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42王都では

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【三人称】

その頃、王都ではマシュー弁護士がタリオン・フロストを相手に、彼の過去の愛人30名から慰謝料を支払うように内容証明を送っていた。

先日、やっと子供たちに対する示談書と和解書を作成し、解決金が支払われたところだ。ひとまず、解決したということだ。

しかし、その後すぐに愛人たちからの慰謝料請求があった。終わったと思っていたフロスト側は驚いたことだろう。

このままでは要求がエスカレートし、どこまでも金を搾り取られると思ったのか、彼らは話し合いを求めてきた。

話し合いで解決に至るはずがない。

証拠がない、不十分な場合には調停を選択するが、そうでない場合には裁判を選択すべきだ。フロストのオメガに対する行為は、しっかりと首の後ろに残っている。マシュー弁護士は、早期解決を望むのなら裁判で決着をつけるべきだと要求した。

あちら側は、意味のない過去に書かせた『愛人契約書』などを証拠として持ち出すだろうが、そんなものは自分の首を絞めるだけだ。

こちらには、命を懸けてケヴィンさんが残してくれた彼の行動記録がある。

この事が明るみに出れば、ケヴィンさん殺害の首謀者である証拠はつかめなくとも、社会的にフロストを抹殺することができる。


***

フロストの代理人、ワーナー弁護士は感情を表に出さずに仕事をする人物だろうと、マシューは思っていた。

「認知しないことを認める合意書があります。それにもかかわらず、そちらの要求通りに解決金を支払ったのですよ」

「だから、なんですか?」

「愛人たちの要求には同意できません」

「妊娠はするなと言っていたのに、勝手に子供を産むことで罪悪感を植え付ける。そんなやり方は人としてありえないですよね?そう思いませんか、ワーナー弁護士?」

「私個人の意見は関係ありません」

銀縁のメガネの奥の目からは感情が読み取れない。

「本妻から愛人に慰謝料請求をさせることも可能ですよ」

「オメガ法をご存知でしょう。昔とは違います」

「その当時は、そんな法律はなかったのですから」

「戦いますか?そちらに勝算はありませんが、それでもいいならご自由に」

彼は深いため息をついた。

「話し合いましたが、無理でしたと報告するしかないですね」

ワーナー弁護士は諦めるほかないと感じた。これ以上話し合っても無駄だ。裁判に持ち込まれたとしても負ける。やむを得ず、フロストは応じるしかないのだ。

「ワーナー弁護士も大変でしょう。心中お察しします」

「仕事ですから」

ワーナー弁護士は疲れたように肩を落としながらも、固い表情を崩さなかった。

「ここからはオフレコですが、雑談として聞いて下さい」

マシュー弁護士は話し始めた。

「彼のやってきたことは、冷血そのものだ。血が通っていない、鬼畜すぎる行為だ。自分の欲求を満たすためだけのもので、今まで愛人の生活費として渡していた手当てを返すよう要求したり、関係を切り離し、これから一切援助しないと脅したりとか」

「そうですね。身勝手です」

彼がふっと息を吐くのが分かった。
ワーナー弁護士から、人間味のある言葉がやっと返ってきた。

「何が善かを理解して行動し、自分の信念を貫かれたらどうでしょう。私たちは皆、何のために法曹の道を選んだのでしょう?あなたは、一刻も早く彼の弁護士を降りるべきです」

ワーナー弁護士は冷たい表情で頷いた。

「……考えておきます」

そう言って、ゆっくりと席を立った。


***


ワーナー弁護士は、かなり苦労してフロストを説得したのだろう。

「フロストは慰謝料を払ってもいいと考えています。その金額について合意に達しました」

数日後、ワーナー弁護士から連絡を受けた。

こちらの要求通り、オメガの愛人たちに対し、慰謝料が満額支払われることとなった。

フロスト側は、こちらの要求をすべて呑む代わりに、彼女たちがフロスト氏に対して今後連絡や接触をしないことを約束させられた。

また、番関係や慰謝料請求の件について、他人に言いふらさないよう他言禁止も約束させられた。

「ただ約束させただけでは、ちゃんと守るかどうかわかりませんので」という相手側の希望で、違反したときの違約金が設定された。

それは愛人たちや子供たちにもちゃんと伝えられている。被害者側から、今後、話が漏れることはないと思われる。
自分たちの勝ち取った慰謝料を、そんなくだらないことで取り上げられてはたまったものではないだろうから。

愛人たちは「謝罪要求」よりも「現金」を優先した。現実的といえばそうなることが分かっていた。過ぎてしまった時間は取り戻せない。それでしか償いの方法がないのだから。
アイラはその知らせを修習地で聞いた。終わったんだと思った。
他言禁止とはいえ、過去に誰かに愛人であったことを話していたり、フロストの子供であることを伝えたりしていたら、それは仕方がない話だ。その部外者は、無関係な人たちだ。人の口には戸が立てられない。他言禁止と約束したとしても、意味がないことだった。

今さら口止めしても遅い。愛人たちやその子供たちが長年生きてきた中で、誰にもフロストのことを話していない方があり得ないのだ。

アイラに入った解決金と、亡くなった母親の慰謝料をまとめて、アイラは全額ケヴィンさんのご遺族宛に送金した。

「夫は正しいと思ったことをしただけです。アイラさんのせいではありません。」

ケヴィン氏の奥さんは、そう言ったという。

「こんなことで済まされることではないですが、慰謝料は、せめて受け取って下さい」

アイラは奥さんに、そうお願いした。

その後、しばらくして、ワーナー弁護士はフロストの担当を外れたと聞かされた。
そして、フロスト氏の悪い噂が世間に出始めた。

それをネタに、ばらされたくなければ金を払えと、フロストの会社が脅されたり、嫌がらせを受けたりもしたようだ。
脅した者は、こちらとは関係のない部外者の誰かだろう。

世間の噂や評判は止めることはできない。

とうとうフロストは記者会見を開くこととなった。

会見では、「オメガの女性たちに自分は騙された」とフロストは涙ながらに訴えていた。「オメガトラップという言葉があるだろう」と。

実際、オメガトラップは存在する。わざと項を噛ませて、自分の生活の面倒を生涯にわたって見てもらおうとするオメガも残念ながらいることは確かだ。

しかし、フロスト氏の場合、愛人関係にあったオメガは30人だ。30人のオメガの項を噛み、番にしていた事実がある限り、さすがにトラップに引っ掛かったなどという言い訳は通用しない。

会見は人々の不評を買い、世間にフロストを擁護する人はいなかった。

フロスト氏は何億もの慰謝料や解決金を支払ったにも拘らず、地獄に落ち始めていた。会社の株価は下がり、経営は危うくなっていた。

しかし、かなり手広く事業を展開していたので、時間が経てばなんとか会社は持ち直すかもしれない。資産はまだ何十億はあるだろうと言われていた。

そうした中、司法修習生考試(二回試験)に合格し、法曹資格を取得して、アイラがオメガ専門法務士として王都へ帰ってきたのだった。
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