一年に一日だけ

おてんば松尾

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雪に覆われて枝が重たく垂れ下がった木々の中を、私は神殿へ向かって歩いていた。

アルフレッドは一人で神殿へ向かったようだ。彼は高級なホテルの一番良い部屋に長期滞在する予約を取っていた。
彼はマウリエ山に着いてから、すぐに神殿に向かったという。

アルフレッドの愛する女性は神殿にいるのだろうか?
そんな神聖な場所で逢瀬を重ねていたとしたら、あまりにも不謹慎で、神に背く行為だとしか言えない。
不快な感情が込み上げてくる。

氷点下の世界では、すべてが凍りつき、体の動きが鈍くなる。勢いよく歩けるわけではないので、昼に山に入ったのに、神殿に到着する頃には、日は西に傾いていた。
沈みかけた太陽のオレンジの光が反射して、神殿は琥珀色に照らされている。
氷に覆われた窓から、明かりが外に漏れ出し内部に人がいることがわかった。

神殿の中央には赤い絨毯が敷かれていて、それは祭壇へと続いていた。壁には古い彫刻が施されて歴史を感じさせた。
儀式が行われる中央のホールには、巨大な氷の祭壇が設置されていて、その奥に部屋があるようだった。
このホールには誰も人がいないが、祭壇の奥の部屋には誰かがいそうだと思った。

アルフレッドは、あの部屋にいるのだろうか。
私はゆっくり奥へと歩いて行った。私の足音だけが静寂の中で響いていた。

祭壇の横から部屋の前まで行き、私は静かにその扉を開けた。

中には10人ほどの人がいた。
部屋の中央に長い寝台のような台があり、そこに一人の女性が寝かされている。

この部屋に私という部外者が入って来たにも拘らず、誰も私に注目しなかった。
いったい何の儀式が行われているのだろう。

私は初めて見るその雰囲気が恐ろしく、彼らに近づくことができなかった。
入り口付近から目を凝らし、その様子をじっと見つめた。
最初は、何らかの儀式が行われているのかと思っていたがどうも違ったようだ。

よく見ると、歴史ある神殿には似つかわしくない器材が揃っていて、どちらかと言うと研究室のようなそんな感じがした。壁にはポスターやグラフが貼られていて、中にいる人たちは何かを確認しながら議論を交わしている。

寝かされている彼女の腕にはチューブが通され、アルフレッドの腕から女性の腕に赤い血が注がれていた。

「輸血……?」

最近王都で、血液を患者の体内に注入する医療行為が行われていると新聞で読んだ。
ここで、輸血が行われているんだ、あの女性は怪我をしているのか……
なぜアルフレッドが彼女に自分の血液を直接与えているんだろう。

寝かされている女性は若い女性のようだった。顔色は青白く、豊かなブロンドの髪で、薄く開いた瞼の奥の瞳はエメラルドグリーン。整った顔立ちは母親譲りで……母親譲り……私……

その瞬間、私の視界は突然ぼやけ、周囲の音が遠のいていく。まるで世界がゆっくりと暗闇に包まれていくかのようだった。
体は重く、動かすことができなくなっている。意識が保てなくなる中、私は最後の力を振り絞って、アルフレッドの名前を呼ぼうとした。けれど喉の奥から出したはずの声は……彼には届かなかった。


神聖な燭台の炎は燃え続けている。薄い氷の膜が張ったように、私の目にはその炎が揺らめいて見えた。
私の周囲を、信者なのか、医者なのか、全く見たことがない人たちが取り囲んでいる。
自分が今どこにいて、何をしているのかが分からない。

まるで深い海の底に沈んでいくような感覚が私を包み込んだ。




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