上 下
7 / 31

初夜再び

しおりを挟む
朝になり、予定の確認にナージャが私のところへ来た。
あれから時間が経って、今日が初夜のやり直しの日だった。

「今日は王太子殿下と寝室を共にされるご予定ですが……」

ナージャは今日の初夜が心配なのか、疲労感漂う私の体調を気にかけてくれた。

「大丈夫よ。問題ないわ」

「ご無理なさらないよう」

ありがとうと彼女に言った。


二人の取り決めをして以来、彼と顔を合わせていなかった。

殿下は公務が忙しくて、ステラ様に会いに来られないのですとナージャに説明された。
忙しくなくても彼は来なかっただろうと思った。

ナージャと一緒にいて、彼女がかなりの王室びいきだという事がわかった。

国王に仕えているのだから当たり前だけど、それにしてもウィリアム殿下を褒め過ぎる。
容姿が整っていて、誰よりも高貴で美しい王族だとか、歴代の王太子の中でも頭脳明晰で天才だとか。

確かに、ウィルは見目は麗しく、さすが王族というカリスマ性がある。仕事熱心だし公務もしっかりとこなしている。

けれど、容姿端麗でも心の温かさはないだろう。
そして、国民の為だとはいえ、身を削り働き過ぎている。
そこまで必死に仕事ばかりしていると、いつか自分が潰れてしまう。

側近に任せたり、どこかで手を抜いたりして、彼にも息抜きが必要なはずだ。

「ナージャはウィリアム殿下とかなり親しいのかしら?」

突然の質問に、彼女は驚いたように顔を赤くした。

「親しいなんて……ただ仲が良いだけですわ。私と殿下は産まれた時期が同じでしたので、私の母が殿下の乳母をしておりました。ですから、私は殿下の幼なじみみたいな感じでしょうか……とても光栄に思っています」

なるほど、母親が殿下の授乳を受け持っていたのね。

「兄妹ような存在なのね」

「畏れ多いことですが、そうなります。わたしは学園での成績が良かったので、そのまま王宮に出仕する形になっています。秘書として殿下のお傍にいた時期もございました」

そういう経緯でナージャは私の担当をしているのねと納得した。

「ウィリアム殿下のことで分からない事があったら、ナージャに訊ねればいいのね」

「そうですね。ほとんど公務ばかりでお忙しいので、お伝え出来ることはあまり……けれど、ステラ様のをよろしく頼むとおっしゃいました」

要は秘書に丸投げしたってことね。

「ありがとう。これからもよろしくお願いするわね」

私は淑女らしく微笑んだ。







食事を済ませて湯浴みをし、侍女たちに、いつもよりも丁寧に肌の手入れをしてもらった。

レースに縁どられた美しい夜着に着替え、夫であるウィリアムを寝室で待つ。
結婚式を挙げた日だったら、勢いのまま済ませてしまえたのに、間が空いた分緊張してしまう。

5人は眠れそうなほど広いベッド。
シーツはピンと張られ、真新しい寝具は最高級品だろう。

ほのかにジャスミンのような濃厚で存在感のある甘い香りが部屋の中に漂う。

寝室の雰囲気づくりはナージャが担当してくれたのかもしれない。
彼女はいろんな事に気がまわり、先を読んで行動をしてくれる有能な側近だ。

ナージャのような女性が殿下の妃だったら、もっと夫婦関係も上手くいってたかもしれないわねと感じずにはいられなかった。


ウィルが夜遅くに夫婦の寝室に入ってきた。
湯あみを済ませ夜着に着替えて上からガウンを羽織っていた。

待たせたなと挨拶された。

「今まで忙しくて、なかなか時間が取れなかった。だが君の様子は側近から聞いている」

一応、彼が会いに来なかったことを詫びているのは分かった。

「お気になさらず。お仕事お疲れ様です」

「では……準備は良いか」


この人の、時を移さず事に及ぼうとする早速感。
やっぱり、変わっていない。

ある意味、潔いのかもしれない。


「どうぞ」

余計な話は必要ないわね。
期待するだけ無駄だと考えを改め、私もベッドに横になった。

もう服なんか脱がなくても良くない?

ムードもへったくれもないんだから。

下だけ脱げば事は足りるだろう。
けれどウィルは丁寧に私の服を脱がせていく。




明日からは、もう先に服を脱いでおいた方が時短になると思った。

「たぶん痛いと思うけど、最初だけだから」

私は返事をせず、ただ頷いた。
恐怖心をあおる言葉はやめて欲しかった。

閨の教育は受けている。
覚悟はしているから、できるだけ短い時間で事を終えて欲しい。
長い苦痛には耐えられそうにない。

目を閉じて歯を食いしばった。
後はウィルに任せるしかなかった。

時折『大丈夫?』と声が掛けられたが、必死だったせいか何も言葉を返せなかった。
私は意識を逸らすため、他のことを考えて、ずっと目を閉じていた。




そして、彼はなんとかを成し遂げた。

終わった時点で疲れ切って、そのまま私は眠ってしまった。



朝が来た時には、隣に彼の姿はなかった。
閨の仕事を終え、すぐに寝室を出て行ったのだろう。
寝起きの姿を見られなくてよかった。

最初こそぎこちなかったが、そのうちなんとなく要領を掴むと、製品を作る工程のように閨は行われた。

ウィリアムは必要最低限の接触しかしなかった。
抱きしめる訳でもなく、キスもしなかった。
子どもさえできればいい、ただの杭打ち作業のようだった。

人はなぜこの行為を好んでするのか分からない。
世の中には浮気や、不倫、それを専門にした商売まである。

閨事は快楽を伴うというが、それは多分、男性だけが得る感覚なのだろうと思った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...