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朝食
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朝の食事は大勢の従者に見られながら食べる事になる。
それすら儀式と言われ、窮屈この上ない。
慣れているのかウィルは黙々と食事をとっている。
祖国では、そもそも自分のしたいように食事ができた。
勿論スケジュールは細かに決まってはいたが、朝はゆっくり一人で食事したいと言えばそうできた。
個人的に朝は寝ぼけている事が多いので、静かに過ごしたかった。
自分のサンルームに小さなテーブルを用意してもらって、私はそこで食事をしていた。
庭を見ながら朝の光を浴び、気心の知れた者たちに囲まれて幸せだった。
「ステラ様。お食事を終えられましたら、殿下がメインルームへ来るようにと申されていらっしゃいます」
給仕係の長であろう者が食事を終えた私に話しかけてきた。
いや、ウィル、あなたは隣に座っているんだから、直接私に言えばいいでしょう。
「ウィル。分かりました。メインルームへ参りますわ」
私は直接ウィルに返事をした。
従者たちがギョッとした目で私を見た。
話しかけられた者(従者)に返事を返して、それをまた従者が隣にいるウィルに伝えるというまどろっこしいルールがあるようだ。
ウィルはゆっくり私の方を見ると。
「従者の質問だ。従者を介して答えるように。皆の者、妃はまだここの儀礼に慣れてはいない。温かい目で見守ってやってほしい」
「畏まりました」
大食堂にいた者たちが皆返事をした。
◇
メインルームとは、百人ほどは入れるような広間に 十名ほどが座れる円卓がいくつか置かれている部屋だ。
予約して使う訳ではなく、重要な会議などが行われる場所ではない。
誰でも入れる広間だ。
彼は従者たちに聞かれて困るような内容を話すわけではなさそうだ。
そう思って案内の者について行く。
壁際の柱の奥、ちょうど視界が遮られるような場所、右側に隠し扉があった。
ああそういう事ねと納得した。
その隠し扉から外の回廊へ出られるようになっていた。
出口は植木が目隠しとなり、誰にも見られないように上手に隠されている。
少し歩くと、離宮への入り口に着いた。
そこにウィリアム殿下が立っていた。
隠されるように建っている離宮だ。
「王太子殿下のプライベートな場所が、私にバレてしまいますが宜しいのですか?」
私の発言にウィルは怪訝そうに眉を寄せる。
一見警備員の休憩所か何かだろうと思わせる外観だが、表のドアは施錠してある。
裏口から入るようになっているようだった。完全に隠れ家だ。
中は宮殿内とは違い、装飾は比較的シンプル。いくつかの部屋に分かれている小さな屋敷になっていた。
「ここなら誰にも会話を聞かれることはない」
「そうですか」
誰にも聞かれないとはいえ、そこには中年のメイドと護衛がいた。
彼の立場上、まったく誰もいない状況はつくれないだろう。
私たちはマホガニーのダイニングテーブルを挟み、向かい合って座った。
しっかりとしたテーブルは食事や書類仕事にと使えそうだ。
お茶が用意され、メイドたちは部屋を出て行った。
彼らを見届けると、ウィルが話し始めた。
「ステラ。私は君とちゃんと話し合うべきだと考えた」
私は頷いた。話し合いは大事だ。そして早い方がいいだろう。
「私もそう思います」
「君は結婚に納得してこの国へ来た。そこまでは間違ってはいないか」
「はい。納得して結婚を受け入れました」
喜び勇んでという訳ではない。
自分は一国の王女だ。政略で結婚する事は生まれた時から決まっている事だとちゃんと理解している。
「私と結婚するという事は、後に、この国ボルナットの国母になるという事だ。そしてこの国を継ぐ王子を産まなければならない」
「承知しております」
「王太子妃として、振る舞ってもらう必要がある」
「そのつもりです」
「……では、何故昨日の夜、初夜を拒否した」
