上 下
20 / 31

ウィリアムside 仕事に追われるウィル

しおりを挟む
こんなに大量の仕事を彼女がしていたのか……毎日すべき仕事だけで机の上がいっぱいになっている。
ひと月ぶりに自室から出て、王宮の執務室で仕事を始めた。

ベッドの上でできる物は、やっていたつもりだった。
しかし期限がない仕事や、急ぎでない物は後回しになっていたようだ。

「ステラがこれを処理していたのか?」

「ステラ様もかなり遅くまでかかってやってました。勿論すべて完璧にできたわけではないですが、私たちと共に、勉強しながら一生懸命頑張って下さいました」

「彼女の釣書には頭のいい女性だと書いてあった。学習能力に長けていて、物覚えも早いのだろう」

「そうですね。かなりの才女なのでしょう。最初の頃は、煩く教えようとする王妃教育の教師たちを、返り討ちにしていましたから」

ジェイは思い出したように笑った。
皆、自分の知らないステラの話をする。

「ステラ様は、効率的に進める事にこだわっていましたね」

「無駄を省けば、その分余裕ができるっておっしゃってました」

他の事務官たちもステラを賞賛する。

「あの方は凄いです。女性とは思えない」

あまりに皆が褒めるので気分が良くない。

「確かに女性らしくないな。ステラは言うことが辛らつだ。はっきり物を言いすぎる」

大して話した事はないが、自分が感じた彼女の感想を言った。
しかし、それを聞いた事務官たちは首を横に振る。彼女を悪く言うと、皆が気分を害するらしい。

「殿下はもう少しステラ様とお話をするべきです」

「そうです。ものすごく女性らしい一面もお持ちです。新婚の時は、こちらが赤くなってしまうほど可愛らしかった」

「美しいだけではなく、なんというか、ずっと見ていたくなるような穢れのない感じの方です。それでいて、この人に従おうと思わせるオーラをお持ちでした。殿下があまりステラ様を表に出したがらなかったので、こっそり覗き見しに行ったりしました」

そんな事をしていたのかと思わず眉根を寄せる。
昔から執務室にいる者たちは私を揶揄っているのか?

「ほめ過ぎだろう」

腹立ちまぎれに音を立てて机の上に書類を重ねた。


「殿下が事故に遭われた時、混乱した王宮の臣下たちに指示を出していたのはステラ妃です」

「そんな事が新参者にできたのか?お前たちはすこしステラをカリスマ視し過ぎているようだ」

いくらなんでも、ステラが指示を出さなければ動けない程、皆が無能だとは思えない。

「何もできない私たちの救世主でした。ステラ様は凄かった。勿論、女性ですし他国の出身ですから、最初は執務室の者も使用人達も皆、言うことを聞きませんでした」

ジェイが低い声で当時の状況を説明する。

「それはそうだろう。上に立ち、臣下に命令する機会はなく、きっと苦労したのだろう。人を動かすには信頼を得る必要がある。信用されるには時間もかかる」


新しく来た彼女が、宮殿の古参たちを指示に従わせるのは難しかっただろう。
彼女は隣国から来た王太子妃だ。
今まで何かを決定する必要はなかったはず。

一人で必死に頑張ったのか、泣いて縋ったのか。
宮殿の者たちの信頼を得るには、誰よりも努力しなければならなかったはず。その成果と努力は認めよう。



「違います。あの時は、時間をかけずに私たちをまとめ上げました。ステラ様は権力を振りかざしたのです」

「……えっ?」

「ははは、そうでしたね」

「私は王太子妃だ!私より位の高い者はここにいるのか!」

「そうそう。私の言うことを聞きなさい!ここでは私が一番偉いんだって言ってました」

まさか……そんな無茶苦茶な。

「お前たちは何も言い返さなかったのか?女の、しかも他国の者が権力を振りかざした。そんな無茶振りに文句も言わずに従ったのか?」

なんて情けないんだ。自分の部下である側近たちが女に丸め込まれたのか。

「反対するなら代案を!です」

「代案……」

「そうです」

「ステラ様より良い案を出せる者がいなかった。殿下の治療に対してもそうでした」

「救えないって言って治療を投げた医師に、ママミアの治療を拒む権利はないでしょうって食ってかかった」

「命を救えないという者と救えるという者がいる。どちらを選ぶのかは明白です。とおっしゃいました」

なんて女なんだ。

「恐ろしいほどの、自信だな」


「いいえ。ステラ様は震えていらした。命がけで言ってました。殿下に、もし何かあれば、自分は命がない事を分かっていて、それでもママミアに治療をさせた」

命がけで……そんな事があったのかと驚いた。

『仕事ができ頭がよく、カリスマ性があり、命がけで王太子を守る』そんな彼女だから皆が指示に従ったのか。

臣下たちがステラのファンであるのはよく分かった。

「わかった。彼女が凄いというのは理解した。だがいつまでも頼っていたくはない。私も早く元通り仕事をこなせるように努力する」

執務をやると言った以上は、自分でなんとかしなくてはならない。

「ステラ様に手伝ってもらえば、だいぶ楽になります。なのに、もう仕事をしなくていいなんてなんで言ったんですか」

ジェイが文句を言った。
口から出てしまった言葉は取り返しようがないだろう。

「今までずっとベッドにいたんだ。休んだ分は責任を持って自分でなんとかする」

「病み上がりなんですから、また倒れたりしたら困るのはこっちです」

ステラは慣れていない分、時間がかかっただろうが、自分は今までやって来たことだから彼女より要領よく仕事を進める事ができる。

……はずだ。

「無駄口はおしまいだ。仕事を片付けるぞ」

執務室の事務官たちにはっぱをかけた。
そうは言っても、かなりの量がある。二、三日では終わりそうにないなと思った。

一緒に散歩をして、彼女はあまり話をしない王女だと感じた。
だが、離宮で食事を摂らせろという我儘を通した。
食事が口に合わないのなら、王宮の調理師に作らせるように助言したが自分でするという。
この国に馴染もうとしていない事は明らかだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...