上 下
43 / 48

43レイのマンション

しおりを挟む
【アイラ視点】


久しぶりにレイのマンションに帰った。

留守にしていた1年近く、思い出さなかったことはなく、夜になるとレイのことを思い出して寂しくなった。今日帰ってくることが分かっていたのか、部屋はきれいに掃除されていた。自分で掃除したのかな?と想像すると、少し不思議な気分になった。

玄関を入った瞬間、彼のフェロモンの匂いが私の鼻腔をくすぐり、深く吸い込んで体中に取り込んだ。

『今マンションへ到着しました』
『お帰り!待ってたよ。今日は定時で必ず帰るから、一緒に夕食を食べよう』
『久しぶりに美味しいものを作りますね、待ってます』
『今すぐ飛んで帰りたいよ』

これ以上電話を続けると、レイは仕事を放棄して帰ってきそうだった。クスッと少し笑いながら、「ちゃんと仕事をして帰ってきてください」と言い、私は受話器を置いた。

ゼノスで過ごした1年で、学ぶことは多かった。あらゆるものを吸収し、私は成長して帰ってきた。

自分が生きていく方向性も決まり、将来の夢を叶え、やっと前へ進むことができると思うと嬉しかった。

そろそろレイとの関係もはっきりさせるべきだ。私をずっと支えてくれ、いつも見守っていてくれた彼がいなければ、今の自分はなかったかもしれない。

自分の部屋に荷物を片付け、しばらくしたらマシュー弁護士のところに挨拶に行こうと決めたとき、ドアのベルが鳴った。

私が王都へ帰ってきたことは、一部の人にしか知らせていないはずなのに、この平日の時間帯に誰が来たのだろうと不思議に思った。

ドアののぞき窓を覗くと、そこには見覚えのある青年が立っていた。

久しぶりだと思い、私は彼を家に招き入れた。

彼はケヴィンさんの息子、ジョン君だった。

葬儀の時に何度か会ったが、まだ学院生だったこともあり、少年の面影を残すひ弱な印象の子だった。

お父さんが亡くなってから1年半ほどしか経っていなかったが、彼は随分成長したように見えた。あの時よりもずっと大人になったジョン君は、スーツを着て手土産を持参し、私に挨拶に来てくれたようだった。


***



「その節は大変お世話になりました」

「いえ、こちらこそ……元気でしたか?私が帰ってきたことがよくわかったね」

「はい、おかげさまで。アイラさんのことはマシュー法律事務所のマシュー先生から聞いていました」

そうか、マシューさんに聞いたんだと納得した。

私はジョン君をリビングに案内した。私はケヴィンさんの代わりに、ジョン君の将来をちゃんと見届けたいと思っている。

「この先、ジョン君は就職するの?それとも大学院でまだ学ぶのかな?」

確か、法学部だと聞いていた。

「今は学院の4年生で、法学部の学生です。進路は父が望んでいたように弁護士を目指したいのですが、僕はそれほどできが良くなくて……オメガ専門法務士や弁護士は無理でも、何らかの法律に携わる仕事に就ければいいと考えて、大学院に進学しようと思っています」

よく見ると、彼のスーツはリクルートスーツだった。もう4年生なんだと思うと感慨深い。

弁護士になろうと思っても、簡単にはなれるわけではない。かなりの難関だ。自分も血の滲むような努力をした。

前回会った時にはそれほど気にしていなかったが、こういった明るい場所で彼を見ると一目瞭然だった。男性にしては線が細く、目がクリンとしていて可愛らしい顔立ちをしている。もしかしたら……彼は……

「僕はオメガです」

彼は自分からそう言った。私は頷く。

「やはりバース性は、就職に不利だなと感じるところがあります。偏見をなくそうという働きがある今でも、多少なりともそういう差別はあります」

「そうね。この世の中にバースが存在する限り、差別はなくならないのかもしれない」

けれど、オメガだから無理だと思ってほしくない。オメガでもできることはある。そのお手本は私だ。

私は彼の葛藤を感じながらも、心の中で負けるな!とエールを送った。

話し方もしっかりしているし、「自分はできが良くない」と自信なさげなことを言ってはいるが、お父さん(ケヴィンさん)と同じように正義を重んじる人物に見えた。何か心に秘めた決意を持っているのかもしれない。

彼が22歳だとすると、私より3つ下。あまり年齢は変わらない。

当時、ケヴィンさんはオメガである私の姿を自分の息子に重ねていたのかもしれない。しっかりと成長した息子さんを見ると、目頭が熱くなった。

「私と君とは、あまり年齢が変わらない。お父さんのことは、本当に申し訳ないと思っています」

深々と頭を下げる私。

「何度も言いましたが、アイラさんの責任ではありませんので、その辺はもう……」

そう言うと、彼は苦笑した。そして、持ってきた鞄の中からケヴィンさんの業務日誌を取り出した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...