「……私は拒否したつもりはございません。少し話をしませんかと申し上げました。出て行かれたのは殿下の方ではありませんか」
「私が閨を開始しようとした時に、話をしようと言っただろう。それは嫌がっていると相手に取られる言動だ」
「拒否されることに慣れていらっしゃいませんものね。私も同じです。拒否される経験はあまりありませんわ」
「君の言っている言葉……意味を理解するのは難しい」
ウィルは険しい顔になる。
「私は王女として生まれました。ですから政略結婚は当たり前だと分かっています。あなたもこの国の王太子ですから、愛だの恋だので結婚できると思っていらっしゃらないでしょう」
そうだとウィルは相槌を打つ。
「では、私と今後、夫婦として過ごすために必要な事は何でしょう。それは周りに上辺だけ仲良く見せる事でしょうか?違います。相手を思いやり、尊重し、大切にする努力をする事です」
「君を尊重し、思いやり、大切にしろと言っているのか?」
「ええ。それは当たり前のことでしょう」
ウィルの顔色が変わっていく。
苛立っているようだ。
「私が最も意識しなければならない事は、この国の民の事だ。国が平和であり、民が幸せであること。それを叶えるために君を娶った。自分の幸せなどはどうでもよいのだ」
ウィルは続ける。
「今後、私のその考えが変わるわけではない」
「ええ。国の為に御尽力していらっしゃると伺っています」
彼は私を睨んだ。
「自分の事しか頭になく、自分の利益を最優先するような者は王太子妃として相応しくない。君は自分が幸せでありたいと言っているのだろう。自分本位なその考え方、それは私の最も嫌う考え方だ」
「……ちがっ」
何が?
え……
私が間違ってるの?
私は混乱した。
「君とは意見が合わないようだ。だが、私たちは結婚した。これはもう今更どうしようもない事で、今後夫婦関係は継続する」
私が……自分本位な考えだったの?私の我儘?
「とにかくお互いのルールを決めよう。尊重してほしいという意見は、できるだけ望みに添えるよう努力するが、できない事はできない。政略結婚を受け入れた以上、君も最低限の努力はしてくれ」
「……承知……しました」
自分が間違えた……?
それすら儀式と言われ、窮屈この上ない。
慣れているのかウィルは黙々と食事をとっている。
祖国では、そもそも自分のしたいように食事ができた。
勿論スケジュールは細かに決まってはいたが、朝はゆっくり一人で食事したいと言えばそうできた。
個人的に朝は寝ぼけている事が多いので、静かに過ごしたかった。
自分のサンルームに小さなテーブルを用意してもらって、私はそこで食事をしていた。
庭を見ながら朝の光を浴び、気心の知れた者たちに囲まれて幸せだった。
「ステラ様。お食事を終えられましたら、殿下がメインルームへ来るようにと申されていらっしゃいます」
給仕係の長であろう者が食事を終えた私に話しかけてきた。
いや、ウィル、あなたは隣に座っているんだから、直接私に言えばいいでしょう。
「ウィル。分かりました。メインルームへ参りますわ」
私は直接ウィルに返事をした。
従者たちがギョッとした目で私を見た。
話しかけられた者(従者)に返事を返して、それをまた従者が隣にいるウィルに伝えるというまどろっこしいルールがあるようだ。
ウィルはゆっくり私の方を見ると。
「従者の質問だ。従者を介して答えるように。皆の者、妃はまだここの儀礼に慣れてはいない。温かい目で見守ってやってほしい」
「畏まりました」
大食堂にいた者たちが皆返事をした。
◇
メインルームとは、百人ほどは入れるような広間に 十名ほどが座れる円卓がいくつか置かれている部屋だ。
予約して使う訳ではなく、重要な会議などが行われる場所ではない。
誰でも入れる広間だ。
彼は従者たちに聞かれて困るような内容を話すわけではなさそうだ。
そう思って案内の者について行く。
壁際の柱の奥、ちょうど視界が遮られるような場所、右側に隠し扉があった。
ああそういう事ねと納得した。
その隠し扉から外の回廊へ出られるようになっていた。
出口は植木が目隠しとなり、誰にも見られないように上手に隠されている。
