旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾

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7 メイドの交代

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私は一緒に食事を取らないかとマリリンさんを食堂に誘ってみた。

彼女は遠慮して自分は部屋で食事をしますと言うので、直接コミュニケーションを図るのが難しかった。

バーナードは何度かスコット様のご両親の家に話に行っているようだ。
 とても気になったので、どうだったか様子を尋ねる。

「スコットの両親は、息子の子供だとは認めないと頑なだ。駐屯地でマリリンとスコットは恋人同士だったと言っても信じられないという」

誰の子かわからないような子を自分の孫だとは認めない。と厳しい返答で今のところ取り付く島がないという。

「今後どうされますか?」と聞いてみたけど。

「顔を見ればきっと スコットの子供だとわかるはずだ。時間がかかるかもしれないけど、血を分けた家族だ。必ず孫に会いたいと思うに決まっている。それまではうちの邸で彼女たちの面倒を見るつもりだ」

それがバーナードの答えだった。





「ソフィア様、以前からマリリンさんに付いていたメイドが交代したのを御存じですか?」

ミラが私の部屋に花を飾りながらそう言った。
庭に咲いたラッパ水仙を少し摘んできて、可愛い花瓶に生けてくれている。

「メイドが代わったの?」

マリリンさんは初めての子育てだ。子供を産んだことのある古参のメイドにマリリンさん達の世話を頼んでいた。
あくまでも不便なことがある時の相談役として付けていた者で、世話をするといっても自分たちのことは、できるだけ自分でやってもらうようにと言づけていた。

「洗濯とか食事を取りに行くとか、ご自分でできることはご自分でそろそろやって下さいと担当メイドが申し上げたら、メイド長に自分の使用人を変えて欲しいと願い出たそうです」

まぁ……
かなり驚いた。でも直接本人から聞いたわけではない。

「ダミアからは聞いてないけど……」

「メイド長が旦那様に確認したら、今はまだ客人として接して欲しいと言われたみたいです。旦那様は奥様には自分から伝えるとおっしゃったそうで……」

「そう……」

バーナードは何も言っていなかった。
忙しくて顔を合わせてなかったから、話すタイミングがなかったのかしら。

ミラのことは信用していないわけではないけど、私びいきな所があるから、気を付けて話をしなければならない。

「ありがとうミラ。お花がとてもかわいいわ。いい香りもするから素敵ね」

なんだかいろいろ考えて疲れてしまう。
戦時中のドタバタした中でみんなで一丸となって邸と領地を守っていたころが懐かしい。あの時の方が肉体的にはしんどかった。

けれど苦しいとは思わなかった。


それから使用人たちの人数が一気に増えた。
旦那様が帰ってくる前の三倍だ。
新しく入ったメイド達は、マリリンさんがどんな人なのか知らない。

最近より一層、ミラの愚痴が増えた。

「新しい使用人には、マリリンさんのことを旦那様のお客様だと説明しているから、彼女に対する扱いも丁寧なのかもしれないわね。事情を知らない使用人も多いから」

なんとか使用人たちの不満を取り除いてあげたいけど、それはなかなか難しかった。

「新人の子はマリリンさんのことを、旦那様の大切な人だって言ってます。間違いじゃないですけど、いずれ出ていく人なんですから、そんなに大切に扱う必要とかないですよね。旦那様がちゃんと立場をわきまえるよう、マリリンさんに言ってくださればいいのに。何様のつもりなのかさっぱりわかりませんし」

私はこのままいけば、新旧の使用人たちの間に亀裂が入り分断すると思った。

できるだけ気にしないように、マリリンさんのことは見て見ぬふりをしていた。
けれど私だけの問題ではなくなってきている。

新しいメイド達はまだ教育が行き届いていない。
人数の差で、古くからいる者の意見が通らなくなっているような気がしていた。

そんなある日。

「慣れない屋敷の生活で、マリリンが使用人たちから冷たくされていると言っている。もう少し気遣いを持って彼女たちに接してくれないだろうか」

突然バーナードがソフィアにそう頼んできた。

新しい使用人たちは、マリリンさんをまるでバーナードの恋人のように扱っているのは知っている。
けれど三分の一は、昔からこの屋敷で働いてくれている使用人だ。

私が女主人で、戦時中ずっとここで領地の執務をこなし、皆と一緒に頑張っていたのを知っている。
マリリンさん達に冷たく当たるのは仕方がないだろう。最初の内はお客様扱いをしていたけれど、彼女の立場は居候だ。

旦那様がマリリンさん達に対する態度を変えない限り、それは続くだろう。
愛人として彼女をここに置くのなら、そうちゃんと言ってくれなければ、私もどうすればいいのか分からない。

私は意を決して旦那様に尋ねることにした。

「旦那様、マリリンさん達を今後どうされるおつもりでしょうか?旦那様が彼女を大切に思っていらっしゃることは存じています。第二夫人としてここに迎えるおつもりですか?それならば、私にまず、相談されるのが筋かと思います」

バーナードは驚いて目を丸くした。

「まさか、そんなはずがあるか!マリリンはスコットの恋人だ。私は彼女を第二婦人にするなど考えたこともない」

なら、いったい彼女に対する扱いは何なんだろう。

「では、いつまで面倒をみられるおつもりでいらっしゃいますか?」

旦那様は無言で、思案している。

「ソフィア。赤子を抱えた女性が仕事を探せるはずがないだろう。この戦後の混乱の中、沢山の者が職を求めて苦労している。産まれたばかりの子供を抱えた女性が一人で生きて行けるはずがない」

知っている。分かっているわそんなこと。私は頷き、話の先を促した。

「頼る者がいない人々を助ける方法として、孤児院や教会、慈恵院への援助をしている。だが、全ての者を助けることはできない。マリリンには私がいる。誰かが手を差し伸べられるのなら、そうしてやるべきだと私は考えている。彼女はスコットの恋人だった」

親友の大切な人だったから助ける。それは理にかなっているだろう。けれど限度がある。助ける方法は彼女達の全ての面倒を見ることではない。
マリリンさんが今後一人でも生きて行けるように、道を作ってあげるのが必要な助けだと思う。

「そうですね。戦争で親を亡くした孤児や、夫を亡くした妻たちがどうやって生きて行くか。そういう者たちに生きるべき場所を提供するのが国の務めですし領主としての仕事だと思います」

夫を亡くした妻や、幼子を抱えた母子。戦争孤児たち。怪我や病気で働けない者たち。世の中にはそういう人たちが沢山いる。

問題はマリリンさんだけの話ではないと私は考えた。
孤児や障害を負った者たちへの援助金は国から出る。夫が戦死した妻へ対しても遺族年金が与えられる。
だけど未婚の女性で子供を持った者に対してはその制度がない。

ないのなら作らなければならない。

「もう少し、待ってくれないか。スコットの両親が、アーロンと会いたいと言ってきているんだ。その日が決まれば、彼女たちはスコットの両親の元へ行くかもしれない」

「そう……なんですね」

「ああ。マリリンの体調が整い、彼女が外出できるようになればすぐにでもスコットの両親と会わせようと思っている」

「そうですか。分かりました」

納得はしていなかったが、そう言うしかなかった。

ここは旦那様の邸で、バーナードが主人なんだから。

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