族令嬢だった。ドレスや宝石、高価な家具や調度品に囲まれて生きてきたソフィアがその品々を食糧に変えたなど、信じがたかった。

「モーガン!ソフィアの出納帳を見せろ。確認したいことがある」

 勢いよく扉を開けた私に驚いて、モーガンとコンタンが仕事の手を止めた。

「奥様の……ソフィア様の現金出納帳ですね」

 モーガンは棚に整理してある帳簿類の中からソフィアの物を手に取り私に手渡した。

「こちらも必要ではないですか?」

 モーガンがソフィアの物とは別の分厚い帳簿も私の元に持ってくる。
 それは数冊にも及ぶマリリンの帳簿だった。
 日付、科目、摘要、使われた領収書が収まり切れなかったのか、中身がはみ出している。

 ダミアが言ったように、マリリンが購入した物はソフィアの数倍。いくらアーロンと二人分の物だったとしてもこれは多すぎる。
 それに比べソフィアは、普段着のドレスを数着購入しただけで、後は日用品。ほとんど使っていない。

「そんな……馬鹿な……ソフィアは貴族たちの茶会やパーティーに何度も出向いているだろう。なぜこんなに少ない予算でやっているんだ。煌びやかなドレスや宝石はいったいどうしたんだ」


「旦那様。ソフィア様が参加されていたパーティーは、すべてチャリティーイベントや慈善活動のパーティーです。支援や寄付を行うことを目的とした物です」

 なんだと?マリリンや使用人たちは、妻が綺麗なドレスでパーティーに出かけていると言っていた。羨ましいと……遊びに行っていたわけではなかったのか。
 貴族は社交も大事だ。だからソフィアも高位貴族たちとの繋がりで、参加しているのかと思っていた。
 彼女は恵まれない者たちのためにパーティーに参加していたのか。

「ソフィアを……ソフィアを今すぐ捜せ!屋敷の者全員を使ってでもいい。彼女を捜し出して連れてこい!今すぐだ!」

 モーガンは黙って眉根を寄せた。

「捜してくれ……頼む……」

 私はその場に膝をついた。



 ◇


「旦那様、町へ出られるのでしたらお供します」

「隊長、スコットの実家でしたら俺も行きます」

 コンタンとガブリエルが邸を出ようとしている私についてくるという。
 マリリンを是が非でもスコットの家に押し付ける。

 アーロンが孫であることをスコットの両親が認めれば、きっとソフィアも戻ってくるだろう。馬丁に馬を用意させ、私は馬に跨った。

「いや、一人で行く!」

「隊長、そんな状態じゃ、話も聞いてくれないでしょう。もう少し落ち着いてから」

「いい!行ってくる」

 急がなければならない。妻を呼び戻すためには、一刻も早くマリリンたちを屋敷から追い出さなければ。
 私は一人で手綱を握った。


 馬を駆けスコットの家へ到着した。
 息子が戦死してしまったことで、両親は先の望みを失い生気の抜けた状態にあると聞く。ここにマリリン親子を引き渡さなければならないとなると一筋縄ではいかないだろう。けれど孫がいる人生を望んでくれる可能性に賭けるしかない。

 馬を木の幹に巻き結びで繋ぐと、急いでドアを叩いた。
 私は、スコットの父親にマリリンとアーロンのことを話し、もう屋敷では面倒をみない旨を伝える。
 自分の孫が、路頭に迷ってもいいのかと。

「はっきり申し上げてよろしいですか?」

 スコットの両親は不快そうに眉をしかめる。その声は低く震えているように聞こえた。
 彼が拒否しても引き下がるつもりはない。私はソフィアを手放したくはないのだから。

「……なんだ」

「うちは代々金髪碧眼の家系です。いても薄いブラウンの髪色。黒髪黒目なんて、珍しい色を持って生まれた者は一人もいない。先祖代々、一人としていません」

 必ずしも、遺伝子を受け継いだ子供が、そっくりの容姿に生まれつくとはいえないだろう。成長と共に顔の形や髪の色も変わってくるだろう。

「それは、マリリンの祖父が黒髪黒目だったから隔世遺伝だったのだ。彼女はそう言っている」

「領主様は、その祖父という人を見たことがあるんですか?」

「もう、かなり前に亡くなったと聞いている」

「本気でおっしゃっているのですか?」

 そして家の奥に入って、スコットの小さい頃の絵姿を持ってきた。
 そこにはアーロンとは似ても似つかない、金髪で縮れ毛の利発そうな男児の姿があった。

「アーロンとかいう赤子は、バーナード様、領主様のお子でしょう」

 スコットの父親がそういう。

「な、なんだと!」

 奥から母親が出てきた。

「いい加減にしてちょうだい!自分にそっくりな赤ん坊を連れてきて、スコットの子供だなんて……あなたはいったい、どこまで私たちを苦しめれば気が済むの!自分の不始末を私たちに押し付けないで!スコットに……スコットの名誉のためにも……そんな失礼なことは言わないで!」

 泣き崩れる母親を前に耐え難い絶望と怒りを感じた。
 なんだと、俺の子だと……

「そんなこと、あるはず……」

 そこへ後から追いかけてきたのだろう、コンタンとガブリエルがやってきた。
 スコットの家の前でこぶしを握り締めている私の姿を認めると、駆け寄りスコットの両親に向かって頭を下げる。

「スコット様の御両親殿。大変失礼いたしました。どうか、間違いを正すべく、バーナード様に諫言しますのでどうかお許しください」

 コンタンが謝罪をのべた。

 ガブリエルがスコットの両親に、自分は戦地でスコットと共に戦いましたと告げ、なだめるよう話しかけていた。

 そして、私はコンタンに引きずられるように連れ戻された。

「なぜだ!ちゃんと違うと言わなければ。私の子などではない」

 まさかスコットの両親までもが私の子だと思っていたなんて驚いた。
 邸の使用人は私があまりにアーロンを可愛がっていたせいで勘違いしたが。領地の、親友の親にまでそんなことを思われていたなんて……

「ソフィアがいてくれたら、妻がいる身の私がそんな間違いを犯すはずがないと、ちゃんと証明してくれたはずだ。ソフィアは領民にも人気が高い。彼女が誤解だと……」

「バーナード様、どこまで貴方は短絡的なんだ」

 コンタンが深いため息をついた。
 邸の使用人の立場である者にまでこんな言われようをしなければならないのか。
 自分の信用は地に落ちたようだなと皮肉な笑いがこみ上げてきた。

「私について来てください」

 そう告げると、コンタンは自分の馬に跨り先導した。

 もしかして、コンタンはソフィアの居場所を知っているのか……


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