少し歩くと、離宮への入り口に着いた。
そこにウィリアム殿下が立っていた。
隠されるように建っている離宮だ。
「王太子殿下のプライベートな場所が、私にバレてしまいますが宜しいのですか?」
私の発言にウィルは怪訝そうに眉を寄せる。
一見警備員の休憩所か何かだろうと思わせる外観だが、表のドアは施錠してある。
裏口から入るようになっているようだった。完全に隠れ家だ。
中は宮殿内とは違い、装飾は比較的シンプル。いくつかの部屋に分かれている小さな屋敷になっていた。
「ここなら誰にも会話を聞かれることはない」
「そうですか」
誰にも聞かれないとはいえ、そこには中年のメイドと護衛がいた。
彼の立場上、まったく誰もいない状況はつくれないだろう。
私たちはマホガニーのダイニングテーブルを挟み、向かい合って座った。
しっかりとしたテーブルは食事や書類仕事にと使えそうだ。
お茶が用意され、メイドたちは部屋を出て行った。
彼らを見届けると、ウィルが話し始めた。
「ステラ。私は君とちゃんと話し合うべきだと考えた」
私は頷いた。話し合いは大事だ。そして早い方がいいだろう。
「私もそう思います」
「君は結婚に納得してこの国へ来た。そこまでは間違ってはいないか」
「はい。納得して結婚を受け入れました」
喜び勇んでという訳ではない。
自分は一国の王女だ。政略で結婚する事は生まれた時から決まっている事だとちゃんと理解している。
「私と結婚するという事は、後に、この国ボルナットの国母になるという事だ。そしてこの国を継ぐ王子を産まなければならない」
「承知しております」
「王太子妃として、振る舞ってもらう必要がある」
「そのつもりです」
「……では、何故昨日の夜、初夜を拒否した」
「……私は拒否したつもりはございません。少し話をしませんかと申し上げました。出て行かれたのは殿下の方ではありませんか」
「私が閨を開始しようとした時に、話をしようと言っただろう。それは嫌がっていると相手に取られる言動だ」
「拒否されることに慣れていらっしゃいませんものね。私も同じです。拒否される経験はあまりありませんわ」
「君の言っている言葉……意味を理解するのは難しい」
ウィルは険しい顔になる。
「私は王女として生まれました。ですから政略結婚は当たり前だと分かっています。あなたもこの国の王太子ですから、愛だの恋だので結婚できると思っていらっしゃらないでしょう」
そうだとウィルは相槌を打つ。
「では、私と今後、夫婦として過ごすために必要な事は何でしょう。それは周りに上辺だけ仲良く見せる事でしょうか?違います。相手を思いやり、尊重し、大切にする努力をする事です」
「君を尊重し、思いやり、大切にしろと言っているのか?」
「ええ。それは当たり前のことでしょう」
ウィルの顔色が変わっていく。
苛立っているようだ。
「私が最も意識しなければならない事は、この国の民の事だ。国が平和であり、民が幸せであること。それを叶えるために君を娶った。自分の幸せなどはどうでもよいのだ」
ウィルは続ける。
「今後、私のその考えが変わるわけではない」
「ええ。国の為に御尽力していらっしゃると伺っています」
彼は私を睨んだ。
「自分の事しか頭になく、自分の利益を最優先するような者は王太子妃として相応しくない。君は自分が幸せでありたいと言っているのだろう。自分本位なその考え方、それは私の最も嫌う考え方だ」
「……ちがっ」
何が?
え……
私が間違ってるの?
私は混乱した。
「君とは意見が合わないようだ。だが、私たちは結婚した。これはもう今更どうしようもない事で、今後夫婦関係は継続する」
私が……自分本位な考えだったの?私の我儘?
「とにかくお互いのルールを決めよう。尊重してほしいという意見は、できるだけ望みに添えるよう努力するが、できない事はできない。政略結婚を受け入れた以上、君も最低限の努力はしてくれ」
「……承知……しました」
自分が間違えた……?
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